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転生させたい神と転生したくない男のとある話

作者: 南部

男は他人の事を全く信じていなかった。

友情、愛すべてが虚構だと。

生に執着のない男は突然その部屋に立っていた。

「あなたは先ほど亡くなりました」

何もない白い部屋の中で黒い髪の美しい女は事も無げに言うと、男に選択を迫った。

「このまま消滅するか、今までとは違う世界に転生・・」

「消滅で」

食いぎみの男の答えに二十歳そこそこに見える女は顔をヒクつかせる。

「消滅・・・と言いましたか?」

「そう、消滅です」

美しい顔を歪ませて女は指をならす。すると何もなかった部屋にはこたつとミカン、それとお茶が現れた。

「まず座れ」

急に態度の悪くなった女の言葉に男は素直に従いこたつにあたる。女が顎でミカンを指したので皮をむいて女に渡す。

「ところで貴女は?」

「女神」

ぶっきらぼうに答えると女神はミカンを受け取り半分に割ってかじりつく。男はほうじ茶の香ばしい香り誘われて一口啜る。飲みなれたコンビニの物とはかけ離れた芳香にほうと一息ついた。

「あんたさぁ、私が下手に出てあげれば・・・なんで消滅なの?おかしいんじゃない!?」

自称女神の対応が下手であったかは甚だ疑問に感じた男だったが、それでも波風を立てないよう努めてにこやかに返した。

「よく言われます ですが、やりたいこともありませんし長生きしたいとも思いません 目下気になっているのは私の死因ですね」

「死因?」

眉間にシワを寄せた女神は影絵のキツネのようにした右手をあげると何か受信したのか喋り出した。

「隕石が頭に直撃して即死 辺り一面スプラッタ」

「うわー・・・迷惑ですねー」

「いや、あんたのことだけどな?」

「じゃあ、満足したので消滅でお・・」

「待て」

「はい?」

「はい?じゃねぇ!!何が消滅よ!この二択なら転生でしょ!!?」

「いやー・・・そう言われましても」

「女にもてたいとか金持ちになって贅沢したいとかないの!?」

「別段ありませんね」

「な・ん・で・よ!」

「逆に女神様はなんで転生にこだわるんですか?」

「それは・・・あれよ! えーっと・・哀れな魂にね ホラ! 救いの手を差し伸べてあげるっていうの? 私ほど愛溢れる女神はすべての魂を救いたいっていうか?」

絞り出すように理由を述べる女神に確信めいたものを男は感じた。ここまでの話で女神が何かしらやらかして自分の死因を作ったのだろうと想定していたのだ。男はさっさと女神に消滅を選択させるために何をしたらいいかを考える。

「慈悲深い女神様、お心は大変痛み入ります・・・ しかし、その優しさによって特例を作ってはなりません 人間とは浅ましく、助かる可能性があるならば他人を差し出すような愚か者です 特例を作ってはそういったものが女神様を頼り、きっとお立場を危うくするでしょう・・・」

何とか穏便に済ませようと他人の話も交えながら男は転生を回避しようと言葉を選んだ。しかし聞いている女神は眉間のシワをより深く刻み、男を睨み据える。

「ゴタゴタ言ってんじゃないわよ!!今ならだれも見てないから!今しかないのよ!!」

この言葉で男は理解した。二択と言っているが最初から女神は恩着せがましく転生させる気だったのだ。不手際を隠すのが下手なこの女を男は神と呼びたくない衝動にかられた。

「博愛の女神様、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「レキよ」

「魂に刻みます、ではレキ様 先程からお話させて頂いていましたが、興味深いお話ばかりで気持ちが追い付きません どうか心を決めるためにお時間を頂けませんでしょうか?」

「だめ、さっさと決めて頂戴 私は忙しいのよ!」

「で、あれば私は消滅と申し上げました これ以上女神様のお時間を頂くのは申し訳ございませんからそのように処置をお願い致します」

「だからぁー、消滅は困るのよ!」

ここまでで男はある程度仮説を立てた。このレキという女は神を名乗っているがこちらの心までは読めない。さらにもう一点、この女よりも立場の高い上位の神がいるであろうこと。そして男の魂が消滅してしまうと叱責か罰が与えられるだろうということだ。

「で、あればやはり心の準備が必要なのです ここまで生きるのに矮小な私にも様々ありました・・・ 生き直すというのであれば覚悟が必要でございます」

ぷるぷると震えながらレキは顔を真っ赤にして怒り出す。

「だから困るって言ッてんでしょ!?あんたが消えれば私のミスがバレちゃうんだから!!恩寵でもなんでもくれてやるからさっさと転生しなさい!!」

まるで駄々っ子だ。敬う必要はもうないだろうと感じながら男は一つの条件を理解した。それは本人の承諾が無ければ転生に進むことが出来ないということ。男はただ沈黙するだけで自らの望む結果が訪れると確信した。だが、ただ待つのも暇なので最後の趣味でもすることにした。そう、ここで男は慢心したのだ。

「レキ様、どんなミスをしたんですか?」

「神に失敗は無い!お前は、黙って、私の、言うことを!聞けばいいんだ!」

よほど上司が怖いのかレキは般若のような形相で男に凄む。だが、男は気にもとめずに愛想笑いを浮かべ、お構いなしにほうじ茶を啜る。聞くに堪えない罵詈雑言を並べ立てるレキのためにもうひとつミカンを剥いて手渡す。もちろんレキが受け取る訳も無く手で払われてミカンが宙を舞った。ここまでで彼女が激怒してからだいたい3分ほど経った。

「もう一度お伺いします、貴女は私に何をしたんでしょうか?」

男は自分が死んだ原因なぞもはやどうでもよかった。いずれ訪れるであろうレキの上司を待つ間のほんの暇潰しだ。この男は自分に向けられる怒りの感情がこの上なく好きだった。彼自身も愚かだとは思っていたが、これが歪んだ彼の生存確認方法であった。怒りという純粋な感情が向けられてそこには自分とその怒り狂う相手しか関係なくなる。他の人間が素通りしようとそこには確かに相手を独占した自分がいた。もちろん円滑に人生を送るために怒らせる相手は厳選する必要がある。だが顔も知らない相手では満足感など得られない。こんなことを考えている男にとってレキとの時間はまさに人生最後の充実した時間だった。ことこの自称女神は怒り易く体力がある。大体の人間は三分から五分程度で怒り疲れて居なくなってしまうが、この女は既に十分ほど頑張っている。ボキャブラリーが尽きて最早同じ言葉を繰り返しているが男は満足していた。

「レキよ、何をそんなに騒いでいるのだ?」

男の至福の時間は髭を蓄えた老人の言葉で終わりを迎える。怒りで赤かったレキの顔は見る間に青ざめて借りてきた猫のように小さくなってしまった。品の良い老人はにこやかにレキを見る。

「あぁ、そうか・・・ お前はまた私の言い付けを破ったのか」

少しだけ寂しそうに老人が言うと、レキは弁明しようと立ち上がった。だが彼女が口を開く前に姿が掻き消えてしまった。呆然とする男に老人は言う。

「問題ない、少し反省させるために閉じ込めただけだ なぁに、百年くらいあっという間だ」

これはダメな奴だと男は直感した。男はレキのことを上司に怒られたくないだけなのだろうと高を括っていたが、それは間違いだった。この上位神は弁明も聞かずに罰を与えるサイコパスだったのだ。

「それは心外だな、彼女には当然の罰を与えたまでの事だ」

口に出さずにいたことを言い当てられて男はぞっとする。先ほどまでの自称女神とは明らかに違う空気に沈黙するしかなかった。

「さて、君には転生してもらおう 聞いておきたいことはあるかね?」

はてさてどうしたものかと男は考える。先ほどまでの温かい時間が嘘のように凍り付き、選択肢も消えたのだ。

「先程レキ様は転生か消滅かを選べるとおっしゃっていましたが、あれは嘘だったのでしょうか?」

心を読めるのだから小手先なぞ通じないだろうが、この老人に良心が欠片でもあることを期待して男は質問をした。老人は眉一つ動かさずに答える。

「嘘ではない、だが真でもない 私がお前と出会った時点で選択肢は無くなったのだ」

男は納得できないが理解して老人を見る。背中には冷たい汗が流れた。

「あれは若い神でな、私の不在を見ては地上に行って好き放題する 君の頭に当たったのは隕石などでは無いよ あれが落とした小豆の氷菓子だ」

死因アズキアイス。男の頭がそれを拒絶しようとしたが老人がもう一度同じことを言い放ち否が応でも飲み込むしかなかった。

「君の心を覗いて消滅も考えたが・・・ 私の管理する世界でこんな死因なぞ私が面白くない せめてもの情けだ 小豆に関する記憶は消して新しい生を与える 今度は語り継がれるような立派な死に様を期待しているぞ」

男は何とか打開できないかと親指の爪を噛んで頭をめぐらせたが既に遅く、すとんと地面が抜けるような感覚に襲われて意識が遠のいた。

「善意を信じられなかった哀れな男よ、次の人生が()()()()()幸多からんことを」

老人が手を横に払うと宙からレキが降ってきた。尻から落ちて悶絶するレキを見て老人は咳ばらいをする。

「も、申し訳ありません!」

「いい、今回は許そう」

「ぇあ!っありがとうございます!!」

百年は閉じ込められると思っていたレキは喜んだが、とんと理由が思い当たらず困惑する。

「彼奴は特別だ、お前がここに連れ込まなかったらさっさと消滅していただろうな」

余計理解できないレキは上位神の顔を見る。

「まぁ、親父殿の手違いだ お前が送り込もうとした世界に産まれるはずだった魔王だよ」

「!」

「彼奴がこっちに産まれたせいで均衡が崩れあっちは崩壊寸前だ お前は無能だが本当に運が良い 相手が()()でなければバラバラにして百年は閉じ込めていたな」

老人はカカカと笑いながら親指で首を引く。レキは身の毛も太る思いで老人を笑い声を聞いていた。


と、いうわけで嫌がる男が本来いるべき世界へ強制送還されるお話でした。

ちなみに老人もレキと同じ条件で男に相対していましたが選択肢は無いと男に勘違いさせ、それを理解させて同意としました。最悪ですね。

このあと男は漠然とした小豆への恐怖を抱えながら立派に魔王のお仕事を完遂します。適度に暴れて人口を減らし、有志達に討伐されます。その死は英雄たちの武勇と共に数百年語り継がれる物語になりました。老人が満足そうに髭を撫でたのは言うまでもないでしょう。ただ一つだけ想定外だったのは男の魂を回収できず、新しい生贄を作らなければならなかったこと。最後はしてやった男でした。

本編には一切出しませんでしたけど高江柄水木(28)という名前です。レキが男の名前に興味を持たなかったので自己紹介もありませんでした。

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