叔父様の秘密・4
セナフル家は、街から少し離れた森の入り口にあった。その立地を見て、エリシュカは少し疑問に感じる。商人の家系と言っていたから、てっきり人の多い場所──街の高級住宅街か、港の傍あたりに住んでいると思っていたのに。
(ああでも、空気は綺麗)
森が近いせいか、空気が澄んでいて気持ちがいい。
今、エリシュカはエリクの姿でここにいる。ブレイクの屋敷に来た名目は、魔道具店のエリクが、ブレイクから直接魔道具作りの師事を受けるというものだ。
姪のエリシュカがこの屋敷にいることが、使用人の口からキンスキー伯爵に伝わるのを避けるためだ。
ドアノッカーを叩くと、執事と思しき壮年の男性が出てきた。面長で丸眼鏡をつけていて、髪には少し白髪が交ざっている。
「あの、エリクと言います。その」
「ああ、ブレイク様から伺っていますよ。どうぞお入りください」
眼鏡の奥の目が、優しく弧を描く。エリシュカはホッとして扉をくぐった。
セナフル家は、二階建てで敷地が広い。魔道具のみならず、様々な商品を扱っているのだろう。絵画や骨とう品も目を引くような大きさのものがたくさん飾ってあった。
「やあ、エリク。いらっしゃい! 待ってたよ!」
奥から姿を現したのはブレイクだ。
彼は、その近くにいた使用人たちを呼びつけると、満面の笑顔でエリシュカを紹介する。
「『魔女の箒』で雇用しているエリク君だ。なかなか才能がある子でね。しばらく家で預かるつもりだ。いいかい? みんな。エリクのことは僕の子供だと思って、面倒をみてやってくれ」
「はい。よろしくお願いいたします。エリク様」
使用人たちに思い切り頭を下げられて、エリシュカはビビる。執事は目を細めてじっとエリシュカを見つめた。
「そう言えば、少し面差しが似ていますな」
「だろうだろう!」
(叔父様! そこ、肯定するところじゃないです!)
姪なのだから似ているところがあっても当然なのだが、出自を偽っている今の状況で似ていたら隠し子を疑われるのではないか。年齢的に、ブレイクにだって子供がいてもおかしくはないのだから。
(……あれ、そういえば)
「叔父……ブレイク様。奥方様はどちらにいらっしゃいますか? ご挨拶したいのですが」
「ああ、妻ね。あとで紹介するよ。まずは君の部屋に案内しよう」
何よりも先に奥様にご挨拶がしたいのに、ブレイクはエリシュカをグイグイと引っ張っていく。
連れてこられたのは、二階の日当たりのいい部屋だ。中を見れば、大きなベッドに小さな机。窓には新しそうなクリーム色のカーテンがつけられている。
「こんないいお部屋! いいんですか?」
「僕の大事なエリシュカの部屋だからね」
呼び名が変わったことに気づいて、辺りを見回す。ブレイクが一緒にいるからか使用人は誰もついてきていなかった。
ここぞとばかりにエリシュカはブレイクに苦言を呈する。
「叔父様。やりすぎです。私のこと、奥様になんて説明しているんですか? ただの使用人にここまで気を使っていては怪しまれますよ」
「大丈夫だよ。君が僕の姪なのは事実なわけだし。屋敷の者に隠しているのも、兄上が来たときにバレないようにするためだし」
ブレイクはどこまでもあっけらかんとしている。
(男の人って……鈍感!)
エリシュカは内心イライラしてきた。これではダメだ。なんとかして、ただの従業員ですアピールをしなければ、ブレイクの奥様の心を傷つけてしまう。
「それより、お部屋はもういいです。奥様に紹介して下さい!」
「ああ。……そうだなぁ。ごまかすのもそろそろ限界かぁ」
ブレイクは苦笑すると、エリシュカの手を引いて、同じ階にある奥の部屋へと連れてきた。
「僕の奥さんはここにいる。名前はレオナ。綺麗な人だよ」
彼が招いてくれた部屋は寝室だった。大きな天蓋付きのベッドには横たわった人影が見える。
「お休み中でしたら……」
「目覚めるのを待っていたら、一週間はレオナに会えないよ」
さらりとほほ笑んでいったブレイクを、エリシュカは二度見した。
ブレイクに手を引かれて近づくと、そこにはウェーブの金髪の美しい女性が眠っていた。人形と言われても納得するほどの、完璧な美を誇っている。かすかに上下する胸で、彼女が生きているのは確認できた。
エリシュカよりは年上だろうが、二十代の前半位にみえる。ブレイクが三十三歳ということを考えると、夫婦というよりは兄妹のような年齢差だ。
「若く見えるだろう? だがレオナは今年三十歳になる。フレディ君と同じ、魔力欠乏症なんだ。と言っても生まれつきではなく、彼女は十三年前、突然この症状に襲われた。結婚して、まだ一年経たないころだ。当時治療法はなく、いろいろな医療や魔術を試すしかなかった。僕が、……君が幼い頃、キンスキー伯爵家を訪れたのも、治療のための金を借りるためだった。……兄上にはあっさりと断られたけどね」
「そんな」
衝撃だった。まさか、ブレイクの妻がそんなことになっていたなんて。しかも、経済援助を断ったなんて。あの頃のキンスキー伯爵家にはお金があったはずなのに。
エリシュカの動揺が伝わったのか、ブレイクは彼女の肩をポンと叩き苦笑する。
「気にしないで。僕は君に感謝している。小さかったエリシュカの言葉にヒントを得た魔道具で大当たりしたし、自分の魔力を彼女に注げばいいってことも思いついたんだ。大陸の方には、身体機能を補助する魔道具はいくつかあるから、それを取り寄せて研究して、魔力欠乏症の人に、他人の魔力を適合させるための魔道具を作成した。もちろん、時間もお金もかかったけれど」