折りたたみ式彼氏
私の彼氏はハイスペックだ。高学歴で、高収入で、イケメンで、そして何より折りたたみ式だ。収納に困らなそう。女友達がそう言って彼氏のことを羨ましがるたびに、私は自分自身が褒められているみたいで嬉しくなる。私の自慢の彼氏だし、周りの友達や親戚に紹介しても恥ずかしくない。でも、そんな彼氏を持って幸せなのかと聞かれると、正直なところ自信はない。スペックの高い彼氏がいて自尊心とか承認欲求は満たされているかもしれないけど、一緒にいると気疲れしてしまうし、時々本当に自分がこの人の彼女でいいんだろうかって不安になってしまう。
ある晩、ベッドで一緒に寝ている時、どうしようもない孤独感と寂しさで頭が一杯になって、私は泣きながら自分の気持ちを彼氏に打ち明けてみた。だけど、彼氏はなんだか面倒くさそうに私の話を聞き流すだけで、そんな辛いなら別れるか? って冷たい言葉で突き放すだけ。別れたくない、でも私のこの辛い気持ちを少しでもわかってほしい。そう私が言うと、彼氏は機嫌を悪くして、「仕事の疲れを癒やしてくれる明穂が好きで付き合ったのにさ、そんなメンヘラ女みたいなこと言わないでくれよ」とぼやく。それから彼氏はこれ以上話したくないとため息をつき、別の場所で寝るわと私を残して一人ベッドから抜け出した。
彼氏は器用に身体を折りたたんだ後で、机の下の小さなスペースへそのまますっぽりと入り込み、そのままそこで寝始めた。彼の綺麗な折りたたみ式フォルムに胸がキュンキュンしながらも、誰にも理解してもらえない寂しさが胸いっぱいに広がって、私は一人ダブルベッドの上で枕を濡らした。私が彼氏に依存しすぎているってことも、もっと私が彼氏に見合うだけの女にならなくちゃいけないってことも頭では理解していた。だけど、一人では抱えきれない寂しさに共感してくれて、ただただ寂しいんだねって優しく私の頭を撫でて欲しかった。それだけで私の気持ちは満たされるのに、どうして彼氏は冷たく突き放すことしかしてくれないんだろう。そのまま泣き疲れて、いつの間にか眠りについて、カーテンから差し込む朝日で目が覚める。泣きはらした目をこすりながら部屋を見渡してみる。彼氏はもう仕事へ出かけてしまっていて、彼が寝ていた場所には、がらんどうの空きスペースがあるだけだった。
「そんなクソみたいな男と別れてさ、俺の女になれよ」
そんな心身ともに疲れ果てた時に知り合ったのが、タクヤだった。タクヤは渋谷で働くイケメン美容師で、少しだけ遊び人で、それから充電式だった。乾電池式なんて今時流行んねーよ。タクヤは自分のコンセントをくるくると手で回しながら、すれ違う乾電池式の人間をそう言って嘲笑っていた。ヤンチャで自信家で、いつも楽しませてくれるタクヤに、私はどんどんのめり込んでいった。折りたたみ式の彼氏と比べたら場所を取るし、充電式だから電気代も馬鹿にはならないけれど、恋に溺れた私はそんな小さいことなんか全然気にしなかった。
結局私は折りたたみ式の彼氏と別れ、充電式のタクヤと同棲生活を開始した。だけど、初めのうちは楽しかった生活も、日に日にタクヤの粗暴さが目立ち始め、いつしか昔の彼と同じようなストレスを感じるようになっていった。同棲を始めて数カ月後、タクヤは私に相談もないまま仕事を辞め、無職のまま一人でふらふらと遊びに出かけるようになった。私もそこまで稼ぎが良いわけでもなかったし、二人の生活費とタクヤの電気代で経済状況はどんどん悪くなっていった。働いてよと私は必死にタクヤにお願いしたが、タクヤは口先だけで自分から動こうともしない。友達のツテで仕事を紹介しても、2、3日でばっくれてしまう有様だった。
そのうち、家賃や公共料金の支払いすら滞っていき、とうとう私たちの家の電気が止められてしまった。タクヤは充電式である自分の命の危険を察知したのか、大声で私を罵倒した後、そのまま何かをわめきながら家の外へと出て行ってしまった。そして、数日後、私の家に警察官がやってきて、タクヤが警察に捕まったということを知る。ちなみにタクヤが犯した犯罪の内容は、区役所での盗電だった。
折りたたみ式彼氏、充電式彼氏と付き合って、私はようやく自分自身が変わらなくちゃダメだということに気がついた。今までの私は自分の不安とか自身のなさを恋愛で紛らわそうとしているだけ。自分を幸せにしてくれる王子様を探す考えを改めて、私は自分で自分を幸せにするという覚悟を決めた。恋愛ごとから一旦距離を置き、とりあえず私は自分の今の仕事に真摯に取り組むことを始めた。仕事関連の資格を取って、新しいことにチャレンジして、毎日を一生懸命に生きてみる。色んな人と出会って、色んな経験をして、いつしか私は、恋愛なしでも十分に自分の生活が満たされていることに気がついた。誰かに頼ることない、自立した自分。今の私を昔の私が見たら、きっと驚くだろうな。
仕事も軌道に乗り出し、プライベートも充実してきた頃、私は仕事がきっかけで浜岡さんという男性と知り合った。実直で、優しくて、何とか式という特徴もない普通の男性。知り合った当初は異性として意識しているわけでもなく、ただ趣味が合う友達という距離感だった。だけど、何度も二人で遊びに出かけていくうちに彼の優しさに惹かれ、私たちはいつしか付き合うようになった。以前の彼氏のようなドキドキはなかったけれど、一緒にいるだけで心が落ち着いたし、この人とだったらこの先何十年も一緒にいられるだろうな。そんなことを実感できる恋愛だった。
そして、付き合い始めて三年目の私の誕生日。彼はあまり二人で行ったことのないようなレストランを予約してくれて、私たちはそこで綺麗な夜景を見ながら食事をとった。フルコースのデザートを食べ終わった後で、ふと彼氏が私の目をじっと真剣な表情で見つめていることに気がつく。
私も彼の目を見つめかえす。穏やかな沈黙。彼は胸ポケットから小さな箱を取り出す。そして、少しだけぎこちない動きで箱を私の目の前に置き、ゆっくりと箱を開ける。箱に収められた、素朴な婚約指輪。私は思わず驚きの声をあげ、慌てて自分の口を両手で押さえた。
驚いた私の表情を見た彼が微笑む。そして、箱から取り出した指輪を掴み、そっと私の左手を握った。感じたことのない幸福感が私の全身を駆け巡って、私の視界は嬉し涙でぼやけ始める。そして彼は、私の手を優しく持ち上げながら、少しだけおどけた口調で、こう言った
「今まで何とか式っていうものに痛い目に合わされてきた明穂に、こう言うのはちょっとおかしいかもしれないけど……僕と、結婚式を挙げてくれませんか?」