叔父様の秘密・3
ふたりの姿が見えなくなると、リーディエとヴィクトルが慌てて奥に引っ込んできて、エリシュカを囲んだ。
「エリシュカ……! 今のがあなたの弟たちなの?」
「はー、久々にすっげぇムカついた」
「す、すみません。あの子たち、失礼な態度で」
下げようとしたエリシュカの頭を、うしろからリアンが掴んで止めた。
「ひゃっ」
「あいつらのことでお前が頭を下げるな」
「……リアン」
彼は怒っているようだ。普段、不愛想ではあっても、面倒見の良い彼がこんな表情をすることに、エリシュカは驚いてしまう。
「でも、あの子たちは私の家族ですから」
エリシュカが弁明すると、リアンはますます眉間の皺を深くしてしまった。
「ブレイク様と話す。しばらく事務所には入ってこないように」
「あ……」
怒ったまま行ってしまった彼に、申し訳ないような寂しいような心地がして、伸ばしかけた手を握り込むと、励ますようにリーディエが背中を撫でてくれた。
「しばらくは来ないと思うし、店の方にいましょ。エリシュカ」
「そうだね。聞きたいこともあるし、エリシュカも知りたいことがあるんじゃない? 俺たちで分かることなら教えてあげるよ」
ふたりに両側から励まされ、エリシュカは励まされたような気持ちで、小さく頷いた。
* * *
「リアンさんとうちの双子が険悪だったのが、気になるんです」
エリシュカは、七歳のときに池に落ちたショックで、それ以前の記憶がない。だから、リアンがキンスキー伯爵邸に勤めていた使用人の子供だというのも、本人から聞かされて知ったくらいだ。
「追い出されたって……言ってましたけれど。それはどうしてなんでしょう」
エリシュカは不安な気持ちを隠せないまま、すがるようにふたりを見上げる。
ふたりは気まずそうに目配せし、「俺たちの知っていることは少ないけど」と前置きしてヴィクトルが話し始めた。
「リアンは、池に落ちた令嬢──これは多分君のことだと思うけど──を助けたんだ。だけど、伯爵家の奥方に、お前のせいで娘は池に落ちたと言われて、家族ともども追い出されたんだって。それからは、伯爵が裏で手をまわしたのか、どこの屋敷でも雇ってもらえなくて大変だったみたいだよ」
「ちょっと、ヴィクトルさん」
「こんなの、誤魔化したってしょうがないだろ。エリシュカが知りたいんなら教えるべきだ」
「店長は隠したがっていたじゃない」
リーディエとヴィクトルが言い合いを始める。どうやら、ふたりとも、エリシュカが〝リアンが伯爵家を追い出されるきっかけとなった令嬢〟だということは知っていたようだ。
「私のせい……だったんですか」
ここにきてはじめてリアンと話したときの、彼の驚きの表情を思い出す。今から考えれば、ムッとしていたような気もする。あれは、自分を陥れたエリシュカが、のんきにやってきたことへのいら立ちだったのだとしたら……。
「私、リアンさんに嫌われていたんでしょうか」
悲しくなってポソリというと、ヴィクトルはあきれたように頭を抱える。
「それ、本気で言ってる? 今までのエリシュカへの態度を見てそう言ってるんなら、エリシュカ、人間関係を勉強し直したほうがいいんじゃない?」
「今まで……」
突然一緒に暮らすことになって困っただろうに、細々と世話を焼いて面倒見てくれた。
あれはかつて仕えていた時の癖なのかと思ったけれど、そうじゃない。リアンが優しいからだ。
「リアンさんは優しいから、行き場のない私を仕方なく預かったんじゃ……」
「他の人間にはあんなに面倒見がよくないよ」
「嫌なら面倒なんて見ないと思うわよ」
ふたりがかりで矢継ぎ早に否定され、エリシュカは戸惑いを隠せない。
リアンに嫌われたくない。彼らの言うことが本当ならどんなにうれしいだろう。だけど、信じる根拠がないのもまた事実だ。
「私」
「エリク」
そこに、リアンが不機嫌そうな表情のまま入ってきた。
「ブレイク様と話がついた。お前は今日から、セナフル家に行くんだ。この件が落ち着くまで、悪いが外出も禁止だ」
「え?」
戸惑っているうちに、腕を掴んで奥に連れていかれる。
「坊ちゃん方は、〝エリシュカ〟がここにいることに気づいている。こうなった以上、ブレイク様の屋敷で、奥の部屋にこもっているほうが安全だ」
「でも」
「キンスキー伯爵に見つかったら、俺でもブレイク様でも君を守り切れない!」
予想外に激しい口調に、エリシュカはびくつく。
「リアンさん」
「……連れ戻されて、望まない結婚などさせられたくないだろう?」
それはそうだ。でもここを出れば、リアンとは会えなくなってしまう。エリシュカはそれも嫌だった。
「私、このお店が好きです。ずっと働いていたいのに……」
「今だけだ。何度来てもエリシュカがいなければ、彼らも諦めるだろう?」
「それは……」
これ以上、エリシュカもわがままは言えない。リアンはエリシュカの安全を考えてくれているのだ。
「分かりました。行きます。でもリアンさん、たまには……会いに来てくれますか?」
リアンの腕を握り、絞り出すようにわがままを言う。しばらくの沈黙に、リアンを怒らせてしまったかと不安になって顔を上げた。
「……分かった」
リアンは頬を染めたまま、ポンとエリシュカの頭を軽く叩く。
(照れてる?)
彼の顔を見て、エリシュカは少し安堵する。
(たしかに、リアンさんを直接見ていれば、嫌われてはいないと思える)
リアンは優しい人だ。きっと、父とエリシュカは別の人間だと、切り分けて考えてくれているのだろう。
(でも、私は父がリアンさんから奪ったものを、いつか返さなきゃ)
縁を切るつもりで出てきたけれど、血縁関係は消えない。伯爵家が苦労することは自業自得だと思えるけれど、彼らによって搾取された人間たちのことが自分には少しも責任がないとは、エリシュカには思えなかった。
(いつか……どういう形で返せるか分からないけれど)
自分に関心がなく、道具のように利用され、愛想をつかして出てきたはずだ。それでも、悲しいことにやはり、彼らはエリシュカにとって家族だった。
エリシュカはリアンに言われるがまま鞄に荷物を詰め込み、
突然いなくなる迷惑を、ヴィクトルやリーディエに謝ったが、「エリシュカのせいじゃないじゃん」とあっけらかんと言われてしまう。
「行っておいで。帰りを待ってる」
「そうよ。帰ってきたらじゃんじゃん働いてもらうから」
ふたりの言葉に励まされ、エリシュカは迎えに来たセナフル家の馬車に乗り込み、『魔女の箒』を後にしたのだ。




