ヴィクトルの魔石・5
それから一時間ほど、ふたりは地面に膝をつけながら、魔石を捜した。
普段、その魔石は、鎖のネックレスに通しているらしい。今日の作業は工具も持って歩いたため、いつの間にか引っかけて鎖が切れてしまったのだという。
石畳の隙間、草の陰をくまなく探す。が、見つからなかった。
「ないですね」
「もう誰かにとられたかな」
ヴィクトルは、店を早退してから店側から順に、捜してきたらしい。今は食堂【柿の木】の入り口だ。一通り見終わってしまったことになる。
「ここまでか」
ヴィクトルは諦めたように、ため息をつく。
「悪かったね、エリシュカ。もういいよ。帰ろう」
だが、エリシュカは諦めきれない。だって、あの飄々としたヴィクトルがこんなに真剣に、何時間も探し続けたのだ。余程大事なものに決まっている。
(なんか、いい手はないかな。探し物を捜す……。夢の中の世界でなら、携帯電話とか、音を鳴らして捜したりもできたよね。そうだよ。魔石だったら)
「……魔石だということは、魔力を吸い込むこともできますよね」
「うん? まあ、そうかな。やったことはないけど」
「でしたら、ここら一帯に魔力を流してみましょうか。引っ張られる感覚があれば、そこにあるはずです」
名案だと思ったが、ヴィクトルは呆れたように眉根を寄せた。
「何考えてるんだよ、エリシュカ。いくら君の魔力が多いとはいえ、漠然と流したら倒れるに決まっている。駄目だよ」
「限度くらいはわかりますよ。それに、倒れてもヴィクトルさん、助けてくださるでしょう?」
「そりゃ……って、エリシュカ」
返事を聞く前に、エリシュカは地面に向かって魔力を放出した。できるだけ薄く、広がるようなイメージを持つ。すると、食堂【柿の木】の入り口の花壇から、引っ張られるような感覚があった。
「こっちになにかありそうです」
「店のランプじゃないのか?」
「地面に向けて流しているので、そんな上までは届かないです」
「……エリシュカ、本当に器用だねぇ」
意識を、引っ張られる方に集中していく。大分魔力を使ってしまったので、体をそちらの方向に向けるだけでも少しふらついた。
「このあたりです」
「分かった。もう魔力止めていいよ。エリシュカが倒れてしまう」
「はい」
一緒に探すほどの体力は無くなってしまったので、エリシュカは地面に座り込んで、ヴィクトルが花壇の中を捜しているのを見ていた。
すると、花壇からぱっと光が浮かび上がった。
「なんだ?」
光は、扇状に広がって、家族の肖像を映し出した。身なりはややみすぼらしいが、仲の良さそうな夫婦に、五人の子供たちだ。鮮明な画像が出たのは一瞬で、すぐに歪んで輪郭がぼやけていく。端の方から溶けるように消えていくのを、ヴィクトルは茫然と見つめた。
「その魔石、魔道具だったんですね」
エリシュカはポソリとつぶやく。これはおそらく、映像を保存する魔道具だ。魔力を吹き込むことによって起動し、映像を映す。【魔女の箒】でも扱ってはいるが、ブローチ型だったり、ペンダント型だったりと、装飾品としての見た目を重視していた。これはぱっと見ただの使い終わった魔石にしか見えないので、そうだとは思わなかったのだろう。
「……兄貴」
ぼそりと言ったヴィクトルの声は潤んでいた。エリシュカは見てはいけないものを見てしまった気がして、なにも聞いていないふりをする。
しばし固まっていたヴィクトルは、気を取り直したように目尻を拭うと、その魔石を胸ポケットへ入れた。
そして、エリシュカに背中を向けてしゃがむ。
「はい」
「え?」
「乗りなよ。おぶってあげる」
エリシュカはびっくりした。
「え、でも」
「いいから。見つけてくれたお礼だよ」
エリシュカは遠慮し続けたが、立ち上がったら体がふらついたため、それ見たことかと言われてしまう。結局、素直におぶってもらうことにした。
自分とは違う歩幅は、見せる景色を少し変える。揺られていると眠くなってしまう。しかし、ヴィクトルにそんな気の抜けた場面を見せるわけにはいかない。
「さっきの画像、エリシュカも見えたんだろ?」
「はい」
「あれ、うちの家族。あの魔石はさ、兄貴の形見なんだ」
ぽつりと、ヴィクトルがつぶやいた。
「形見?」
「そう。八年前に亡くなったんだ。兄貴は当時二十三歳だった」
そんなに若いうちに亡くなるなんて……とエリシュカが思っていると、ヴィクトルが続ける。
「貧乏なうちって、なぜか兄弟が多いんだよね。うちは兄貴、俺、弟、双子の妹の兄弟だった。親が必死に働いたって、五人を養うのは大変だろう。兄貴だけ年が離れていたってのもあって、兄貴はガキのころから働いていた。俺たちを養うために」
平民の暮らしを、エリシュカは言うほどわかっているわけではない。だけど、面倒を見るものが多ければ多いほど、生活が大変なのはわかる。
「幸い、兄貴は魔力が多くて、貴族の屋敷で、高値で雇ってもらえてた。兄貴、給料日には、俺たちが食べたことないようなお菓子を買ってくるんだ。土産って言ってさ。俺たちはその日が楽しみで、兄貴の帰りを外に出て待ってた。金の価値がわかるようになってからは、もっと他のことに使えばいいのにって思っていたけど、今考えれば、兄貴は菓子に金を払っていたんじゃないんだよな。俺たちの笑顔に払ってたんだ」
想像しただけで、胸がツンとした。優しいお兄さんだったんだろう。家族をとても大事にしていた人だったんだ。
「その兄貴が、突然倒れた。原因は魔力の枯渇。つまり、使いすぎだ。兄貴は死線をさまよった後、三日後に死んだ。俺に、この魔石を託して」
「そんな」
「勤め先の貴族は、魔力提供者の体調管理を怠ったということにもなる。そういう家だと知れ渡ると、魔力もちの平民は敬遠する。だから、死因は事故ということで処理してほしいと。見舞金って名目で金まで持ってきてさ」
エリシュカは掴んでいた彼の服を掴む。胸がざわざわした。エリシュカの実家──キンスキー伯爵邸でも、魔力もちの平民を雇っていた。必要のない大量のランプの魔道具に魔力を注ぐ彼等の、魔力残量になど誰も気を使っていなかったように思う。
「最低だろ? でももっと最低なのは俺たちだ。兄貴を殺した奴らからの金なんて要らないって、そう言いたかった。追い返したかった。だけど、兄の収入を失った俺たちは金が必要だった。弟と、下の妹ふたりの教育費が必要だったし、やがては妹たちの嫁入りのことだって考えなきゃならない。親にも葛藤はあったと思う。だが、結局、俺たちはあいつらの要求を飲んだんだ」
「ヴィクトルさん」
「……兄貴の尊厳よりも、生活を優先した。呆れるだろう。しかもその負い目は、その後どれだけ言い訳したって、善行を積んだって、消えることはない。……馬鹿だった。路頭に迷ったとしても、選ばなきゃいけなかったのは兄貴のことだったのに」
懺悔に似たその話を、エリシュカはただ黙って聞いた。リーディエが言っていた、『ヴィクトルさんは貴族が嫌い』の原因はおそらく、これなのだろう。
ヴィクトルは、ずっと後悔して、自分と相手の貴族を憎みながら、まだ下にいる弟や妹たちのために、必死で抗っているのだ。




