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没落人生から脱出します!  作者: 坂野真夢
22/61

リーディエの一本道・5

 それから数日後、魔道具店『魔女の箒』に来客があった。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは。ここにエリク君はいますか?」

「エリクですか?」


 顔を上げた少年を見て、リーディエは息を飲む。そして、ぎこちなく後ろを振り向いた。

 彼女の視線を受け止めたエリシュカも驚いた。そこにいたのはフレディ・バンクス少年で、リーディエと並んでいる姿に、最初にフレディ少年に会ったときの既視感の正体を知った。


(……似てる!)


 フレディ少年は、リーディエと似ているのだ。特にアーモンド型をしたルビー色の瞳、そこから通る鼻筋もそっくりだ。

 リーディエも彼と自分の共通点に気づいた様子で、一度、ごくっと唾を飲み込み、震える声で「失礼ですが、どちら様ですか?」と尋ねていた。


「僕は、フレディ・バンクス。先日、エリク君と知り合ってね。友達になったんだ。……あ、いたいた! エリク君」


 フレディは元気よく手を振る。無邪気すぎる笑顔に、エリシュカの頬は引きつった。


(まだ友達になんてなってないですー!)


 エリシュカは目で訴えたが、通じてなどいるはずもない。


「バンクス……」


 リーディエはそうつぶやくと黙ってしまった。エリシュカはすぐに彼女と接客を替わる。


「フレディ様、その……」

「分かってるって。お仕事中なんでしょ? 僕、魔道具を見に来たんだ。どういうものがあるのか、エリクが説明してくれる?」

「よろしくお願いいたします」


 先日も一緒だった護衛の青年が申し訳なさそうな顔でこちらを見る。どうやら、しばらく付き合ってやってくれということなのだろう。どうやらこの護衛は、フレディに甘いようだ。


「わかりました。では僕が説明します」


 エリシュカはリーディエに目配せをし、彼の相手を請け負った。リーディエは、まだ呆然としたまま、黙っている。


「ねぇねぇエリク、これは何?」


 フレディは無邪気に笑いながら、ピーラーやミキサーを差し示す。エリクはいろいろなものに興味を示し、どんなことができるのか、屈託なく質問をしてくる。エリシュカは説明をしながらも、リーディエの様子が気になっていた。


「ふうん。なるほど。魔道具って面白いなぁ。それに、意外と僕らの生活に密着してるんだね。僕の家にもあったのかな。病気でね、ずっと自分の部屋にばかり閉じこもっていたから、何も知らないんだよ。外って楽しいよね。見るものすべてが珍しくて、楽しくって仕方がないよ」

「坊ちゃま。そろそろ」


 満面の笑顔を見せるフレディに、護衛が耳打ちする。


「もう? ……残念だなぁ。また来るよ。エリク!」


 その後はわがままを言うわけでもなく、フレディは帰って行った。とはいえ、まるで嵐のようだったなとエリシュカは思う。


「なんだ、あの貴族のお坊ちゃん」


 ヴィクトルは彼らを見送った後、あきれたように言う。


「この間、モーズレイ氏の屋敷で会ったんです。ずっと闘病生活を送っていたそうで、元気になって動けるのがうれしいみたいですね。同年代の友達がいなかったそうで、僕……今この姿ですから、同い年くらいの男の子ってことで目をつけられちゃったみたいで」

「なるほどぉ? それはお気の毒」


 ヴィクトルがあっさりと言った。貴族のお坊ちゃまのお遊びに付き合わされるなんて、という意味だろう。

 彼は仕事に戻ろうと顔をあげ、入口付近でいまだ立ち尽くしているリーディエに気づいた。


「ちょっと、なんて顔してんだよ、リーディエ」


 リーディエの顔色は青白かった。ヴィクトルに肩を揺さぶられてようやく我に返ったようで、そのまま椅子に腰を落とすと、呆然とつぶやいた。


「ヴィクトルさん」

「顔色悪いぞ? 具合でも悪いのか?」

「いいえ。あの、……今の子……私と似ていましたよね」


 ひどく言いづらそうにリーディエがつぶやく。エリシュカは、「そう……ですね」と頷いたが、「そうかな」とヴィクトルは否定的だ。


「だって目の色……珍しいのよ、この色は。だから私……」

「君は君だよ、リーディエ。親なんて関係ない、前にも言ったろ」


 ヴィクトルはリーディエの肩を抱き、エリクを振り仰いだ。


「ちょっと休ませてくる。今リアンを呼んでくるから、ふたりで店番頼むね」

「あ……はい」

「ほら、リーディエ、しっかりしな」


 ヴィクトルがリーディエを奥の事務室へと連れていく。

 しばらくすると代わりにリアンがやってきて、無言のまま微妙な表情を見せた。


「なにがあった?」

「それが……」


 説明しようとしたが、そのタイミングで新しい客が来たため、エリシュカたちは対応に専念することになった。


 それから一時間ほどヴィクトルと根を詰めて話したリーディエは、落ち着いた様子で戻ってきた。エリシュカは心配だったが、彼女はすっかり立ち直ったかのように仕事の采配もいつもどおりで、むしろリーディエに気をとられているエリシュカの方がミスを連発していた。

 が、やはり無理をしていたのか。終業間際になり、リーディエはふらりと倒れてしまったのだ。

 慌てて彼女を休ませようと、エリシュカの部屋にリーディエを運ぶことになり、ヴィクトルとふたりでバタバタ物音を立てていたら、作業場で仕事中のリアンが不機嫌そうに出てきた。


「今度はどうした。なにがあったか説明しろ」

「オッケー、オッケー。ちょっと待っててね」


 ヴィクトルはエリシュカのベッドにリーディエを寝かせると、エリシュカとリアンを引き連れ、閉店後の店内へとやってきた。

 そして語られたのは、リーディエの身の上話だ。


「つまりね、たぶんあのフレディって子はリーディエの異母弟なわけ」


 それは、エリシュカには衝撃的な話だった。父親が貴族、だが名前も顔も分からず、養育費だけを渡されて生きてきたという事実。

 エリシュカも父親には思うところがあるが、リーディエの方が当たり所もない分、燻る気持ちも分かる。


「この街に住む貴族は、三人いる。アーチボルト伯爵とケイヒル子爵、そしてバンクス男爵だな」

「叔父様は違うんですか?」

「セナフル家は商家なんだ。ブレイク様自身は貴族階級の出身だけれど、結婚によってその肩書はほぼ失われているね」


 ヴィクトルが丁寧に説明してくれる。


「まあその三家のどれかがリーディエの親だろうとは思っていたけれど、母親はなにひとつ教えてくれなかったそうだし、低所得層の俺たちが、貴族と会うタイミングなんてほとんどない。魔道具を買うときだって、普通は使用人が来るからね。接点もなければ、気にもならないでしょう。だから、今まで、リーディエも父親を捜そうとはしてなかった」

「そうなのですか」


 エリシュカだったらどうだろう。近くにいるのならば父親には会ってみたいと思うかもしれない。家族というのは不思議なもので、近くにいたら鬱陶しいし、嫌な部分が気になりがちだが、離れていたら理想ばかりが高まるものだ。


「リーディエさん。フレディ君を見て、ショックだったんでしょうか」

「そりゃそうじゃない? かたや捨てられた娘と、病弱だかなんだか知らないけど、箱入りに育てられたお坊ちゃんだよ? 知らなければ気にもならないけど、目の前に現れられたら、つい自分と比べてしまうものでしょう。リーディエが不貞腐れたって仕方ないんじゃない?」


 ヴィクトルが苦々しく笑う。エリシュカはなんと言ったらいいかわからなくなった。


「私……どうしたらいいでしょう?」


 フレディは友達が欲しくてウズウズしているようだった。しかも年齢がどうでも物怖じしない。体術の先生の家にまで押し掛けるなんて、なかなかできることじゃない。

 〝エリク〟が平民だなんて事実は、彼には関係ないのだろう。彼は単純に友達が欲しいのだ。そのために、今後もまた、エリクに会いに来るに違いない。


「今の私が彼と友人になれるわけじゃないし、来訪をお断りしましょうか」


 エリシュカが言うと、ヴィクトルが首を振る。


「どうやって? 客として来られた以上、俺たちは迎えることしかできないんだ」

「それはそうですけど」

「エリシュカ。俺たちとお客様は対等じゃないんだ。ある程度の理不尽は飲み込む必要がある」


 ヴィクトルのその一言は、小さな棘となってエリシュカの胸に突き刺さった。

 エリシュカも貴族出身だ。身分の上下はあれど、人間とは対等なものだと思っている。だからこそ、嫌な縁談からは逃げてきたし、フレディにも言えば通じるのではないかと思っている。

 だけど、ヴィクトルたちにとっては、例えば仕事の邪魔でしかないフレディの行動にだって口を出すことはできない。


(……もどかしい)


 彼らとの間に、時々壁があるように感じる。それは、生まれも育ちも違うのだから当然のことだし、どちらが悪いというものでもない。でもエリシュカは、ここに染まり切れない自分を感じるのだ。


「では……」

「エリシュカが気にすることはない。これはリーディエの問題だよ。事実がどうであれ、フレディ君はお客様で、どこかの貴族のご令息でしかない。リーディエは従業員として正しく振る舞えばそれでいいんだ」

「でも」


 意外に厳しいヴィクトルの反応に、エリシュカが批難の目を向けると、ヴィクトルは味方を求めてかリアンに意見を求めた。


「リアンはどう思う?」


 話をむけられたリアンは、しばらく黙って考えていた。


「……深入りすれば傷つくのはリーディエだろう。縁を切られているなら、他人だ。余計なことは考えない方がいい。フレディ君が来たときは、できるだけエリシュカが接客してくれ」

「は、はい」

「それがリーディエのためだと思う」


 ふたりにそういわれてしまえば、エリシュカはこれ以上口を出せない。

 でも、考えてしまうのは、リーディエはどうしたいんだろうということだ。

 彼女が、最初から縁を切られているから他人だと割り切っているとは、エリシュカには思えなかったのだ。


「……ごめんなさい。私」


 物音がしたと思ったら、リーディエが店に下りてきていた。


「リーディエさん、大丈夫ですか?」

「エリシュカのベッドを借りてしまったのね。ごめんなさい」

「いいえ。もっと休んでなくて大丈夫ですか?」

「平気よ。……帰るわ」


 リーディエはすぐに帰り支度を始める。


「ヴィクトル、送っていってくれるか?」

「言われなくとも」


 リアンの言葉を受け、ヴィクトルが応じる。リーディエは肩を落としたまま、一度も振り返らない。

 店を出ていくふたりの姿を、エリシュカは寂しい気分で見送った。


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