新しい生活と魔道具作り・1
意思の確認が済むと、ブレイクはすぐに行動し始めた。
まず、ブレイクは残る従業員のヴィクトルとリーディエに、エリシュカが自分の姪であることを告げ、彼女がここに住むことになった経緯を簡単に説明した。
「政略結婚なんて、お貴族様にはそんなことあるんだねぇ。……うっ、かわいそうに」
ヴィクトルはあっさりと同情の姿勢を見せ、リーディエは不満そうに眉をひそめ、腕を組んでいる。リアンはふたりの代わりに店番をするため、今は一階にいる。
「男装するのも、ここで雇うのもいいですけど。なんでここに住むんです? ブレイク様の屋敷で引き取ればいいじゃないですか!」
「それじゃエリシュカが仕事に通うのが大変じゃないか」
「だからって、未婚の男女が一緒に住むなんて絶対ダメです。部屋が違うからってなによ。トイレもお風呂も共用なのよ?」
「嫌だなぁ。なにやらしい想像しているんだよ、リーディエ」
ヴィクトルに揶揄されて、リーディエは睨みつけつつ、思い切り足を踏んだ。
「うっ」
小さな悲鳴を漏らし、ヴィクトルがうずくまる。
「あわわ。大丈夫ですか、ヴィクトルさん」
慌ててエリシュカはしゃがみこみ、彼の足を撫でる。といっても靴の上からなので特になんの効果もないが、ヴィクトルはうれしそうに「ありがとうねー」とエリシュカの頭を撫でる。
ブレイクはリーディエがひと通り言い終わるのを待った後で、あっさりと一蹴した。
「君に文句があったとしても、ここに誰を住まわせるかの決定権を持っているのは僕だよ、リーディエ。エリシュカはここに住まわせる。これで、この話はおしまいだ。……ヴィクトル、お使いを頼めるかい? 大工に部屋の改装の指示を。できるだけ早く入ってほしいと伝えてくれ。それから、エリシュカ用のかつらと男の子の服を用意したいんだ」
「叔父様、髪を切るんじゃ駄目なの?」
エリシュカは両脇のおさげを掴んでそう言ったが、ブレイクは苦笑しながら首を振った。
「君の銀髪は目立つよ。隠したほうが無難だ。それに、綺麗な髪なんだから切ったらもったいない。ヴィクトル、できるだけ目立たない、麦わらみたいな色のかつらがいいな。頼めるかい?」
「いいですよ。エリシュカちゃん、頭囲を測らせてね。あと、服のサイズと身長教えてくれる?」
ヴィクトルは淡々と必要な情報を引き出し、ブレイクからお金の入った革袋を受け取ると、「駄賃ももらいますね」と笑いながら出て行った。
残されたリーディエはふくれっ面のまま拳を握りしめている。エリシュカは申し訳ないような気がして、とりあえず謝罪する。
「あの、リーディエさん、迷惑かけてごめんなさい。でも私、早く役に立てるように頑張りますから」
「よしてよ。あなた貴族で、オーナーの姪なんでしょう。私よりずっと立場が上だわ。私に反対する権利なんてないわよ」
不満は隠しきれていないが、リーディエは先ほどのブレイクの言葉をきちんと受け止めたようだ。
(感情的なだけの人じゃないんだ……)
エリシュカは少しほっとする。母親がそうだったから、女性は感情的に怒ることが多いと思っていたが、リーディエにはどこか冷静に物事を捉えるところがあるようだ。
「あ、あの。リーディエさん。私、家を出てきたんですから、もう貴族じゃありません。どうか、ただの新参の従業員として扱ってください」
エリシュカが神妙に頭を下げると、リーディエは複雑そうな顔をして、「私は厳しいわよ!」と言いながら部屋を出て行った。階段を下りる音が、エリシュカたちにまで聞こえてくる。
「やれやれ、素直じゃないんだから。まあ、気が気じゃないんだろう。あの子はリアンに惚れてるから」
呆れたようにブレイクが言う。
やはりそうなのか。エリシュカはなぜか、胸がちくりと痛んだ。
「恋人同士なんですか?」
「いや? リアンには全然その気がないと思うよ。彼、魔道具を作ること以外はあまり関心が無いからね。むしろ、エリシュカの世話をかいがいしくしていることに驚いたんだけど」
エリシュカは苦笑した。彼はエリシュカのことを『お嬢』と呼ぶ。昔の記憶がきっとそうさせるのだろう。もうお嬢様でもないのだから、その扱いはなんとなく居心地が悪い。
「……私が記憶を無くす前に、お世話係をしてくれていたそうです。言われても、思い出せなかったんですけど」
自然と語尾がすぼんでしまったエリシュカに、ブレイクは優しく微笑みかける。
「思い出せないのを、気にしているのかい? 池に落ちて頭を打ったんだろう? 仕方ないじゃないか。君のせいじゃない」
ブレイクにあっけらかんと言われ、少しだけ気持ちが軽くなる。けれど、うっかり転んで池に落ちたのなら、やはりそれは自分のせいだと思うのだ。
「それより、まさかリアンがキンスキー家にいたとは思わなかったな。まあ僕は、寄宿舎に入った十五のときから、数回しか帰っていないから、もしいたとしてもきっとわからなかっただろうけどね」
「叔父様とリアンさんはいつ出会ったんですか?」
「リアンと最初に会ったのは、彼が十五歳のときだね。別の街で開いていた魔道具商会に、働きたいと言ってやってきたんだ。すでにものづくりの基礎はできていたし、君みたいな破天荒なアイデアを持ってたからね。僕は喜んで彼を雇用した。一年後にこの店を開いたときも、迷いなく彼に任せようって思ったよ」
ブレイクは、その時のことを、身振りを交えて教えてくれた。
ブレイクは王都の学校を十八歳で卒業した後、とある港町を訪れた。そこで交易の真似事をしているうちに収益を上げるようになり、一年後にはそれを生業にしていた。最初は買って売るだけの交易だったが、やがて買いつけたものを加工し、魔法による付随効果をつけて高く売る魔道具商会を開いたのだ。
とはいえ、当時はほかの魔道具商会の真似事のようなものだ。魔力を通すことにより点灯するランプや、魔力を与えると音を出すおもちゃなど、ありふれた商品ばかりだった。ブレイクの魔道具商会が爆発的にヒットしたのは、エリシュカの話をヒントに作った、魔道具の調理具のおかげだ。
その名声を聞きつけ、やってきたのがリアンだった。
リアンは非常に落ち着きのある少年だったそうだ。両親の仕事の都合で、いろんな屋敷を転々としたあと、親を病気で失い、孤児院に送られたそうだ。しかし、彼はすぐにそこを抜け出し、とある鍛冶屋に弟子入りしたのだと言う。彼はそこで金属加工方法を覚え、それまで屋敷を転々としながら覚えた木材加工の技術を組み合わせ、折りたためる椅子を作った。
これまでありそうでなかった商品だ。リアンはそれを売り出そうとしたが、鍛冶屋の親方は反対した。それは鍛冶屋の仕事ではないと言って。
そのため、リアンは鍛冶屋の元を離れ、ブレイクの魔道具商会の扉を叩いたのだという。
リアンいわく、「変わったものでも受け入れてくれそうだった」とのことだ。
「『なんでも作れるようになりたいんだ。俺はまだ魔道具の作り方はわからないけれど、アイデアだけはいっぱい持ってる』ってリアンは言ったんだ。実際、リアンの作った椅子は庶民には便利なものだ。売り方さえ間違えなければ売れる。僕は販売の権利を買い取ると同時に、彼を雇い入れた。それ以来、リアンは僕の右腕になってくれた」
「そうなんですね」
「各地の商業ギルドに持っていったら折りたたみ椅子も売れたよー。経営者を集めての会議なんかが多いからね。これがあればわざわざ会場を借りなくても、ギルド内に集めて座らせることができるからって。結局、モノを売るって技術力も大事だけど、リサーチが大事なんだ。そのあたり、リアンは下手だからね。僕の担当ってわけ」
「適材適所というやつですね」
「そういうこと。だからエリシュカもここにいるのがいいと思うよ」
さらりと言ったブレイクの言葉に、エリシュカはきょとんとする。
「ここが最適かはわからないけれど、キンスキー伯爵家は君の居場所ではなかったと思う」
「……叔父様」
「娘に借金返済させるような親なんて、君の方から捨ててやって正解だよってこと」
それは家出をした自分を肯定してくれる言葉で、笑おうとしたエリシュカは、頬を伝う自分の涙に、自分で驚いた。
「あれ、ごめんなさい、叔父様。私……」
「いいよ。……頑張ったね、エリシュカ」
(そうか、私。今まで泣くことさえ我慢していたのか)
それは、実家にいては気づけない気持ちだった。戦っているとき、人は泣く余裕さえ無くす。受け止めてくれる安心感があればこそ、心を解放することができるのだ。
しばらく、間が空きつつの更新になると思います。