リーディエの一本道・4
翌日、エリシュカとリアンはモーズレイ氏の屋敷に向かった。
場所は街の中でも外れの方だ。昔は中流階級がこのあたりに屋敷を構えていたらしいが、街が北側を中心に発展していったため、やや不便な場所になっていった。裕福な貴族はそれに伴い引っ越していき、空き家が多く残された。
やがて高所得の平民が住むようになっていったが、元が中流階級の持ち家であるため敷地が広く、買い手がつかない家が多くある。
モーズレイ氏はそのうちの一軒を格安で手に入れたのだそうだ。
「ここですね」
「ここだな」
屋敷の規模からいえば、大きめだ。体術の家庭教師がどれほど儲かるものなのか分からないが、それなりの収入はあるのだろう。
「待っていたよ。こっちだ」
モーズレイ氏は、今日は動きやすい服装をしていた。襟付きのシャツではなくTシャツを着ている。
「ご家族はおられますか? メインの使用者がモーズレイ様ということで調整してよろしいでしょうか」
「ああ。結婚したらまた呼ぶよ」
「その際は代金をいただきますよ?」
リアンの念押しにモーズレイ氏は苦笑する。
ランプや、洗濯機など数々の魔道具の調整を、エリシュカはリアンに教わりながら行った。
幸い、やり方はそこまで難しくはない。魔道具の魔法機構の部分に属性中和の機構を加えるだけだ。
学校で魔法や魔石の扱いについて学んでいるエリシュカにとっては、すぐに習得できるものだった。
「この調子ならひとりででもできそうだな。これからは出荷前の調整を手伝ってもらおうか」
「はい!」
役に立つというのならば嬉しい。エリシュカが張り切って腕まくりをしたとき、玄関の扉が勢いよく開いた。
「先生!」
「あれっ、坊ちゃん」
ひとりの少年が、入ってきた。後ろに護衛らしき青年もいて苦笑している。
「モーズレイ先生、すみません。今、坊ちゃんの散歩の時間でして」
「先生の家はこの辺だって聞いたから、捜してみようと思ったんだ!」
少年は、口調は幼く感じたが、外見はエリシュカの弟たちと同じくらいの年齢――十五歳くらいに見えた。茶色の髪はふんわり柔らかそうで、ルビーのような赤い瞳がキラキラと輝いている。貴族の子息らしい、襟元にフリルのついたシャツに青色の上着を着ている。
(どこかで見たことあるような?)
妙な既視感に襲われ、エリシュカは彼をじっと見た。視線に気づいた少年が、ふたりの方を向き、笑顔を向けてくる。
「あれ? 君たちは誰?」
「どうも、俺たちは魔道具の修理のものです」
リアンはぺこりと頭を下げ、そのまま作業に戻る。エリシュカもそれに習ったが、ふたりが気になり、会話には聞き耳を立てていた。
「どうしました坊ちゃん。今日は授業の日ではありませんよね?」
モーズレイ氏が慌てて駆け寄る。どうやらこの子がモーズレイの生徒であるらしい。
「体力づくりに散歩するのがいいっておっしゃったでしょう? だから早速散歩していたのです。モーズレイ先生のお宅はこのあたりだったなぁっと思って、捜しながら歩いていたんですよ」
「そうでしたか。しかし、申し訳ない。坊ちゃまをおもてなしできるようなものが何もなくて……」
モーズレイ氏はいかにも焦っている。この広い屋敷にひとり暮らしらしい。この規模の御屋敷ならば使用人を雇うものだが、おそらく、彼を騙した男以外は雇っていなかったのだろう。
「良ければ、僕がお茶をお入れしましょうか」
「こら、エリク」
思わず提案したエリシュカに、リアンは眉を顰める。
「あ、もちろん、よろしければ、ですけど」
モーズレイ氏は帰る気のなさそうな少年を見つめ、エリシュカに向けて苦笑した。
「悪いね、頼めるかな」
「はい」
こうして、作業は一時中断し、一行は居間へと移動した。
少年の名前は、フレディ・バンクスといった。
「フレディ様は生まれつき体が弱く、ベッドで寝たきりの生活が続いていたのです。ですが、二年前最新の治療法を試したところ、徐々にですが病状が良くなり、最近はずいぶん動けるようになりました。それで、先生に来ていただき、体を鍛えているのです」
彼の護衛が、給仕を引き受けたエリシュカに説明してくれる。
作業が中断したため、リアンも一緒に居るのだが、不貞腐れたように頬杖をついて座っている。
「そうなんですね」
エリシュカは慣れた手順でお茶を入れた。テーブルには、フレディとモーズレイ氏が向かい合って座っている。
フレディはお茶を一口含むと、うれしそうに笑った。
「君はお茶を入れるのが上手だね。とてもおいしいや」
「ありがとうございます」
エリシュカがほほ笑み返すと、フレディは気をよくしたようだ。
「君、魔道具店の店員って言ったよね? 年は幾つ? 僕の友達にならないか?」
「と、友達?」
「そう。僕は体が弱くて学校に行けなかったから、同じ年頃の友達がいないんだ。友達が欲しいんだよ」
フレディはその年頃にしてはとても無邪気に笑う。学校にも行けていなかったというし、純粋なのだろう。友人が欲しいという気持ちはわからないでもないけれど、今のエリシュカには無理だ。
首を横に振って拒絶を示すと、彼はにわかに落ち込んだ。
「駄目か。……やっぱり誰も僕なんかとは友達になってくれないのかな」
「フレディ様が駄目ってわけじゃありません。友達って、なろうって決めてなるものじゃないのでは? フレディ様のことを何も知らないのに、いきなり友達になんてなれません。それに、フレディ様は貴族のご子息でしょう? 友人付き合いはお父様の許可もいるのではありませんか?」
エリシュカの弟である双子はそうだった。付き合う人間を父が選んでいて、学校もキンスキー伯爵家の財力では厳しい王都の学校へと入れたのだ。
「うーん。それは考えたことが無かったなぁ。でも友達って自分で作るものでしょう? じゃあ君のこともっと教えてよ。僕のことも教えるから」
「えっと。でも」
どうやら、フレディは相当素直な子供らしい。エリシュカはどう対応していいか迷ってしまう。
「エリク! 俺たちは仕事で来ているんだぞ。茶を入れ終わったのなら、再開するぞ」
リアンの叱責が、助け舟のように思えた。
「そういうことなので……すみません」
エリクは頭を下げ、リアンと共に魔道具の作業に戻った。
「……助かりました」
「おまえは少し無防備が過ぎる」
小声でリアンと囁き合い、あとは無言で魔道具の調整をした。
エリクの練習のため、という名目だったが、割合簡単にコツをつかんでしまったため、一時間しないうちにすべての作業を終える。
作業を確認してもらおうとモーズレイ氏の元を訪れると、まだフレディがいて少し驚いた。
「作業が終わりました。ご確認ください」
「仕事終わった? 僕と遊べる?」
無邪気に問いかけてくるフレディに、エリシュカは苦笑を返すことしかできない。
「すみません。戻ってまた仕事があります」
「そうかぁ……」
とても残念そうに肩を落とすと、フレディは護衛に促され帰って行った。
リアンとエリシュカも、モーズレイ氏に恐縮しながら見送られ、屋敷を後にした。