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暁闇に春風ぞ吹く  作者: 夜宵氷雨
第1章 山吹と巴
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縁談

 数ヶ月が過ぎた。信濃の山々が秋色に染まり、田畑が秋の実りに恵まれる季節が訪れる。樋口兼光は馬を走らせ、荘園の管理のため、木曽谷に滞在する父を訪ねた。

「父上、突然のご無礼お許し下さい」

「何だ、騒々しい。兼光にしては珍しいな」

「先程、舅殿から知らせがございました。諏訪の金刺殿が、娘御の婿君に冠者殿を迎えようと、動き始めました」


 金刺氏は、滋野党とは別の勢力、諏訪神党の棟梁であり、信濃国の一宮、諏訪神社下社の大祝を代々務める。現在の当主は金刺盛澄。兼遠が信濃国権守の任にあった頃から親しく、弓馬に優れた人物である。年の離れた弟がいて、手塚太郎光盛という。彼もまた、幼い頃から義仲に仕え、兼光や兼平のよき好敵手であった。

 盛澄の娘胡蝶は、数ヶ月前に裳着を迎えたばかりである。それをもう嫁がせようとは、諏訪にも、滋野と同様の意図があるのだろう。それを、兼光がいち早く知ることができたのは、その妻が、諏訪神党に属する茅野氏だからである。

「よく知らせてくれた、兼光。これを知っておるのは、諏訪の者達だけか」

「はい、そのようでございます。諏訪の中でも、さほど広まってはおりません」

「それで、茅野殿は何と」

「いずれ、金刺殿の娘御が冠者殿のお側にお仕えするのは当然であろうと。ただ、何も今、海野を差し置いてまで婿君として迎え、むやみに波風を立てることでもないと」


 兼遠は、この報をもたらしたのが、息子であったことに安堵した。未だ、内々の話なのであろう。先に噂でも広まってしまえば、滋野の中にはそれを快く思わぬ者も出てくる。今のうちに知らせ、手を打つ必要があった。兼遠は、茅野の心遣いを有難く思いながらも、義仲と巴の心を慮った。

「急ぎ、皆に知らせねば。儂は幸親の館へ行く。兼光は府中に寄ってくれ。冠者殿がいらっしゃる。あと、兼平にも知らせを頼む」

 そうして兼遠は、慌ただしく出立した。

「私も、参ります」

 父と入れ替わるように、騎乗の用意を調えた巴が、春風と共に姿を見せた。

「巴、聞いていたのか」

「申し訳ありません。兄様が、ただならぬご様子でしたので」

 兼光は自身の迂闊さを後悔した。こんな形で、妹に伝わって欲しくはなかったのだ。しかし、どう伝えるべきかと問われても、答えなど持ってはいない。

 巴には、そんな兄の心を知ってか知らずか、一見して動じた様子はない。思うところがないわけではないだろうが、それでも平然として見せる妹を、兼光は不憫にも、愛おしく思った。


 兼平に知らせるため、今井へ向かった兼光に代わり、巴が府中の義仲に知らせた。兼光は巴に、今井に行くよう指示したが、巴が譲らなかったのだ。

「思わぬことで、猶予がなくなってしまったな。巴、返事を聞かせてくれるか」

 諏訪の動きを知った義仲は、引き返せない事態が迫っていることを察した。

「私では、冠者殿の嫡妻は務まりません」

「何を言うかと思えば……お前なら、やればできるだろう。女子の身で、兼平達に引けを取らぬ腕を身に付けたのだ。それは、並大抵のことではあるまい」

「私は、好きなことをしてきただけです。それが、たまたま弓馬であっただけのこと」

 巴は頑なに、拒んだ。受け入れるわけにはいかないのだ。

 しかし、同時に巴は、生まれや器量を理由にはしても、義仲に対する自分自身の気持ちには、一切触れていない。

 他に想う相手がいるとでも言えば、さすがに義仲も諦めるだろうと思われたが、巴には、その言葉を口に出すことができない。どれだけ必要なことだとわかっていても、その嘘だけは、吐きたくなかった。

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