魔道具の暴走・2
フレディが倒れたときの状況を聞いたリアンは、店を一時閉店とし、意識のないフレディを事務所のソファに寝かせた。青い顔のままだが、胸のあたりが呼吸によって上下している。
リアンは時計のついた腕を検分してから外す。フレディの手首は少し赤くなっていたが、火傷と言うほどまでではなかった。
「エリシュカ、タオルを水で濡らしてきてくれ」
「はい!」
すぐさま持っていくと、リアンはフレディの赤くなった腕に巻き付けた。
「腕はこれで大丈夫だと思うが……」
考え込んで様子のリアンは、棚の上から子ネズミを取る。
「普通の人間が腕時計を着けただけで、こんなことが起こるとは考えられない。であれば、彼だからこうなったんだろう。……だとすれば、治せるのはブレイク様だ」
「叔父様がですか?」
意外な名前にエリシュカは驚いたが、リアンは彼女の問いかけには答えず、子ネズミを繋いだ。
「ええ。俺です。リアンです。店で魔道具を使って倒れた子がいます。名前はフレディ・バンクス君。……ええ。そうですね。まだ連絡はしていませんが。……はい、お願いします」
子ネズミを切った後、説明を求めて視線を向けるエリシュカやほかの面々に、リアンはため息をついてから向き直る。
「フレディ君の護衛はあなたかな。彼の行動に関して、バンクス氏から注意を受けたことはありませんでしたか?」
「いえ。坊ちゃまに体力をつけさせるため、散歩を許可されたのは旦那様です。私は坊ちゃまに危険が及ばない範囲での散策や買い物は構わないと申しつけられております」
「だとすれば、この店に入るとは思っていなかったんだろうな。おそらくですが、魔道具が誤作動をしたのは、他の魔道具と干渉したからだと思います」
「坊ちゃまは魔道具なんて持っていないはずですが」
「あるんです、たぶん。……彼のこの体の中に」
リアンのひと言に、みんなが固まり、眠るフレディをじっと見る。
それから三十分ほどして、リアンからの連絡を受けたブレイクが店にやってくる。
「バンクス男爵には僕の方から説明しておいたよ。迎えに来ると言われたけれど、処置が終わらないとどうしようもないから、護衛くんを使ってこちらで手配することにした」
一向に目覚めないフレディに、不安を感じていた一同は、彼の登場にほっと胸を撫で下ろした。
「叔父様、どういうことなんですか」
「やあ、エリシ……エリク。大丈夫だよ。フレディ君のことはよくわかっているんだ。実は僕の顧客なんだよ」
「顧客?」
ブレイクは魔道具の制作者であり販売者だ。どうして〝これまで病弱だったフレディ〟がブレイクの顧客となりえるのか、エリシュカは考えても分からない。どう質問していいか迷っている間に、ブレイクはフレディの瞳孔を確認し、彼女を手招きした。
「腕時計が暴走したのは、魔道具同士で魔力の引っ張り合いが起こりショートしたからだ。……エリク、フレディ君の手を握ってやってくれるかい? そして魔石に魔力を送るときの要領で魔力を送ってやって欲しい」
「魔力を?」
普通、人間に魔力を注ぐことなどしない。なぜなら人間は自分で魔力を生成し、生命維持にも使っているからだ。他人の魔力を注ぐというのは、他人の血液と自分の血液を混ぜるようなものだ。うまく交じり合うことの方が少なく、拒否反応を示すほうが多い。
「大丈夫。彼の体には、それを可能にする機構が組み込まれている」
「それが彼の魔道具……?」
「そうだね」
衝撃でエリシュカは言葉が出なかった。リーディエの顔も青ざめている。いつもはへらへらしているヴィクトルでさえも、表情がこわばっていた。
「僕は内密にそういう研究をしている。生きるのに必要な機能が不足し、死を待つしかない人間を救うための魔道具を作っているんだ。ただこれは、まだ非承認の技術で、正式なものではないから、他言は無用でお願いしたいんだけど」
「埋め込む……?」
そんなことができるの? という疑問とどうしてそんなことを? という疑問が同時に湧く。
右手側にエリシュカが立ち、彼の手を握る。その脇から、リーディエは心配そうにフレディの顔を覗き込んでいた。
魔力を吸われる感覚があり、やがてフレディがゆっくりと目を開ける。
「あれ、僕……」
「やあ。僕のことを覚えているかな、フレディ君」
フレディは信じられないものを見たように何度か瞬きすると、「ブレイクおじ様」とポツリと告げた。
「どうして? どうしておじ様がここにいるの?」
「ここは僕の店なんだよ」
「おじ様はお医者様なんでしょう?」
不思議そうに、彼は小首をかしげる。外見からすれば幼い動作だ。
「君の治療は確かにしたけれど、医者とは違うんだ。それよりね、魔道具は君の体にはあまりよくない。……これからはここに来てはいけないよ」
「え、でも」
フレディはあたりを見る。そしてエリシュカを見つけると手を伸ばした。
「僕、エリク君と友達になりたいんだ。それに、……そこのお姉さん」
「え」
リーディエがびくりと反応する。
「お姉さんとも仲良くなりたいな。僕と同じ赤い瞳だ。散歩しているときいろんな人を見たけど、同じ色の瞳の人には出会ったことが無いんだよ。うれしいなぁ」
人懐っこく笑われて、笑い返そうとしたリーディエの頬はぎこちなく固まった。
ブレイクは彼の頭を撫で、自分の方へ顔を向けさせる。
「……フレディ君。君は今日倒れたんだ。お父さんが心配することはわかっているだろう。しばらくは外出を控えて、男爵邸の敷地内だけを散歩しなさい」
諭すように言われて、フレディは唇を尖らせたが、渋々といった風に頷いた。
「よし。もう大丈夫だよ。護衛くん、馬車を呼んでくれるかな。今日は安静にさせるように男爵に伝えて。また様子を見に行きますとね」
「はい。ありがとうございました」
すぐに馬車の手配を整え、護衛と共にフレディが帰っていく。
エリシュカはなんとなく体が重く、椅子に身を預けていた。フレディに送った魔力が思いのほか多い。




