叔父様との再会・4
「お呼びですか。ブレイク様」
「うん。君に頼みがあるんだ。ここに座ってくれるかな」
「はあ」
リアンはいぶかし気に、エリシュカの隣に椅子をもってきて座った。
ブレイクはコホンと咳ばらいをすると、しばしの間沈黙した。なにを言われるのかと、エリシュカもリアンも不安になる。前のめりになると、ブレイクはそれがうれしかったかのように、へらりと笑った。
「エリシュカを僕のところで預かろうと思っているんだ。……が、実はいろいろと問題があってね」
エリシュカはびくりと体を震わせた。リアンから心配そうな視線を感じる。
「今朝、キンスキー伯爵家から早馬が来たんだ。エリシュカの姿を見ていないかって。それで来るのが遅れてしまったわけだけど」
「えっ」
エリシュカがさっと顔色を変えると、ブレイクは彼女を安心させるようにほほ笑む。
「ああ、心配しないで。君がここにいることは教えてないから」
「良かった」
ホッと胸を撫で下ろすも、父がエリシュカを捜しているのは事実だ。いつ見つかって連れ戻されるかと思うと、気が気ではない。
渋い顔をしたままのリアンが、「それで?」と続きを促した。
「僕は知らないと言って追い返したけれど、伝令は、エリシュカがもし訪ねてきたら、屋敷に連れ戻してほしいと言っていた。今日のところは帰ったけれど、あの様子だとこれからも何度か様子を見に来ると思うんだ。となると、僕の屋敷に置いておくのは少し危ない」
「そうですね」
リアンが答える。エリシュカはそんなふたりのやり取りを不安な気持ちで見ていた。
「うん。でね。考えたんだけど。エリシュカをこの店に住まわせるのはどうかな」
叔父の爆弾発言に、エリシュカもリアンも一瞬、言葉を無くした。
昨日泊めてもらったから、お店の間取りは知っている。一階に店舗とキッチンやトイレ、お風呂などの水回り、在庫を置くための倉庫と事務作業をするための小部屋があり、二階にリアンが使っている私室と作業場がある。
簡単に言えば、昼間はいいとして、夜にここに住んでいるのはリアンのみであり、未婚の男女が同じ屋根の下に住むのはいかがなものかということだ。
「ちょっと待って、叔父様。その申し出はありがたいけれど、私は従業員でもないし……」
「従業員になればいいじゃないか。自立したいんだろう、エリシュカ。幸い今もニホンの夢を見るようだし、君にはたくさん魔道具のアイデアを出してほしい。試作品作りは、リアンに任せているから、君たちが一緒に暮らせば効率がいいじゃないか」
あっさりと言うブレイクは、男女間の過ちの心配はしていなさそうだ。むしろ、リアンの方が焦っている。
「待ってくださいよ。ブレイク様。お嬢は十七歳の令嬢ですよ? 年頃の男女をひとつ屋根の下に住まわせて、何か間違いが起こったらどうするんです」
「お嬢……ねぇ。まあ、それを指摘してくる君なら心配ないとは思うんだけどねぇ」
ブレイクは顎に手をあて、ほほ笑んだ。
「まさかとは思っていたんだけどね。リアン、君が提案してきた道具のアイデアは、エリシュカのものだろう」
「……それは」
リアンが口ごもる。
「君がキンスキー伯爵家にいたとは知らなかったよ。経歴を聞いたときも言っていなかったよね」
「……あそこでのことは忘れたかったんです。あそこに勤めていたのは俺じゃなくて親ですし。それに、俺だって、ブレイク様がキンスキー伯爵家の人間だなんて知りませんでしたよ。姓が違うじゃないですか」
リアンの発言に、エリシュカは軽くショックを受ける。キンスキー伯爵家で、彼は忘れたいような目に遭ったのだろうか。もしかして自分が何かしてしまったのだろうか。記憶が無いだけに不安になる。
エリシュカは首を振って、その不安を追い出そうとした。今それを追求しても仕方ない。それよりも、叔父の名前の話だ。そういえば、リアンは叔父のことを別の姓で呼んでいたのだ。
「叔父様はキンスキー姓じゃないの?」
問いかけると、叔父はすぐに回答をくれた。
「僕は妻の姓を名乗ってるんだ。今の名前はブレイク・セフナル。魔道具商会を立ち上げたときには、すでにこの名前だったからね」
「叔父様、結婚していたの……! では叔母様にもご挨拶したいわ」
「うん。それはまあ、……おいおいね」
ブレイクは困ったように顔を歪めると、すぐに話を変えた。
「とにかく、今はエリシュカの話だ。たしかに未婚の男女かもしれないけれど、リアンは
僕の姪っ子に手を出すような恩知らずじゃないだろう?」
「どういう脅しですか」
リアンが嫌そうな顔をする。
「そのままの意味だよ。君は案外義理堅いし面倒見もいい。エリシュカも嫌なことは嫌だと言える子だ。作業場は広いからあそこを区切ってベッドを入れれば、リアンはそこで生活できるだろう。部屋には鍵もついてる。ほら、問題ないじゃないか」
リアンとエリシュカは顔を見合わせた。問題ないかと言えば嘘になるが、行くところなく追い出されるのはもっと困る。
「わかりました」
「お嬢?」
「リアンさんには申し訳ないけれど、私、ここを追い出されたら行くところが無いんだもの。同居だって、構いません」
「お嬢の評判に響くだろう?」
リアンの方が、まるで親のように心配している。ブレイクは呆れたようにアハハと笑った。
「リアン。エリシュカは家を出てきたんだ。もうお嬢様じゃない。その覚悟はあるんだろう? エリシュカ」
ブレイクの問いかけにエリシュカは頷く。
「ええ。働いて、自分の力で生きていくの。もう評判なんて関係ないのよ、リアンさん」
「いや、だって」
「あ、でも、リアンさんが困るのね。リーディエさんが嫌がるものね」
「は? リーディエはどうでもいいが」
リアンが心底不思議そうな顔をした。
(あれ、この言いぶりなら、リアンさんとリーディエさんは恋人同士ってわけではないのかな)
なぜかちょっとホッとしつつ、リアンも年頃の男性だし、悪いうわさが立ったら申し訳ないとは思う。
「そうだ! 私が男装すればいいのよ!」
思いついてそう言うと、リアンだけではなくブレイクまでもが驚きに目を見開いた。
「いいわけあるか!」
「また、突拍子もないこと思いつくねぇ、エリシュカ」
「でもいい案じゃないですか? 父の捜索が来たときも誤魔化せるし、一緒に住んでいても悪い評判は立たない。ほら、完璧じゃないかしら」
得意げに胸を反らしたエリシュカに、リアンは頭を抱え、ブレイクは笑いだした。
「確かに名案だ、エリシュカ」
「ブレイク様! 遊びじゃないんだぞ、そんなことして……」
「まあまあ、リアン。君が困らないように部屋の改装は即行でやってあげるからさ。命令だと思ってよ。僕の大事な姪っ子を守ってほしい。期限は彼女が自分で生きて行けるようになるまで。……どうだい? もちろん追加の手当ては渡すよ?」
「……そんなもん、いりませんよ」
リアンは渋い顔のまま立ち上がり、エリシュカに握手を求めて手を差し伸べた。
「仕方ない。だがルールは守ってもらうぞ」
「もちろんです。私のことはエリクと呼んでください!」
「なんでエリク?」
「だって男装するんだもの! 男の子の名前じゃないと」
「いい名前だね、エリシュカ。僕が服とかつらを買ってあげるよ」
エリシュカは差し出されたリアンの手を握る。
「よろしくお願いします。リアンさん」
これから先の生活の見通しは立たない。けれども、不思議と家を出たときよりも不安は感じていなかった。それはきっと、少なくとも叔父とリアンは本当に自分の心配をしてくれていると信じられたからだ。




