叔父様の秘密・5
ブレイクは学校を卒業した後、貿易の勉強をするため、レオナの父のもとで仕事をしていたのだそうだ。そこでレオナと出会い、結婚した。
キンスキー伯爵は、爵位を持たない商人と結婚したブレイクに腹を立て、結婚式にも出なかったのだそう。ふたりは幸せに暮らしていたが、今から十三年前。ブレイクがまだ二十歳のときに、レオナが魔力欠乏症になった。
それまで元気だった彼女が、疲れやすく、すぐ横になるようになった。魔力を温存するためか、寝ている時間が日に日に長くなっていく。ブレイクは治療法を捜すために、多くの医者の元を訪れ、金銭を得るために、方々に頭を下げに行った。
一番期待していた実家でキンスキー伯爵に断られたのはショックだったが、エリシュカに会えたことはブレイクにとっては僥倖だった。
彼女が語る道具は、実際にあればとても便利だ。魔力を使わない道具は安価で販売することもでき、瞬く間に売れた。治療のための多額の費用をブレイクはそれで捻出できたのだ。
「妻……レオナの体には魔力の蓄えがあった。じわじわと死に蝕まれながらも、生命維持のための魔道具はなんとか間に合ったんだ。ただ、それまでの間に弱り切ってしまったレオナには、もう普通の生活はできなかった。僕が店に毎日顔を出せないのは、自分の魔力の大半をレオナに送っているからだ。彼女は、僕が毎日魔力を送り続けても、週に一度、目を覚ますのがやっとの生活を送っている」
貴族の血筋で、魔力が豊富なはずのブレイクが、いつも魔力不足だという言葉の裏には、こんな事実があったのだ。
「そんな事情があったなんて、知りませんでした。……父のせいで、叔父様は苦労したんですね。ごめんなさい」
「どうして謝る? 兄上には失望したけれど、君からは希望をもらった。僕は君に感謝しているんだ」
「でも、……でも、あの頃の伯爵家にはちゃんとお金があったはずです。叔父様は家族なのに、どうしてお父様は叔父様を助けてあげなかったの……!」
エリシュカは悲しかった。弟の妻が病気で、助けを求めているのに、金の出し惜しみをするような父が。
ベッドに近寄り、レオナを見つめる。色が白く、体の細い人だ。目を閉じているから瞳の色は分からないが、髪は綺麗な金髪だ。胸が上下しているところを見ると、ちゃんと呼吸はしているらしい。
「レオナさんがこんな風に寝たきりになった一因は、お父様にもあるんじゃないでしょうか。最初にお父様が援助していれば、ここまで悪化することなんてなかったんじゃ……」
目尻に涙が浮かんでくる。でも泣いてしまっては、ブレイクはエリシュカを許さなければいけなくなると思い、必死にこらえた。
「……レオナの病気と兄上とは直接関係がないよ。援助してもらえなかったのはたしかにつらかったが、僕は今、仕返しをしているしね」
「え?」
「伯爵家の借金の肩代わりくらいは、今の僕なら造作もなくできるんだ。だけど、あのとき助けてくれなかった人を助ける義理はないと思って、追い返している。だからもし、エリシュカが兄上に見つかって無理やり連れ去られそうになったら。僕が助けてあげる。君は僕にとって助ける価値がある人間だからね。頼ってくれたら、僕はうれしいよ?」
「叔父様……」
「君も、リアンも。僕がレオナを救うためには欠かせなかった人材なんだ。リアンがいてくれなければ、ここまでの財は築けなかったし、毎日妻の傍にいることもできなかった。感謝してるよ」
「……そうなんですね」
たしかに、ブレイクがここにこもって居れば、とてもじゃないが店は回らない。商品を人に売るにはどうしても人の多いところにいなければならない。おそらくだが、ここに屋敷があるのもすべてレオナのためなのだ。街は治安も空気も悪い。でもここなら、聞こえてくるのは鳥のさえずりや葉擦れの音だけだ。
「叔父様は、レオナさんを愛しておられるんですね」
「うん。そうだよ。馴れ初め聞く? かなりのろけるけど」
ブレイクが朗らかな笑顔を見せてくれたので、エリシュカも胸のつかえが取れていくような気がする。
「叔父様は私が傷つくと思って、最初に『魔女の箒』に住み込むように言ったんですね」
「まあそれもあるけど。単純に、エリシュカを魔道具の傍に置いておくと、新しいアイデアが出るかなとも思ってた。一応商売人だからね」
茶目っ気たっぷりに片目をつぶられて、エリシュカも笑い出す。
(叔父様がいてくれてよかった)
「叔母様……レオナさまに使われている魔道具について教えてもらっても?」
「ああ。でも大体フレディ君のときに説明した通りなんだけどね」
エリシュカは考える。ふたりを何とかして幸せにしてあげたい。
「もしかしたら、夢の世界に、レオナさんを助けるヒントがあるかもしれませんし」
「ああ、ニホンだっけ」
ブレイクはほほ笑み、じっと見つめてくるエリシュカの頬を撫でた。
「エリシュカの言う夢の世界って、『前世』のことだよね」
「前世……」
この世界の宗教観に輪廻転生という概念はない。人は死んだら土葬され、土に還るのだ。
けれど、エリシュカは、前世という言葉を聞いた途端に理解できた。
「東方の宗教にある、輪廻転生っていう概念らしいね。同じ魂が何度もいろいろな人になって生きるそうだ。稀に、今の自分に生まれ変わる前のことを、覚えている人がいるらしい」
まさにそうだ。絵里香という人間の人生が、丸ごとエリシュカの中に残っている。
「私のほかにも……いるんですか?」
考えてみればあたり前だが、エリシュカはその可能性を考えていなかった。
ニホンの話をして、母親に嫌がられてからは、エリシュカはすっかり臆病になっていた。
学校に通っていた間も、他人にその話をするのは避けていたのだ。
「知らなかったです。私、……私だけが変なんだと思っていました。じゃあ、前世の記憶のある人は他にもいるってことですよね?」
「うん。そうだと思うよ。だからエリシュカは、そんなに自分を卑下することはないんだ。君の記憶が、僕を助けてくれたんだから、むしろ誇ってもいいくらいだよ」
ずっとエリシュカの目を覆っていた霧が晴れたような気がした。
『誇ってもいい。卑下することなんかない』
エリシュカはその言葉をずっと待っていた。父や母、弟たちから、今のままのエリシュカでいいと言われるのを。
それをくれたのは、家族ではなかった。うれしさと共に少しの寂しさが襲う。
どうして、エリシュカはあの家族の中で、ひとりなのだろう。
「……ありがとう。叔父様」
それでも、励ましてくれたブレイクにその寂しさを伝えることはできず、エリシュカはほほ笑んで、彼の言葉に感謝した。
夏休みに入るのでしばらくお休みします~。




