書簡
木曽に、冬が訪れる。
木々の多くが裸になり、白に覆われる中、緑を残す桧が、景色にわずかな彩りを添える。
雪に閉ざされた邸で、巴は一人、文に目を通していた。
亡き母の知己であるという女性からのそれは、温かな言葉が美しい手蹟で綴られ、人柄が偲ばれる。受け取ったのは、海野の館からの帰り、府中でのことだから、もう三月も前だ。珍しく、巴宛に文があると言われて、驚いた。それも、知り合いなど一人もいないはずの都から。
文を届けた使者は、道が冬に阻まれる前に帰京してしまったが、雪が融ける頃、再び訪れるという。だから、年が明ける頃には、答えを出さなければいけない。
巴は、母の記憶をほとんど持たない。
物心ついた頃には、兄達と共に、身を隠す駒王丸に従い、ここ木曽にいた。時折、父の兼遠が訪れたが、この地で母と対面したことはない。
病がちであった母は、薬師のいる府中を離れることができなかったのだ。それでも、乳母や他の使用人達に囲まれ、駒王丸や兄達と共に過ごす時間は楽しく、母の不在を不思議にこそ思えど、淋しいと思ったことはなかった。
それは、海野の館に出入りするようになった頃のことであった。行き帰りに立ち寄る府中の屋敷。屋内に飛ばしてしまった独楽を探して、簀子から廂に上がった時。
「巴、」
聞き慣れない声に名前を呼ばれて振り返ると、優しい温もりに抱きしめられた。
「大きく、なったわね」
かぼそく、ささやくような声は、泣いているようでありながら、慈しみに満ちていた。けれども巴は、何が起こったのか理解ができず、ただ、目を白黒させるばかりであった。
「御方様、お身体に障ります。お部屋へお戻り下さい」
御簾の向こうから、今度は聞き慣れた声が聞こえ、乳母が現れた。そうして巴に気付くと、自分を抱きしめているほっそりとして色の白いその女性が、母であると教えてくれた。
巴が覚えているのは、それだけだ。
それから間もなく母の病が悪くなり、府中を訪れても会うことができなかったのだ。後に聞いた話では、その頃既に元服していた兼光だけは、父と共に何度か会っていたそうだから、病床の母を見舞うには、巴が幼な過ぎたのだろう。
あのひとときは、母の温かさと優しさを教えてくれた。離れていても、母は自分を思ってくれていたのだ。けれどもその後は、あの温もりに触れられないことを悲しいと感じた。それが、「淋しい」ということなのだと、知ってしまった。
母をよく知るという都の女性。会ってみたい。巴は強く、そう思う。
文に書かれた母の姿は、巴の記憶にあるものとまるで異なっている。明るく話し上手で、男勝り。そして、下の者を気遣う優しさがあったとも書かれ、それだけが辛うじて、母の記憶と繋がった。
思えば、病を得る前の母を知る父や兄達からはよく「巴は母親にそっくりだ」と言われるのだ。さらに文には、都にいるというある二人の人物のことが書かれており、それもまた、巴の興味を惹いた。




