表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落人生から脱出します!  作者: 坂野真夢
32/61

ヴィクトルの魔石・4

「何をしているんですか? こんなところで」

「なんでもない」

「なんでもないわけ無いでしょう! 今どんな顔をしているか分かっているんですか?」


 珍しくエリシュカが厳しい声を出すと、ヴィクトルは目をそらし、言いづらそうに口をひらいた。


「大事なものを落としたんだ。それで探してる。……昼間、君と出かけた時だと思うんだが、なにか覚えていないか?」


 帰って来てすぐ、早退すると言って出ていったのは、落としものを捜すためだったのか。

 最初からそう言ってくれれば、一緒に探しに来たのに、とエリシュカはやや膨れる。


「そもそも落としたものは何なのですか?」


 ヴィクトルは半身を起こし、指で二センチくらいの大きさを示す。


「これくらいの大きさの魔石なんだ。色は灰色だが、一部銀色に光る」


 灰色の魔石は魔力の抜けた状態の魔石だ。一部銀色になるということは、何らかの魔力が残ってはいるのだろうが、それほど価値は高くない。だが、彼にとっては大事なものなのだろう。店を出ていってからずっと探しているのだとすれば、もう二時間くらいは経っている。


「私も探します」

「は? いいよ。帰れよ。危ないぞ」

「通った道なら私だって覚えてますし、私の方が小さいから、低い場所に目が届きます!」

「……エリシュカ」


 困ったように頭を掻いた瞬間、ヴィクトルの腹の虫が、ぐぐぅと大きく鳴った。


「……あははっ、ヴィクトルさん、夕食取ってないんでしょう。私いいもの持ってますよ」


 エリシュカは、ヴィクトルを通りの端まで引っ張ってきて、リアンにあげるつもりだった串焼きを渡した。


「どうぞ!」

「……エリシュカの夜食だったんじゃないの?」

「リアンにお土産のつもりだったんですけど、どうせ夕飯は叔父様ととってくるでしょうし、まだ温かいうちにヴィクトルさんに食べてもらった方が、串焼きもうれしいです」


 屈託なく笑えば、ヴィクトルはほとほと困ったというような表情だ。


「参ったなぁ……」

「食べていてください。私、捜してますね!」

「待って、エリシュカ」


 ヴィクトルは強引にエリシュカを引っ張ると、隣に座らせる。


「一緒に食べて、それから一緒に探そう。君になにかあったら、リアンにもオーナーにも怒られるよ」

「はあ」


 とりあえず食べてはくれるようなので、エリシュカはおとなしく待った。


「私はお腹いっぱいなんです。いま、リーディエさんとご飯を食べてきたところなんですよ」

「リーディエと?」


 最初こそ遠慮していたヴィクトルだったが、お腹が空いていたのは本当だったようで、包みを開けた途端ごくりと喉を鳴らし、勢いよく食べだした。


「へぇ。珍しい。本当に仲良くなったんだ」

「リーディエさんは頼りになるお姉さんみたいで、私、大好きです」

「君は本当に平和だねぇ……」


 指についたたれをぺろりと舐め、ヴィクトルは吹っ切ったようにほほ笑んだ。

 それは、今までの一線を置いたものとは違う。エリシュカはホッとして彼をじっと見つめた。


「ごちそうさん。うまかったよ。でもね、エリシュカ。なんとも思っていない男にあまりこういうことをしない方がいい。君は女の子なんだし」

「もちろんです。でもヴィクトルさんは職場の同僚ですし、私にとっては兄みたいなものですから」

「兄ねぇ……」


 串で歯の隙間をいじるような仕草は、ヴィクトルには珍しい。だが貧民街の出身だと言っていたし、昔はきっとあたり前のようにしていたのだろう。店でのヴィクトルの所作は、彼が訓練して身に付けたものなのだ。


「やっぱりエリシュカは変わっているよね。もうはっきり言っちゃうけどさ。暗くなってから男とふたりになるのって、襲ってくれって言っているようなものだし、なにを落としたのか聞いてきたけど、普通なら教えないんだよ。見つかったら盗られてしまうからさ」

「え?」

「それがこの街の普通なんだ。金目のものは見つけたもの勝ち。落とした奴が馬鹿なんだ。……エリシュカには思いもしなかったことだろう?」


 呆然としているエリシュカに、ヴィクトルは目を伏せる。たしかに、治安のよくない街だとは思っていたが、予想以上だった。エリシュカの常識では、他人のものは他人のものだ。落とし物ならば、捜して持ち主に返すのが正しいことだと信じて疑っていなかった。


「正直、君は平民にはなり切れないと思う。良くも悪くも、お嬢様なんだよ。だから俺は、君に対する態度を決めかねているんだ。君はオーナーの姪だ。愛想よくしておくに越したことはない。だけど時々無性にイライラするんだ。君はあまりにも自由で、善人過ぎる。君といると、汚い自分が浮き彫りになって、嫌になるんだよ」


 嫌という言葉はなかなかに強い力がある。エリシュカは少し委縮してしまった。


「……あー、ごめん。君が悪いわけじゃないんだ。ただ、辛い。俺たちは平民だから、そういうものだと思って割り切って生きてきたんだ。リーディエのときもそうだったけど、これまでは、ただ黙って我慢していればいいと割り切れていたものを、君はあっさりと越えようとしていくじゃないか。それで、イライラしていたんだよ。……俺が君に壁を作っていたの、気づいていたんだろ?」


 エリシュカは黙って頷く。彼の心情が、そんなに複雑だったとは想像もしていなかったが。

 自分の思うように動くことで、他の人すべてに、いい影響を与えるわけではないことを突き付けられた気分だ。


「でも、ここまでお人よしだと、なんかもうどうでもよくなってきたな。平民側の都合とか、貴族の立場とか、君、お構いなしだもんな」

「……その言い方だと、私が凄い自分勝手な人間みたいじゃないですか」

「勝手じゃん。結婚が嫌で逃げてきたんでしょ? そりゃ可哀想だなって思うけど、貴族ってそういうものじゃないの」

「うっ……」


 たしかにそうだ。言い返せない。積もり積もった不満があったからこそ、家を出てきたわけだが、確かに貴族として生まれた以上、家のための結婚には同意するのが貴族の常識だ。

 リーディエにも言われたが、エリシュカには覚悟が足りないと言われればそうなのだろう。


「……結局私、平民としても貴族としても中途半端なんですね」

「ようやくわかった?」

「はい」


 しゅん、として言うと、ヴィクトルは突然噴き出した。


「はは。やっぱりエリシュカは変だ。素直すぎる。リアンが放っておけずにいるのも分かるような気がするよ」

「私、どうすればいいんでしょう。みんなに迷惑をかけてますか?」


 自分の根底を否定されたような気持ちで、エリシュカがしょげ捲ると、ヴィクトルは苦笑して彼女の頭を撫でた。


「迷惑ではないよ。困惑はしてるけど。……でも、君のおかげでリーディエは救われたんじゃん? だから君は君のままでいいんだと思う。俺たちに、君を守る覚悟が足りなかっただけ」

「え?」

「君が君のままでいて欲しい人間は、この街で君が傷つかないように守ろうとするんじゃない? 少なくとも、リアンには最初からその覚悟があって、リーディエももうあるんじゃないかな。俺は、……まあ、自分に被害が及ばなきゃいいよって程度だけど。君のことは嫌いじゃないしね」


 すごく遠回しな言い方で、エリシュカにはいまいち理解できない。


(でも、嫌われてはいない?)


 じっと見つめていると、ヴィクトルは吹っ切れたようにほほ笑んだ。


「ごちそう様。うまい串焼きだった。得したな。──さ、悪いけどエリシュカ、魔石探しにつき合ってくれる?」

「は、はい!」


 よくわからないけれど、魔石探しは一緒にやってもいいらしい。

 エリシュカは、首が取れそうな勢いでぶんぶんと頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ