リーディエの一本道・3
ヴィクトルは顧客台帳を手に、眉間に皺を寄せる。
「ありませんね、お客様」
「だが、アルキットという男は、ここで買ったと言っていたぞ?」
「そのアルキットという方も顧客台帳にはありません。そもそも魔道具は転売を禁止されているはずです。本当にその男はこの店で買ったのですか?」
ヴィクトルが出てきた途端、男は少し弱気になった。どうやら最初は、小柄な少年と女性従業員しかいないと思って、威圧的に話していたらしい。
(逆に、気の弱い人なのかもしれないなぁ)
そんな風に考えながら、エリシュカは彼の肩が下がっていくのを見つめる。
「……そこまでは知らない。ようやく仕事が決まって、田舎から出てきたばかりだったんだ」
どうやらこの男自身も騙されたようだ。すっかり落ち込んだ様子に、エリシュカはやや同情した。
「落ち着いてください。お茶を入れてきます」
エリシュカがキッチンに向かおうと奥の扉を開いたところで、リアンが入ってきた。
「無事か」
「え? あ、大丈夫です。これから詳しく話を聞くところですからちょうどよかった」
エリシュカがあまりに普通に笑うので、リアンは拍子抜けした気分で、椅子に座る男を見つめた。
彼は最近この街に越してきたクリフ・モーズレイという武闘家だ。とある貴族に、子息への体術の家庭教師を頼まれ、田舎から出てきたばかりなのだという。
年齢も年齢だし……と、今後を見据えて彼はとある屋敷を買った。
以前住んでいたところは田舎で、魔道具はあまり普及していなかったために知識はない。
そのため、詳しい使用人を雇用しようと仲介所を歩き回っていたとき、アルキットという男と出会い、必要な魔道具をすべて整えてもらうことになったのだという。
「……結構な額を払ったんだ」
「あー、それは失敗でしたね。最初に相談に来ていただけたらよかったんですけど」
ヴィクトルが同情交じりに相槌を打つ。リアンも、モーズレイ氏と魔道具を見比べながら答えた。
「これはたしかにうちの魔道具なんですが、もうずいぶん昔のもので、今は販売していません。おそらくは認可されていない中古店で買われたのだと思います。それでも、確認したところ、製品自体に問題はありません。おそらくあなたの魔力の火属性が強すぎて、暴発するのだと思います」
魔力には個人差があり、属性がある。普通は、魔道具にまで影響することはないが、平均より強い力を持っている場合は、魔道具のカスタマイズが必要なのだ。
「本来は、買ったときにお伺いして調整するんです。だから魔道具店は顧客の登録をお願いしてますし、アフターケアもしています。中古店で買うよりも高いのは間違いありませんが、長い目で見れば、正規店で買う方がお得ですよ」
「そうか……」
モーズレイ氏はがっくりと肩を落としていた。
単純なエリシュカは彼が気の毒に思えてきた。さっきは怖かったけれど悪い人ではなさそうだ。
「中古店って取り締まることはできないんですか?」
「あまり治安のいい街じゃないからな。ひとつ取り締まったって、すぐに新しい店ができる。闇市もあるしな」
「でも、せっかく買って使えないのでは気の毒です」
魔道具は高価だ。その購入費用を捻出するのも大変だったはずだ。
没落後のキンスキー伯爵家の財政を管理していたから、エリシュカは余計同情してしまう。必死に目で訴えると、リアンは困ったように頭を掻きながら、提案してきた。
「……そうだな。じゃあエリク、お前に魔道具の調整方法を教えよう」
「え? わ……僕がですか?」
突然、自分に振られて驚いていると、リアンがそのままモーズレイに向き合い、話を進める。
「彼は新人なんですが、あなたの屋敷の魔道具を、彼の研修用に使わせていただくことは可能ですか。そうであれば、無料で調整を行うことができます」
「本当か?」
「ええ。けれど、できるのはこの一回だけです。どうか今後は、正規の魔道具店でお求めください」
「もちろんだ」
モーズレイ氏は喜び勇んで、顧客名簿を記入する。
そのタイミングで戻ってきたリーディエは、先ほどとは一転し、穏やかに話している様子に、驚きを隠せなかった。
「あ、さっきのお嬢さん、悪かったな。イライラしていて。腕、痛くなかったか?」
「いえ……大丈夫です」
不思議な気分で、リーディエはモーズレイを見つめた。謝られるなんて思わなかった。女であり平民であるリーディエに対しては、多くの客が居丈高な態度をとる。自分が見ていない数分間になにがあったのか分からないけれど、おそらくはエリシュカのおかげだろうと思えた。これまで似たようなことがあっても、リアンとヴィクトルの対応で、客がここまで機嫌を直したことはない。
(……変な子)
リーディエはどんな顔をしたらいいのか分からなくなり、ちらりとエリシュカをうかがう。彼女はうれしそうに微笑んでいた。
聞いていれば、エリシュカは魔道具の調整にかり出されるらしい。
貴族のお嬢様が、一時避難で叔父の元へ逃げてきただけなら、そこまで覚える必要などないはずなのに、どうしてこの子は、喜んでいるのだろう。
「では明日、お伺いします!」
「ああ、頼むよ」
笑顔で帰って行ったモーズレイ氏を見送るエリシュカの背中に、リーディエはぽつりとつぶやく。
「……さっきはかばってくれてありがとう」
「いいえ。リーディエさんこそ、毅然としていて格好良かったです」
「あなたもね」
なんと返していいのか分からず、リーディエはそれくらいしか言えなかった。




