新しい生活と魔道具作り・4
夜、風呂にも入り終え、エリシュカが部屋でくつろいでいると、隣のリアンの部屋兼作業場から、なにやら音がする。
エリシュカの助言が役に立っているのか、リアンは最近創作意欲にあふれている。
次々と作られる試作品は、エリシュカをワクワクさせる。ニホンの道具が、この世界でも出来上がっていくのが楽しくて仕方ないのだ。
(次は何を作ってるんだろう)
エリシュカはこっそりと隣の部屋に向かった。
「リアン」
「ん?……は? エリシュカ?」
なぜかリアンが顔を赤くしている。エリシュカは「入ってもいいですか」と扉を開けて彼に笑いかける。
「夜は部屋にいろって、言ってるだろ!」
「だって。なにを作っているのか気になるんですもん」
「だったらせめて、ちゃんと服を着ろ!」
エリシュカが着ているのは、夜着にしているシャツとズボンだ。かつらは外し、髪は下ろしている。特段、おかしな格好をしているつもりはない。
「着てますよ?」
「薄着だ! もっと着ろ」
リアンのシャツを投げつけられる。別に寒くはないのにと思いつつ、怒られるのは嫌なので、エリシュカは渋々上からシャツを着た。
「これでいいですか? で、なにを作っているんですか?」
リアンは魔石の加工をしていた。すっかり色が抜けているので、これは魔力が空になった魔石なのだろう。ここで働くようになってから知ったことだが、空の魔石にはいろいろ利用価値がある。魔力を貯める器にもなるし、特殊な方法で呪文を刻み込めば、魔力を通すことによって呪文を発動させる装置のような使い方もできるのだ。
魔石に書かれる呪文によって、効果がもちろん変わる。コンロは火魔法、洗濯機は水魔法、子ネズミもとい電話は風魔法が使われているらしい。
「魔力量がゴム弁で調節できるようになったから、魔石の複合に挑戦してみようと思ってな」
「複合?」
「例えば、製氷機だな。今までは、水を入れるところは手動で、冷却の呪文を刻んだ魔石を使って作っていたんだが、氷ができたらゴム弁を開き、水魔法の魔石で水を足すようにできれば、夜に魔力を込めておけば朝には多くの氷ができるような仕組みが作れる。飲食店では重宝されるんじゃないかな」
なるほど。魔石を組み合わせて新たな効果を生み出すということか。
エリシュカは感心しつつ、それなら、と思い付きを話す。
「だとすれば、温風と冷風の出る機械なんて作れたらいいなって思います。まずは風魔法を使って、そこから分岐させてはどうでしょう。どちらに風を送るかは手元のスイッチで変えられるようにして、片側に冷却魔法、もう一方に発熱魔法を書き込むんです」
エアコンというやつだ。スイッチ一つで温風にも冷風にもなるなら便利だと思う。
「ふむ。しかしこれは結構魔力を食うな」
「駄目なんですか?」
「エリシュカは魔力が豊富だから気にしたこともないのかもしれないが、魔力量は個人差が大きい。魔道具は魔力の少ない子供や老人が使うことも想定し、できるだけ少ない魔力で動くように設計するのが大事なんだ」
「なるほど」
魔力の測定は学校でおこなった。その時は、特段多いという気はしなかったので不思議に思っていると、リアンが補足してくれた。
「血筋が関係しているのかもしれないが、一般的に、魔力は貴族が多く平民が少ないんだ。その割に、貴族はあまり魔力を使わないけどな。大抵の貴族の館では魔力もちの平民は高給で使われているだろ?」
キンスキー伯爵家の魔道具はランプと食料保存用の冷蔵庫くらいしかなかったが、高給の魔力供給人がいた。
「魔力は無尽蔵にあるわけじゃないし、魔力込みの魔石は高価だ。俺はなるべく人に負担をかけないものを作りたいんだ」
どこか寂しそうにリアンが笑う。
(どうして、そんな顔をするんだろう)
胸が、きゅっと疼いて、心臓が落ち着かない。
記憶が戻れば、もっとリアンのことがわかるだろうか。だとしたら思い出したい。どうやったら、失った記憶を取り戻すことができるだろう。
「……エリシュカ」
「は、はいっ」
振り向かれて、エリシュカはびくりと体を震わす。リアンは一度きょとんとした後、そっぽを向いてつぶやいた。
「もう、寝ろ。風邪ひくなよ」
「は、……はい」
変なドキドキが止まらなくて、エリシュカは慌てて立ち上がった。
いつもなら、魔道具のアイデアを考えることで夢中になっているのに、今日はリアンの横顔が頭から離れず、ベッドに横になっても、なかなか寝付けなかった。




