表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落人生から脱出します!  作者: 坂野真夢
11/61

叔父様との再会・2


 それから三十分くらいたつと、もうひとりの従業員であるヴィクトルがやってくる。


「あれー、今日は早いねぇ、リーディエ。嫉妬もほどほどにしないと嫌われるよー。お客さんも、リアンに変なことされなかった?」


 ヴィクトルは入って来るなり、にこにこと随所に爆弾を投げつつ、身だしなみを整えたばかりでやや濡れた髪のエリシュカを見て、ニヤニヤと笑う。


「うるさい、ヴィクトル。失礼なことを言うな」

「はいはい。あ、俺はヴィクトル・ビェハル。二十五歳。よろしく」


 聞いてもいない年齢までも宣言し、少したれ目ぎみの薄茶の瞳をさらに下げて笑う。


「あ、私はエリシュカ・キンスキーと申します。よろしくお願いいたします」

「かわいいねー。よろしく……痛っ」


 一瞬、ヴィクトルの顔がこわばった。不思議に思って彼の周りを観察したエリシュカは、彼の後ろに立ったリアンが、ヴィクトルの腕をつねっているのが見つけた。


「なにをするんだ、リアン」

「誰彼構わずナンパするんじゃない。それより、釣銭のチェックをしてくれ」

「はいはい、分かりましたよ」


 ヴィクトルは両手を上げて降参の態度を見せると、エリシュカにウインクをし、「じゃあまたね」と手を振ってキッチンから出ていく。


「支度は終わったのか、お嬢。だったら、ブレイク様が来たら呼ぶから、部屋で待っていてくれ」

「あの、もしできるなら手伝いを……」

「いや、いい。できるだけ人目につかないようにしてくれ。店にも出てくるなよ」


 リアンにまで邪魔者のような扱いをされたのは、ショックだった。けれど、リアンはすぐに背中を向け、これ以上の会話は固く拒否しているかのようだったので、エリシュカは食い下がることができなかった。


 開店すると、『魔女の箒』は忙しそうだった。エリシュカは二階の窓からぼんやりと眺めていただけだが、通り過ぎる人はガラス戸をチラチラと見ていくし、「いらっしゃいませ」というリーディエの甲高い声も響いてくる。


(そういえば、ここの商品、ニホンのものに似ているんだよね。叔父様とリアンさんで作った商品でしょう? どうしてだろう。まさか、叔父様もニホンの夢を見ているのかしら)


 だとしたら、自分の仲間だ。もしそうだったらうれしい。

 家族の中で、自分だけ別の世界の夢を見るのがずっと不思議だったし、そのせいでのけ者だとも思っていたから。


(叔父様が来たら、いろいろ聞いてみよう)


 ワクワクしながら、ニホンのことを思い出したり、子ネズミの仕組みを素人ながら考えたりしていると、時は過ぎていく。けれど、待てども待てども、叔父はなかなか来なかった。

 やがて高揚していた気分はしぼんでいき、代わりに不安が高まってきた。

 やっぱり迷惑だったのかもしれない。叔父が来てくれなかったら、ここも出ていかなければならない。だとしたら、どうしよう。まずは仕事? それとも家? 住み込みの職場を捜せばいいのだろうか。


 じっとしていることに耐えられなくなったエリシュカは、一階に下りてキッチンを拝借する。

 お店は接客で忙しそうだし、リアンには二食もお世話になったのだ。今ある食材を借りてお昼ご飯を作ろう。

 ポテトオムレツとくず野菜のスープ、それと保管されていたパン。

 豪華ではないが、味には自信がある。ひとりで買い物に出ることを許されていなかったエリシュカは、あるものを使って料理するのが得意なのだ。

 においにつられてキッチンへ入ってきたのはヴィクトルだ。


「わー、すーげーいいにおいがする!」

「ヴィクトルさん。すみません、勝手に。あの、よかったら皆さんのお昼に」

「助かった。今日俺が食事当番だったんだよね。おーい、リアン。エリシュカちゃんが作ってくれたし、俺、休憩入っていいかな」


 三人しかいない従業員は、お昼は交代で入るようだ。

 ヴィクトルは満面の笑みで食べて行き、続いてやってきたリーディエはエリシュカを見定めるように眺めながら食べ、最後に来たリアンは、一口食べてから、意外という顔をした。


「うまい」

「本当ですか?」


 ホッとして笑顔になったと同時に、エリシュカのお腹がぐうと音を立てる。

 真っ赤になったエリシュカに、リアンはくすくす笑いながら、「お嬢は食べてないのか」と聞いてくる。


「作るのに夢中になってて……」

「なら一緒に食べよう。……それにしても、ブレイク様は遅いな」

「そうですね」


 てっきり朝一番に来てくれると思っていたのに。

 不安で食の進まないエリシュカに、リアンは脇から手を伸ばす。


「なにするんですか!」

「食わないようだから食ってやろうと思って」

「駄目ですよ」

「嫌ならちゃんと食え。腹がいっぱいじゃないと元気が出ないぞ」


 励まされたのかと気づいたエリシュカは、口もとをほころばせた。


「うん。ありがとう、リアンさん」


 エリシュカがスープを思い切り飲み干したタイミングで、店の方がざわついた。


「来たかな。俺が見てくるから、お嬢はさっさと食べ終えてくれ」

「は、はい!」


 エリシュカがご飯を慌ただしく口につっこみ、片付けをしていると、記憶にあるのとそう変わらない叔父がキッチンへ入ってきた。


「エリシュカ! 僕のかわいい天使はどこだい?」

「叔父様!」


 エリシュカのものより少し黒みがかっていて、どちらかと言えば灰色に近い銀髪、父と似てはいるが与える印象は真逆で、父よりずっと若々しかった。間違いなく叔父のブレイクだ。両手を広げて迎えてくれたけれど、素直に飛び込むのは十七歳という年齢では恥ずかしい。ほほ笑んで、淑女らしく礼をした。


「突然押しかけて申し訳ありません、叔父様」

「うん。いいよ? 家出してきたんだって? 僕を思い出してくれたなんて嬉しいな。さあ、詳しい話を聞かせてくれるかな」


 叔父はめげずに、自分からエリシュカを抱きしめに行き、その後手を取って、「リアン、上の部屋を借りるよ」と言って、エスコートしてくれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ふぅ。 来ないかと思ったぜ( ̄▽ ̄;) お仕事相当忙しいんだね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ