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没落人生から脱出します!  作者: 坂野真夢
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叔父様との再会・3

 リアンの部屋の椅子に座り、叔父と向かい合ったエリシュカは、ここに来た経緯を語った。

 五年程前から、領地事業の資金繰りが苦しくなり、今やキンスキー伯爵家は没落寸前であること。そして父が、エリシュカに婚姻を強要したこと。だから逃げてきたと告げれば、叔父はついに噴きだした。


「あはは! 兄上の仰天した顔が目に浮かぶよ。いい気味!」

「叔父様」

「だってそうだろう? 借金の返済のために娘を売ろうとするなんて、親の風上にも置けないよ」


 ブレイクは笑いすぎて目の端に浮かんだ涙を拭いながら、そう言う。けれどエリシュカは大笑いする気にはなれない。


「……私だって困っている両親を捨ててきたんだから、親不孝者です」

「君が気にすることないだろう。割り切りの良さは君のいいところだよ。幼いときからそうだった」


 頭を撫でられて、胸の奥がこそばゆくなる。自分のありのままをいいと言ってくれる人は、エリシュカの周りにはあまりいなかった。


(だからほとんど会ったことが無いのに、叔父様のことが好きだったのよね)


「私は覚えてないんですけど、七歳より前もそうだったの?」

「僕が知る限り、記憶を無くす前も、君にはそういうところがあったよ。両親が双子に構いきりになるのを寂しそうに見ていたけれど、すぐに他の楽しいことを捜そうとしていた。だから僕と仲良くなったんだよ?」


 エリシュカの記憶にないときも、叔父とは仲が良かったという。おそらく三、四歳の話だが、一体どんな会話をしたのだろう。


「君には、自分を大切にする力がある。それは生きていくのに必要なことなんだ。どれほど周りの人に優しくできる出来た人間だとしても、自分を大切にできなければ、心を病んでしまう。優しさとは、自分にも平等に与えられるべきものだし、それを実行できている君を僕は素晴らしいと思うよ」

「褒めてくれているなら、ありがとう」


 エリシュカはそう言うと、ぎこちなく微笑んだ。そして、改めて頭を下げる。


「それで、あの。ひとりで仕事ができるようになるまで、叔父様の元へ身を寄せさせて欲しいのです。もちろん、ただでとは言わないわ。掃除も、洗濯も、料理もする。自分の面倒は見られるし、叔父様の手伝いもするわ。……ご迷惑なのは分かっているんだけど」


 うかがうように見れば、ブレイクはあいまいな笑みを浮かべる。


「自立できるまで、ということかな」

「そう」

「いいよ」


 あっさりと言われ、エリシュカは一瞬言葉を無くした。


「本当?」

「ああ、もちろん。僕は君に借りがあるからね」

「借り?」

「この事業がうまくいったのは、君のおかげなんだ、エリシュカ。本当なら、僕は君にアイデア料を払わなければならない。だから世話をするというよりは、今までのお礼をするって形になるね」


 そうして、叔父は、エリシュカが覚えていない過去の話を教えてくれた。



 エリシュカが四歳のときだ。

 ブレイクは兄であるキンスキー伯爵のもとにお金を借りに来ていた。

 王都の学校を卒業して以来、ブレイクは屋敷には戻らず交易の仕事をしていた。自分で商会を開いてはいたが、生活するのにやっとの金額しか稼げず、とある事情で大金が必要になり、金策尽きて頭を下げに来たのだ。

 だが、伯爵は『道楽になど、ビタ一文出さない』とブレイクを追い返した。

 打ちひしがれたブレイクがトボトボと門に向かっていたとき、「あなたがおじさま?」と声をかけてきたのがエリシュカだったのだ。


「やあ。君はエリシュカだね? 何歳になった?」

「四歳よ。マクシムとラドミールは二歳」


 遠くから、双子とキンスキー伯爵夫人の声が聞こえてくる。同じ子供なのにひとり離れて遊んでいるエリシュカの境遇を、ブレイクはなんとなく察した。


「君は何をしているんだい?」

「おじさまとお話したくて待っていたの。遠くから来たんでしょう? ねぇ、この世界に、デンワってあるかしら。遠くの人とお話しする道具よ?」

「さあ……知らないなぁ」

「じゃあ、ジドウシャは? 馬車の代わりにタイヤで走るの」


 エリシュカの言うことは、荒唐無稽なことばかりだ。だが、興味深い。遠くの人間と話す道具があれば、こうして無駄な時間をかけてやってくる必要もない。


「……エリシュカはどうしてそんなことを知っているんだい?」

「夢で見たの。大きな道具じゃなくても、便利なものがいっぱいあるわ。デンキの力でお湯の沸くポットや、冷たいものを温めるレンジ。おもちゃもたくさんあったの。お人形も自動で動いたりするのよ?」


 ブレイクは目を瞬かせた。


「エリシュカ、その夢の世界には、可能性がいっぱいあるんじゃないかな。もっと教えてくれるかい?」

「本当? 叔父様は素敵って思ってくれるのね? 私が、この話をすると、お父様とお母様は嫌な顔をするの。だけど私はワクワクするんだもの。誰かに聞いてほしかったの!」


 そうして、ひとしきりエリシュカの話を聞いたブレイクは、新しい発明品のヒントをたくさん得た。


「ありがとうエリシュカ。君のおかげで、助かったよ」


 戻ったブレイクは、エリシュカの言葉をヒントに、ニホンの道具を商品化していった。

 最初に開発したのは、魔法を使わないピーラーやスライサー、湯たんぽなどといった道具。それで資金を稼いだ後は、もっと手の込んだ魔法を使う道具を開発した。ジューサーやみじん切り器などだ。最初は半信半疑だった人たちは使ってみればその便利さに感心し、やがて人の噂となり遠くからも買い付けに来るようになる。

 瞬く間に、ブレイクは巨額の富を手にすることになったのだ。


「……もちろん、デンワにも挑戦した。でもこれは難しかったな。試作機の子ネズミができるまでに五年もかかったんだ」


 ブレイクは懐かしさに目を細めた。


「デンワをどうしてネズミ型にしたの?」

「最初は、君とだけ話せるものを作るつもりだったんだよ。変なものを渡すと兄上に取り上げられるから、おもちゃの形なら奪われないと思ったんだ。魔力を籠めたら通信できるようになるって仕掛けも、エリシュカなら気づいてくれるんじゃないかと思って。予想以上にかかったけどね」


 叔父がおどけて見せる。


「……もしかして、九歳のときに屋敷に来たのは、私に会いに来てくれたの?」

「そうだよ。お礼がしたかったんだ。当時僕は金が必要だった。だから君から聞いたアイデアを片っ端から商品化した。それが大ヒットさ。おかげで今は裕福に暮らせている。ところが、行ったら君は記憶を無くしていた。残念に思って、子ネズミだけを渡して帰ったんだ」

「そうだったんだ。でもまだ夢は見るのよ? 七歳以前のことは忘れているけど、ニホンのことはわかるわ。このお店で扱っている道具も、ニホンのものに似ているなって思っていたの」

「それはいい」


 叔父はにっこりと笑うと、なぜか階下に声をかける。


「リアン、手が空いたらこっちに来てくれないか?」

「はい!」


 階下からはすぐに返事が来て、やがてリアンが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。


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