叔父様の秘密・1
目を開けると、エリシュカは自分の部屋にいた。
「あれぇ」
ヴィクトルの魔石が見つかって、彼の家族の話を聞いたところまでは覚えている。けれどそこからの記憶は曖昧だ。ヴィクトルに余計なことを言ってしまったかもしれないと不安になりつつ、エリシュカは部屋を出た。
「おはよう」
廊下にはリアンがいた。やや不機嫌そうにじっと見つめられて、エリシュカは焦る。
「おはようございます! リアン、私昨日、どうやって帰ってきたんでしたっけ」
「……ヴィクトルが連れて帰ってきた」
「うわぁ、やっぱり。ベッドまで運んでくれたのはリアンですか? すみません、面倒かけて」
アワアワしながら言うと、リアンは真顔で首を振る。
「面倒ではない。ただ、いくら男の姿をしてても、夜は気をつけろ。治安のいい街ではないからな。無防備が過ぎるんだよ」
「はい」
また言われてしまった。たしかに男性を前に意識を失うのは無防備だろうが、相手がヴィクトルなのだから危険なことはないと思うのだが。
とはいえ、心配してくれているのは分かるので、素直に頷くことにする。
リアンが朝食を作っている間、エリシュカは身支度を整える。そして一緒に食卓に着く。ふたりのいつもの生活パターンだ。
「そう言えば、リアンは、昨日叔父様と何をしていたのですか?」
ブレイクに呼び出されて、夕飯までには帰れないと言っていたはずだ。
「ああ。魔道具の改良の話をしていた。デルタ鉱山で取れる魔石に、少し変わったモノがあるらしくて。モーズレイ氏の予定も空いていたから、今日採掘に向かう。留守にするが頼むな」
「そうなんですね。気を付けてきてください!」
食事を終え、片付けをしながら、エリシュカはちらりと残りのパンを眺める。
(出かけるなら、お弁当があるといいのかな)
明日の分は今日買いに行けばいいしと、思い付きに従って、残りのパンを全部使ってサンドイッチを作った。二人分には多すぎる量だが、モーズレイがいっぱい食べてくれるだろう。
「皆さんで食べてくださいね」
「……え」
差し出すと、リアンは一瞬時が止まったのではないかと思うくらい、動きが止まった。
「あの、……お弁当です、よ?」
余計なことをしたかと、不安になったエリシュカは、慌てて弁明する。リアンはようやく我に返り、咳ばらいをするとバスケットを受け取った。
「いや、ありがとう。弁当をつくってもらうのは初めてだったから、驚いた」
「もしかして、食堂とかに頼んでました?」
「いや、大丈夫だ。……ありがとう、エリシュカ」
いつも世話をされているのはエリシュカの方なので、リアンにお礼を言われるのはなんだか照れくさい。
「おいしいといいんですけど」
謙遜してみつつ、エリシュカは頑張ってよかったと思った。
開店三十分前に仕事にやってきたヴィクトルは、いつもの飄々とした笑顔だった。
「なんだ、リアン、出かけるの?」
「ああ。悪いが留守を頼むな」
「最近、忙しそうですねぇ、店長」
リーディエがそう言うと、リアンは頭をかきながら答えた。
「……冬が来る前に作りたいものがあるんだ。そのために材料が欲しくてな」
じゃあ行ってくると言って、リアンは店を出て行く。モーズレイとは途中で待ち合わせしているらしい。
見送った後は、仕事の準備だ。
「昨日は楽しかったわね、エリク」
「はい!」
リーディエと笑い合い、やる気が出てきたエリシュカは、店内の掃除を始める。
在庫の確認ののち、エリシュカが釣り用の硬貨を準備していると、すれ違いざまに「昨日はありがとね、エリシュカ」とヴィクトルが耳打ちしていった。
内容が内容だし、これ以上は深堀りしない方がいいのだろうと思って、「はい」とだけ返事をする。
「さて、今日も一日頑張りましょう。開店です!」
ヴィクトルのひと言で、『魔女の箒』の一日は始まった。
* * *
しばらくは平和な日々が続いた。
リアンの素材調達はうまくいったらしく、一週間ほど作業場にこもってなにかしら作っている。
そんなある日、突然の嵐がやってきたのだ。
「ここ?」
「そうじゃない? おーい、こんにちは」
騒がしく入ってきたふたりの人物に、エリシュカは青ざめる。
同じ背丈に同じ顔、エリシュカの地毛と同じ銀色の髪を持つ十五歳の少年ふたり。
エリシュカの弟である、マクシムとラドミールだ。
「いらっしゃいませ」
リーディエが笑顔で応対してくれたので、エリシュカはさっと後ろを向く。
王都の学校に通っている二人が、どうして自領でもないこんなところにいるのだろう。
麦わら色のかつらをつけている今のエリクをエリシュカだとすぐに見破ることはないだろうが、話したら絶対にバレる自信がある。
「どうしたの、エリク」
「すみません、ヴィクトルさん。事情は後で説明しますっ」
エリシュカはそれだけ言うと、奥に下がった。
「ふーん、魔道具の店なんだ」
「ねぇねぇお姉さん。この道具は何? 説明してよ」
双子はマイペースに店内を見て回っている。
エリシュカは、作業場のリアンのところに走っていった。
「リアン、大変です」
リアンは、木を組んで机のようなものを作っていた。エリシュカの姿を見ると金づちをうつのを止め、立ち上がる。
「……どうした、エリシュカ」
「お、お店に、マクシムとラドミールが来たんです」
「……坊ちゃん方が? なんでだ?」
「分かりません。私、今この格好だからすぐには気づかれなかったので、ヴィクトルさんに任せて逃げてきちゃったんですけど」
「正解だ。お前はここにいろ」
ぽん、とエリシュカの背中を叩き、リアンが階下へと下りていく。とはいえ、エリシュカも気になるので、一緒に下に降り、店には出ずに奥から様子をうかがった。




