叔父様の秘密・2
リアンを呼びに行くほんの少しの間に、双子はやりたい放題やっていたらしい。いつの間にか相手をしているのはリーディエではなく、ヴィクトルに変わっていた。
「お客様、魔道具は繊細なものもございます。手に取るときは、私共にお声がけいただけますか?」
「あー、そうなんだ。ごめーん」
(ラドミールったら、貴族学校に行っても、口調が直ってないのね?)
ラドミールは昔から口も態度も悪い。子供の頃は無邪気でかわいいと思えたが、背を抜かされたころからは、なぜいつまでも自分が子供だと思っているのだろうと不思議に思えたものだ。マキシムの方も、態度こそちゃんとしているが、中身はラドミールとそう変わりはない。
ふたりとも、学校に行けば集団生活の中で礼儀が身につくと思ったのに……とエリシュカはやきもきする。
双子とは、彼らが王都の学校に入学して以来だ。半年程度しか経っていないが、背が伸びたような気がする。
エリシュカが縁談から逃げてきたために、キンスキー伯爵家の暮らしは厳しいはずだ。彼等の学費を出すのもやっとの状態のはずだが、どうやっているのだろう。
リアンは事務所から上着をとってきて着込んだ。背筋をピシッと伸ばして立てば、立派な大人に見える。エリシュカに目配せして、店舗の方へ入っていく。
「お客様、お静かに願います」
双子は新しく入ってきた人物に、じっと視線を注いだ。驚くのかと思ったら、にやりと笑う。
「やっぱり、リアン」
「フレディが言ってたリアンって、やっぱりお前のことだったのか」
ふたりの声に、エリシュカは驚く。
たしかにフレディは王都の学校に通うと言っていた。そこで、双子と友人にでもなったのだろうか。あの人懐っこく、おしゃべりなフレディのことだ。この店のこともエリクのことも、洗いざらい話してしまうだろう。
(じゃあ、双子がここに来たのって偶然じゃないの?)
なお焦りながら、エリシュカはかつらを押さえる。正体がバレたら、伯爵邸に連れていかれる。そんなのは絶対に嫌だ。
「これは、マクシム様とラドミール様、お久しぶりです。幼い頃にいっときだけ仕えていた使用人のことを覚えていてくださるとは」
リアンがぺこりと頭を下げる。
「リアン、知り合い?」と小声で問いかけるヴィクトルの声が聞こえてきた。
マクシムとラドミールは、ニヤニヤと笑いながらリアンを見上げる。
「あたり前だろ。お前はあんなことをして追い出された使用人だからなぁ」
(あんなこと?)
エリシュカの頭がツキンと痛む。ラドミールが言っているのは、おそらく記憶のない七歳以前のことだ。
(追い出されたってどういうこと? たしかに昔、リアンさんは伯爵邸で勤めてたって言ってたけど。リアンさんの一家は自分たちの都合で辞めたんじゃなくて、辞めさせられたの?)
「こんなところで働いてるなんてビックリだな。なぁ、マクシム」
「……ええ。父上の話では、あなた方は路頭に迷って死んだだろうって聞いてましたけどね」
双子の口から飛び出すのは、不穏な言葉ばかりだ。エリシュカはウズウズする。リアンを傷つけようとするその口を縫い付けたい。
しかし、踏み出そうとした足は、続くマクシムの言葉で止まった。
「リアン、あなたに聞きたいことがあります。姉上を知りませんか?」
「なぜ俺が、エリシュカお嬢様を知っていると思うんです。伯爵邸を追い出されてから、お会いしていませんよ」
「万が一ということがあるかなと思いましてね。ここ、ブレイク叔父様が出資している店なんでしょう? 父上は、叔父様の屋敷には何度も人をやっているようですが、見つからないという。でも、あの姉上がひとりで生きていけるほど世の中甘くありません。加えて、姉上は気の置けない友人もいない。頼るなら身内しかないでしょう。だったら、ここも怪しいかなって思ったんですよ」
マクシムは、ひとつひとつ、事実を確認するように言った。
リアンは表情を変えずに、ゆっくり答える。
「俺がブレイク様と知り合い、雇ってもらえるまでになったのはたまたまです。まさかキンスキー伯爵家の方だなんて知りませんでしたよ。俺と出会ったときのブレイク様は、ブレイク・セナフルと名乗っておられましたし」
「フーン」
双子は、ジロジロとリアンをねめつけた。話に嘘がないのか、探っている様子だ。
「今も、キンスキー伯爵家の方と繋がっている意識はありません。ブレイク様はあくまで、魔道具作りの師匠であり、この店の出資者というだけです。……おふたりは、魔道具をお求めになってきたわけではないのでしょうか。であれば、お帰りいただけますか。エリシュカお嬢様のことは知りませんので、これ以上居座られるのは困ります」
「ふん。匿っていたら訴えるからな! 姉上がいなくなって、俺たち、すごく困ってるんだから」
「いなくなったんですか?」
リアンが、さも初めて聞いたかのように聞き返す。
「馬鹿」とマクシムがラドミールをつつき、黙らせる。
「姉上は、縁談が気に入らずに家出したのです。おかげで我が家は大変なんですよ。もし姉上に会うことがあれば、馬鹿なことは止めて帰って来てほしいと伝えてください」
まるで、ここにエリシュカがいることを知っているかのように、マクシムが大声で放つ。
「また来ますからね」
「次にいらっしゃるときは、お買い上げをお願いいたしますよ」
リアンも負けじと大声を出して言ったが、彼らは聞いているのかいないのか、ひらひらと手を振って出て行った。




