リーディエの一本道・1
リーディエは生まれたときからカレルの街にいる。母とのふたり暮らしで、父親の顔は知らない。母の話だと、父は名のある貴族だったらしい。当時、貴族の館で下働きをしていた母は、彼に見初められ、リーディエを身ごもった。しかし当然、結婚が許されることはなく、母は大きなお腹のまま屋敷を追い出され、平民街でリーディエを産んだ。
母はリーディエを愛してくれたが、父について詳しく教えてくれることはなかった。
幼いリーディエは、漠然といつか父親が迎えに来てくれると信じていたし、父が貴族だと知ってからは、自分もキラキラしたドレスを纏い、お姫様のような生活ができるのだと思い込んでいた。
けれど成長するにつれ、自分たちは捨てられたのだと分かってくる。
(父は、いたずらにお母さんをもてあそんだだけで、娘の存在なんて気にもしていないのよ。ただの一度も会いに来ないのは、私を愛していないから)
いじけるようにそう思う一方、期待も捨てられなかった。
(でもいつか、私を捜しに来てくれるかもしれない。今まですまなかったと言って、抱きしめてくれるかもしれない。お母さんが貴族じゃないから別れさせられただけで、ふたりの間には愛があったのかもしれない)
リーディエは、自分がいらない子だとは思いたくなかった。傍にいてくれなくても、生まれたことを喜んでほしかったし、たった一度でもいいから、会いたかったと抱きしめて欲しかった。
だが、その願いはかなわなかった。ある日、リーディエは母が貴族の従者からお金を受け取るところを見てしまう。
『こちらが、今年の分です』
母を問い詰めれば、そのお金は父親の奥方が手切れ金として用意したもので、リーディエが十五歳になるまで、毎年手渡すと約束されたものなのだという。
『申し訳ないけれど、お父様のことを詮索しては駄目よ。これはお前が暮らすためのお金で、お前が父親の前に姿を現したら、止められてしまうの』
母は神妙な顔でリーディエに諭した。そんな風に、母がお金で割り切っていることが、リーディエにはショックだった。
その日以来、リーディエは貴族が嫌いだ。貴族なんて身勝手で、人の気持ちなど考えていない。
リーディエが欲しかったのは、お金なんかよりも、抱きしめてくれる腕だったのに。
そしてリーディエが十五歳になると、そのお金さえぴたりと止まった。
(切り離されたんだ、私)
顔も知らない、名前さえ教えてもらえないまま。たったひとつのつながりさえ、こんなにもあっさりと失われる。
もういっそ、父親のことなど考えるのは止めてしまおう。
そう思って、自分に目をむけたとき、リーディエは自分のどこに価値を見出していいのか分からなかった。
(私の体も、服も、食べ物さえ、汚らしい貴族たちから施されたもの)
貴族なんて大嫌いだ。けれど、リーディエの半分は貴族だ。
貴族としての恩恵にあずかることはなく、リーディエは平民の中でも私生児として蔑まれる。
母は、彼らがくれたお金で生きてこれたのだから感謝しろというけれど、リーディエには納得ができなかった。
「リーディエ、お前、ブレイク様のお店で働かせていただきなさい?」
商家であるセナフル家の下働きをしていた母が、リーディエが就職口を捜していたとき、そう言った。セナフル家の婿であるブレイクが店を出し、ちょうど売り子を捜しているのだという。ブレイクは私生児だからと気にすることのない良い方だからと。
実際、この店に来てみれば居心地はよかった。
ブレイクは、どこかの伯爵家の出身だそうだが心優しいし、一緒に働くヴィクトルもリアンも気やすかった。
一緒に過ごす時間が長くなると、ふたりの事情も見えてくる。ふたりとも、貴族には何らかの思うところがあり、そこも同志だと思える理由だった。
(仲間だと思ってた。貴族なんて嫌いだって、みんなそうだって思ってたのに)
ブレイクの姪とはいえ、ふたりがあっさりとエリシュカを認めた事は、ショックだった。
(しかも、キンスキー伯爵家の令嬢だなんて)
キンスキー伯爵家は、リアンがかつて追い出され、窮地に追い込まれた元凶だと、リーディエは知っていた。だからこそ、リアンがこんなにもエリシュカにかいがいしさを見せることが信じられない。
それに、エリシュカのことも見ているとイライラする。貴族のお嬢様として育ち、教養を身につけさせてもらえたならば、多少嫌われていたとしても恵まれているほうではないか。たしかに父親のような年齢の男との政略結婚は嫌だろうが、だからといって逃げる先が叔父の元というのが甘いとリーディエには思えてしまう。
(ひとりで生きる覚悟がないなら、政略結婚だって甘んじて受けるべきじゃないの)
口に出しては言えないが、そんなふうに思うこともある。
自分が得られなかった貴族令嬢という立場。それを捨ててきたことにも苛立つし、捨ててもなお、叔父やリアンに守られる彼女が羨ましくて憎らしい。
『素直に育っているんだろ。俺たちとは違う』
ヴィクトルの言葉は真実だ。エリシュカは素直で天真爛漫だ。
彼女は自分のように、父親から捨てられたことを気にしたりしていない。彼女は自分から捨ててきたのだから。
エリシュカが悪いわけではないのはわかっている。けれど、リーディエはどうしてもエリシュカを受け入れられなかった。




