叔父様との再会・1
窓が小さいせいか、目が覚めても部屋の中は薄暗かった。夜中に目覚めたのかと思って時計を見たら、ちゃんと朝だ。
見慣れない部屋に、寝ぼけたまま疑問に思いつつ、エリシュカはハタと思いつく。
「そうだ。ここはリアンさんの部屋だった」
エリシュカは、布団の中でもぞもぞと動く。
ここ数日は人生の転換期と言える。意に沿わない縁談から逃げて家出し、叔父がオーナーを務める『魔女の箒』という店に落ち着いた。
そこに自分の覚えていない過去を共有していたリアンがいるなんて、なんて偶然だろう。
(店長って呼ばれてたな。叔父様がオーナーってことは、リアンさんは雇われ店長ってことなのかな)
「ちょっとぶっきらぼうだけど、いい人そうだよね」
リアンの印象を、エリシュカはそう捉えた。
かつて遊び相手だったというならば、なぜいつまでもリアンのことを忘れているのだろう。思い出せれば、もっと打ち解けられるだろうと思うのに。
「さあ、今日こそ叔父様と会えるかな。下働きでもなんでもするから、とにかくお屋敷においてくださいって頼んでみよう」
意気込んで上半身を起き上がらせたとき、扉が遠慮がちにノックされた。
「起きたか? 朝食ができたが」
「えっ! すみません」
エリシュカは慌てて鍵を開ける。リアンが昨日とは違うシャツ姿で立っていた。彼からなんとなくいい匂いが漂っている。
(私の方が動かなきゃいけないのに……! 何たる失態)
「す、すみません。お世話になっているのに、なにからなにまで」
「いや。今のところお嬢はお客様だからな」
リアンはそっけなく言うと、エリシュカがついてくるのを時折確認しながら階段を下りていく。
キッチンには、トーストと目玉焼きという朝食が用意されていた。エリシュカはしっかりお礼を言い、手を合わせてからいただく。パンは中央の方が少し焦げていたが、バターがしみ込んでいてとてもおいしい。
「あの……リアンさんと叔父様の関係を聞いてもいいですか? この店はリアンさんのものなの?」
「ああ。ブレイク様は俺の魔道具作りの師匠なんだ。以前はもっと小さな工房で魔道具を作っていて、販売は大手の商会に任せていた。俺はそのころからの弟子で。……でも、ある程度資金ができてからは、自分で店を持って売った方が、儲けが出るだろ? 四年前にこの店を建てたんだ。店はブレイク様のものだけど、販売方法や維持管理は俺に任されている。だから一応、俺が店長と呼ばれているな」
「だから。叔父様はオーナーなんですね」
納得はできたが、なぜブレイクが自分で店を切り盛りしないのか。そんな疑問も浮かび上がってくる。欲がないのか。商売よりも道具を作る方が楽しいのか。
そこまで考えて、エリシュカは、自分が叔父のことをそこまで知らないということに気が付いた。
「ねぇ、リアンさん。私、実は、叔父様のことあまり知らないんです。お父様と仲が悪かったみたいで、覚えている限りでは一度しか会っていないから」
「それで、よく訪ねてこようって気になったな」
「そうですよね。でもたった一度でも叔父様は私に優しかったから。だから困ったことが起きたとき、真っ先に叔父様のことを思い出したんです」
リアンは栗色のウェーブがかった髪を軽くかきあげると、目を細めて彼女を見つめた。
「……旦那様や奥様は優しくなかった?」
エリシュカはドキリとする。リアンがキンスキー伯爵邸にいたという期間も、自分は両親から邪魔者のような扱いを受けていたのだろう。心配そうに見つめてくる瞳からは、そんなことが察せられる。
エリシュカはなるべく悲壮感が漂わないよう、あっさりと言った。
「私は扱いづらかったのだと思います。弟がふたりいるんですけど、お母様はそちらにかかりきりだったし」
「……家出の理由は?」
少しだけ躊躇しながら問われたことに、エリシュカは笑顔で返す。
「実は、キンスキー伯爵家は今、没落寸前なんです。それでお父様は、私の縁談で借金を返そうとしているの。でも、私はそんなの嫌。お父様のような年の人に嫁ぐなんて冗談じゃないわ。だから逃げてきたの」
リアンの顔に分かりやすく不快感が浮かんだ。
「あんなに金に物を言わせてたのに。ざまあみろ……と言いたいところだが、お嬢に返済させようとするとは最低だな」
「でも父だわ。悲しいことに。そして私は、そんな家を簡単に見捨ててくるくらいには薄情な娘なの。……どっちもどっちでしょう」
自虐的な笑みが浮かぶ。
結局のところ、そうなのだ。父だけを責められるわけではない。
自分だって両親や弟たちも見捨てる選択をしたし、そうすることに迷いもなかった。
今更ながらに罪悪感がチクチクと胸を刺す。顔を見ていられなくなってうつむくと、耳のあたりの髪を撫でられる。
「いいんじゃないか」
くすぐったさと、なにがいいのかという不思議な気持ちで顔を上げると、リアンが柔らかく笑っている。
「薄情でなにが悪いんだ。商売人の視点から言えば、あれだけの資源と資産を持っていて運用できなかった伯爵はどうしようもない無能だ。見限って当然だ」
「リアンさんったら」
「あの方は昔から見る目が無い」
話しているうちに、結構な時間が経ってしまったらしい。ドンドンドンと、戸を激しく叩く音がする。
「店長、開けてください。リーディエです」
「リーディエ? 早すぎるぞ。開店までまだ一時間ある」
リアンは時計を確認し、店の方へと向かう。
「昨日、帰りに片付けられなかったので、掃除しに来ました!」
リアンが鍵を開けると同時に、リーディエが飛び込むように入ってきた。
「おはようございます。店長!」
満面の笑顔でリアンの腕に巻きつくようにし、エリシュカをじろりと睨んだ。威圧を感じて、エリシュカは黙り込む。
「あら、泊まり込むだけじゃなくて、朝食まで? まあ随分図々しいこと」
「……すみません」
「お嬢が謝ることじゃないだろ。リーディエ、彼女はオーナーの客だ。そう言っただろ? これ以上失礼を言うようなら報告するぞ」
リアンに怒られると、リーディエは肩をすくめた。
「そうね。失礼しました。改めて自己紹介します。私はリーディエ・ジヴナー。『魔女の箒』の販売員です」
ワンピースにジャケットを着こなしたリーディエは、仕事人らしく化粧もしっかり施されていて、大人っぽい。エリシュカは我に返って自分の身なりを見た。
服こそちゃんと着ているものの、髪は寝起きのままでボサボサだし、顔も洗っていない。
「こんな格好ですみません。あの、昨日は自己紹介もせず失礼しました。私、エリシュカ・キンスキーです」
慌てて頭を下げ、居心地の悪さを誤魔化そうと立ち上がった。
「リアンさん。私、これ片付けますね。他に、何か仕事はありませんか。叔父様が来るまでの間、私にも何か手伝わせてください」
「いいよ」
「でも」
食い下がろうとするエリシュカの前に、リーディエが立ちふさがる。
「お客様にそんなことさせられませんわ。その洗い物も私がしますから、置いておいてくださいな」
リーディエに悪気はないのかもしれないが、エリシュカは気持ちが沈んでしまう。役立たずだと言われたようだし、自分が邪魔者のような気もしてしまう。
「洗い物だけはします。……叔父様が来たら、教えてくださいね」
少しばかりしょげつつ、エリシュカは自分の使ったお椀を流しに運んだ。




