叔父様との再会・2
それから三十分くらいたつと、もうひとりの従業員であるヴィクトルがやってくる。
「あれー、今日は早いねぇ、リーディエ。嫉妬もほどほどにしないと嫌われるよー。お客さんも、リアンに変なことされなかった?」
ヴィクトルは入って来るなり、にこにこと随所に爆弾を投げつつ、身だしなみを整えたばかりでやや濡れた髪のエリシュカを見て、ニヤニヤと笑う。
「うるさい、ヴィクトル。失礼なことを言うな」
「はいはい。あ、俺はヴィクトル・ビェハル。二十五歳。よろしく」
聞いてもいない年齢までも宣言し、少したれ目ぎみの薄茶の瞳をさらに下げて笑う。
「あ、私はエリシュカ・キンスキーと申します。よろしくお願いいたします」
「かわいいねー。よろしく……痛っ」
一瞬、ヴィクトルの顔がこわばった。不思議に思って彼の周りを観察したエリシュカは、彼の後ろに立ったリアンが、ヴィクトルの腕をつねっているのが見つけた。
「なにをするんだ、リアン」
「誰彼構わずナンパするんじゃない。それより、釣銭のチェックをしてくれ」
「はいはい、分かりましたよ」
ヴィクトルは両手を上げて降参の態度を見せると、エリシュカにウインクをし、「じゃあまたね」と手を振ってキッチンから出ていく。
「支度は終わったのか、お嬢。だったら、ブレイク様が来たら呼ぶから、部屋で待っていてくれ」
「あの、もしできるなら手伝いを……」
「いや、いい。できるだけ人目につかないようにしてくれ。店にも出てくるなよ」
リアンにまで邪魔者のような扱いをされたのは、ショックだった。けれど、リアンはすぐに背中を向け、これ以上の会話は固く拒否しているかのようだったので、エリシュカは食い下がることができなかった。
開店すると、『魔女の箒』は忙しそうだった。エリシュカは二階の窓からぼんやりと眺めていただけだが、通り過ぎる人はガラス戸をチラチラと見ていくし、「いらっしゃいませ」というリーディエの甲高い声も響いてくる。
(そういえば、ここの商品、ニホンのものに似ているんだよね。叔父様とリアンさんで作った商品でしょう? どうしてだろう。まさか、叔父様もニホンの夢を見ているのかしら)
だとしたら、自分の仲間だ。もしそうだったらうれしい。
家族の中で、自分だけ別の世界の夢を見るのがずっと不思議だったし、そのせいでのけ者だとも思っていたから。
(叔父様が来たら、いろいろ聞いてみよう)
ワクワクしながら、ニホンのことを思い出したり、子ネズミの仕組みを素人ながら考えたりしていると、時は過ぎていく。けれど、待てども待てども、叔父はなかなか来なかった。
やがて高揚していた気分はしぼんでいき、代わりに不安が高まってきた。
やっぱり迷惑だったのかもしれない。叔父が来てくれなかったら、ここも出ていかなければならない。だとしたら、どうしよう。まずは仕事? それとも家? 住み込みの職場を捜せばいいのだろうか。
じっとしていることに耐えられなくなったエリシュカは、一階に下りてキッチンを拝借する。
お店は接客で忙しそうだし、リアンには二食もお世話になったのだ。今ある食材を借りてお昼ご飯を作ろう。
ポテトオムレツとくず野菜のスープ、それと保管されていたパン。
豪華ではないが、味には自信がある。ひとりで買い物に出ることを許されていなかったエリシュカは、あるものを使って料理するのが得意なのだ。
においにつられてキッチンへ入ってきたのはヴィクトルだ。
「わー、すーげーいいにおいがする!」
「ヴィクトルさん。すみません、勝手に。あの、よかったら皆さんのお昼に」
「助かった。今日俺が食事当番だったんだよね。おーい、リアン。エリシュカちゃんが作ってくれたし、俺、休憩入っていいかな」
三人しかいない従業員は、お昼は交代で入るようだ。
ヴィクトルは満面の笑みで食べて行き、続いてやってきたリーディエはエリシュカを見定めるように眺めながら食べ、最後に来たリアンは、一口食べてから、意外という顔をした。
「うまい」
「本当ですか?」
ホッとして笑顔になったと同時に、エリシュカのお腹がぐうと音を立てる。
真っ赤になったエリシュカに、リアンはくすくす笑いながら、「お嬢は食べてないのか」と聞いてくる。
「作るのに夢中になってて……」
「なら一緒に食べよう。……それにしても、ブレイク様は遅いな」
「そうですね」
てっきり朝一番に来てくれると思っていたのに。
不安で食の進まないエリシュカに、リアンは脇から手を伸ばす。
「なにするんですか!」
「食わないようだから食ってやろうと思って」
「駄目ですよ」
「嫌ならちゃんと食え。腹がいっぱいじゃないと元気が出ないぞ」
励まされたのかと気づいたエリシュカは、口もとをほころばせた。
「うん。ありがとう、リアンさん」
エリシュカがスープを思い切り飲み干したタイミングで、店の方がざわついた。
「来たかな。俺が見てくるから、お嬢はさっさと食べ終えてくれ」
「は、はい!」
エリシュカがご飯を慌ただしく口につっこみ、片付けをしていると、記憶にあるのとそう変わらない叔父がキッチンへ入ってきた。
「エリシュカ! 僕のかわいい天使はどこだい?」
「叔父様!」
エリシュカのものより少し黒みがかっていて、どちらかと言えば灰色に近い銀髪、父と似てはいるが与える印象は真逆で、父よりずっと若々しかった。間違いなく叔父のブレイクだ。両手を広げて迎えてくれたけれど、素直に飛び込むのは十七歳という年齢では恥ずかしい。ほほ笑んで、淑女らしく礼をした。
「突然押しかけて申し訳ありません、叔父様」
「うん。いいよ? 家出してきたんだって? 僕を思い出してくれたなんて嬉しいな。さあ、詳しい話を聞かせてくれるかな」
叔父はめげずに、自分からエリシュカを抱きしめに行き、その後手を取って、「リアン、上の部屋を借りるよ」と言って、エスコートしてくれた。




