新しい生活と魔道具作り・3
そんな感じで午前の仕事を終えると、午後からはリアンに呼ばれた。
「エリク、ちょっと意見を聞かせてくれ」
行っておいで、とヴィクトルに促され、エリシュカは事務室に入る。
普段は作業場でやっているそうだが、今日はここに道具を持ち込んで商品開発をしているようだ。
「今やっているのは、携帯コンロの改良なんだ」
田舎の方では、料理は薪を使い、かまどで作られる。エリシュカの住んでいた伯爵邸ではそうだった。
魔道具としてのコンロが普及してきたのはここ数年のことで、薪がいらず煙も立ちにくいことから、住宅の密集する都心部で需要が大きいらしい。
リアンが作っているのはさらに小さめの、ニホンでいうカセットコンロのようなものだ。
魔力を通す魔法管と呼ばれる金属管がなく、持ち運ぶことができる。
ちなみに、この店のキッチンで使っているのは、携帯コンロの試作品だ。
「料理をしていて使いにくいと思ったことはないですけど、どこを改良するんですか?」
「魔力の調節が難しいんだ。今は三段階に分けられるようにしているが、魔力をこめすぎると暴発する。大人なら問題ないが、魔力調節が下手な子供が使うには危ない」
「魔力調節……ですか」
例えば魔力がガスのようなものだと考えれば、それは弁で調節できるはずだ。魔力を遮断できるようなものがあれば、弁を作ることもできるだろう。
「魔法に強い素材ってないんですか?」
「強い?」
「ええと、影響を受けにくいと言えばいいでしょうか」
リアンは顎に手をあてて考える。
「その観点で考えたことはなかったな。……魔道具の多くは、魔力を伝えるのに金属管を使い、魔石に術式を刻み込んで魔法を起こす。だから、金属は最も影響を受けやすいと言えるだろう。それ以外の素材と言うと木やガラス……」
「ゴムはどうですか?」
ゴムは南方からの交易品だ。防水布やゴム靴といった製品として入ってきているが、素材としての利用はまだされていない。
「ゴムがもし魔力を遮断するなら、魔法管にゴム素材で弁を作って、手元のスイッチの開き加減に応じて、ゴム弁を動かせるようにすれば、調節できませんか?」
「……お嬢は本当にいろいろ思いつくな」
ぼそりとリアンが言う。最近は面と向かったときはエリクかエリシュカと呼んでくれるので、完全な独り言のようだ。
「試してみよう」
「はい」
リアンはすぐに立ち上がり、子ネズミを使って、材料の調達に入った。
電話の役割を果たす子ネズミは、事務机に十個ほど並んでいる。
「ここには子ネズミがいっぱいあるんですね」
「一体につき、三か所しか登録できないからな」
「ネズミごとに連絡できる先が決まってるってことですか。……なるほど」
どうやら子ネズミにもまだまだ改良の余地がありそうだ。
* * *
「いやいや、こんなに早く成果を出してくれるとは思わなかった。さすがエリシュカ!」
「私は口で言ってるだけです。リアンが居なかったらすぐ製品になんてできません」
「いや、エリクの発想はやはりすごいです。俺だけなら何日も悩んでいたでしょう」
週に一度のペースで様子を見にやってくるブレイクは、出来上がった携帯コンロの試作品を見てご機嫌だ。
材料がそろってから実験してみると、エリシュカの予想通り、ゴムを使うとうまく魔力を遮断できることが分かった。リアンはすぐにそれをコンロに組み込んで改良品を作ったのだ。
「やっぱり君たちふたりを組ませたのは正解だったね」
役に立っていると思えば嬉しい。ちらりとリアンを見ると、そっぽを向かれてしまったけれど、照れているだけだというのは、何日も一緒に過ごしてきて分かっている。
それに面白くない顔をしているのはリーディエだ。
「エリク。ここ拭ききれて無いわよ。汚れてる。ぼーっとしているからじゃない?」
「え? は、はい! ただいま」
反射で背筋を伸ばして、エリシュカはぞうきんを絞りに行く。
その後ろ姿を見ながら、ヴィクトルは茶化すように言った。
「八つ当たりはよくないよ。リーディエ」
「ヴィクトルさん、人聞きの悪いこと言わないでよ」
「だってさ。今までの君なら、気づいた時点で、自分で拭くでしょう」
彼の指摘は正しく、リーディエは唇を噛みしめる。
「……ヴィクトルさんだって貴族なんて嫌いでしょう?」
「そうだけどさ。エリシュカが悪いわけじゃないじゃんか。彼女もある意味被害者だ。それに、オーナーの姪に嫌われていいことなんて何もないし?」
最後のひと言には含みがあるが、従業員としては正しい発想かもしれない。
ふたりが話しているうちにエリシュカが戻ってきて、大して汚れてもいない棚を一生懸命拭き始める。
「……嫌味も通じないのね」
「素直に育ってるんだろ。俺たちとは違う。それに魔道具に関しては俺たちなんかより格段に役に立ってる。やっぱさ、学の違いはどうしようもないだろ。あのリアンだって、エリシュカには優しいじゃん」
「それは……」
リーディエはそう言うと、寂しそうにリアンを見やる。リアンが時折、心配そうにエリシュカに視線を送るのを、彼女は何度も見てきた。
「店長が苦労したのは、あの子の親のせいでしょ。貴族なら貴族で、自分の居場所にずっといればいいのに。何も知らないで、ずかずか入って来てほしくなかったわ」
リーディエのやりきれなさを慮ったのか、ヴィクトルは苦笑したまま、彼女の背中をポンと叩いた。