9.魔女の全力
時を遡ること数十分前。
「"凍てつく氷嵐"」
行く手を阻む炎の化け物たちにアシッドバーンは氷の嵐をお見舞いする。
氷の嵐が止むとそこには先ほど目でいた炎の化け物が氷漬けにされている。
この光景だけを見ていたら、リアリティのある氷の彫像があるなとしか思わないだろう。
「さて、先を急ぐとしよう」
「おぅ、そうだな。てか、火を凍らすってどんな魔法だよ」
「この使い魔たちは数頼みのみたいだからね。氷漬けできたのさ。これよりも強力な個体だったらさすが難しいだろうね」
つまり、今ぐらいの奴らなら物の数ではないし、これより強くても氷漬けが難しいだけで何とかなると。
さすがは副団長なだけある。
それからも同じように火の化け物が出てくるが一瞬で氷漬けにされていく。全速力で馬を走らせながらこれだけ強力な魔法を使えるとはすごいと心から思う。
そうこうしているうちに、平原の一部から強力な魔力を『識別』で見つけたので、そこに馬を走らせる。
「よくここだってわかったね。僕は何も感じなかったけど」
魔法陣は魔力感知で発見されないように隠されていたが、マコトの持つスキル『識別』の前では隠蔽は不可能だった。
マコトは懐から"魔法の羽ペン"を取り出しつつ、魔法陣を見る。
「どうした、時間がないのだから早くしなければ」
「うるせぇ、急かすな」
何もしないことに疑問に感じ、アシッドバーンが文句を言ってくるのを一蹴する。
(ちっ、予想よりも魔法陣が一回り・・・いや、二回りほどでけぇな。しかも、なんつう量の魔力を込めてんだよ。王都どころかその周辺だって危険地帯だ。こりゃ、避難なんかしても助かるのはごく一部だな)
魔法陣を見て、背中に嫌な汗をかく。
(予想通り魔法陣には壊れた場合の修復する術式まで組み込まれてやがる。羽ペンの魔力量はそこまで多いわけじゃねぇから、一つたりともミスが出来ねぇ)
『識別』で魔法陣を解析し、どういった術式が書かれているのかを把握する。
魔法陣にはタイマーがセットされていて、発動するまで残り時間が十五分らしい。
魔法陣を無効化するために効率のいい手順を頭の中で組み立てる。
羽根ペンの魔力量、残り時間、魔法陣の仕組み、すべてを把握して魔法陣の書き換えに取り組まきゃいけない。
さながら、気分は爆発処理班の心境だ。
(かかっている命が王都の民全員なのは、ちと重すぎるがな)
重圧が肩にのしかかる。胃がねじ切れそうなほど気分が悪い。緊張のせいか汗はめっちゃ出るし、指先がかすかに震える。
隣ではアシッドバーンが何か言っているがそれがひどく遠くから聞こえている気分だ。
『マコトなら大丈夫‼』
急に頭にクオリアの声が響いた。
驚いて周りを見渡すが、いるのはアシッドバーンだけ。急に動いたせいか少し驚いている様子だった。
マコトは手に持っている"魔法の羽ペン"を見る。
思い出されるのはこのペンを受け取る時のクオリアとの会話。
『怖いなら無理しなくていいのよ』
『別になんてことねぇよ』
『無理しちゃって。手、震えてるわよ』
バレないように態度を取り繕っていたが、どうやら失敗したようだ。
『王都全員の命がかかっていると思うと、少しばかり、な』
会議では大見得きったが正直な話、とても怖い。
書き換えどころか魔法陣を書いたことすらない。
本当に自分が言ったことは出来るのだろうかという不安。人の命がかかっているという重圧。死ぬかもしれない恐怖。
どれもこれも、荷が重すぎる。
平和な世界で生きてきた俺には、力のない俺には、辛いものだった。
だが、言ったからにはやるしかない。可能性があるならやらねばならない。
『・・・マコト、少ししゃがんで』
『なんで?』
『いいから、いいから』
マコトはいぶし気に思いながらしゃがむ。
すると、クオリアは抱きしめてきた。
急な事態に頭が追い付かない。なんでやどうしてなどの疑問と意外と胸あるんだなという邪な気持ちが同時に駆け巡る。
そんなマコトの気持ちを知らないクオリアは幼子をあやすかのように頭を丁寧に撫でる。
『一人で背負う必要ないわ。あなたには私がついている。どんなことがあってもマコトの隣にいてあげるわ』
『・・・それ、前に俺が言ったことだよな』
盗賊団あたりの時に隣にいてやるなんてカッコつけた気がする。
『私が困った時にマコトがいてくれるのなら、マコトが困った時には私がいる。責任とか重圧とか不安や恐怖、どんなことでも私にも分けて』
なぜだか、泣きそうになるがこらえる。一回りも年の離れた、しかも女に涙を見せるのは男の沽券に関わりそうだからだ。
『・・・もう大丈夫だ』
『ホントに?』
『あぁ、問題ねぇ。パッと終わらしてくる』
気分的はとても楽になったので、解放してもらい、門へと向かおうとする。
『マコトなら大丈夫‼』
とても眩しい笑顔で別れ際にそんな言葉をかけてくれた。
マコトは一つ深呼吸する。
「・・・王女様のお墨付きだ。問題があるはずがねぇ」
誰にも聞こえないほど小さくつぶやいた後、魔法陣の書き換えに取り組む。
魔法陣には予想していたように術式が破壊されたり、不具合が起きるとそのたびに元の状態に戻るようにされている。
だが、それは魔法陣自体が不具合と認識しないように術式を書き換えて、無力化してしまえばいいということだ。
炎だの破壊だの攻撃的な術式はすべて無視する。修復や隠蔽などの術式も無視する。
書き換えが必要なのは発動するための術式、つまりこの魔法陣の核ともいえる部分。
書き換える必要がある術式も文字も全て『識別』で確認した。あとは問題ないように作業を進める。
文字を消す、文字を書く、別の術式につなげる、文字を書く、全ての工程に一つもミスは許されない。
工程を進めるごとに頭は冴えていき、思ったように手が動く。もはや術式以外のものは目に映らない。
「何という集中力・・・」
隣にいるアシッドバーンはただただ感心するしかなかった。
よどみなく手は動かされ、そこに一切に無駄がない。
時間が凝縮されている感覚に陥る。
どれくらい経ったのか、残り時間はいか程か、そんなことが頭をよぎるがすぐに消す。
無駄なことを考えている暇はない。一分でも一秒でも早く書き換えを終わらせる。
そして、最後の一文字が書き終わる。
全身びっしょり汗を書いており、呼吸は乱れ、焦点がぶれる。
それでも魔法陣がどうなったのかを見る必要がある。
なんとか焦点を定め、魔法陣に目を向ける。
そこには淡く光った魔法陣があり、一瞬失敗したかと思ったが、すぐに光は失われる。
「・・・成功・・・か・・・?」
「えぇ、魔法陣の無力化に成功です」
後ろから声がかけられ、成功したと確信するもどこか現実感がない。
集中が切れて、頭が上手く回らなくなっている。
「お疲れ様です、見事というほかありません」
アシッドバーンは称賛の言葉を口にする。
「あ、はははは、はははははは」
マコトは地面に転がり、腹の底から笑う。
肩にのしかかっていた重圧やら命の危機から不安、魔法陣の達成感など色んな感情が押し寄せて、ただただ笑うしかなかった。
ひとしきり笑うとどっと疲れを感じる。
思うように体が動かない。
立ち上がろうとして失敗するマコトを見て、アシッドバーンは手を貸してくれる。
「わりぃな」
「いえいえ、国を救ってくれたお礼にしては安いものです」
マコトたちは王都に戻るため、来た道を戻ろうとする。
その瞬間、魔法陣が再び光始めた。
「なっ!?」
「バカな!?」
突然魔方陣が光りだしたことに驚きつつもその原因を考える。
(どうして魔法陣が光りだす?まさか、書き換えに失敗した?いや、失敗してねぇ、『識別』でも問題はなかった。ならどうして?)
様々な疑問が頭が駆け巡りながらも魔法陣を見て、原因を探る。
そして、一つのことに気付く。
「・・・まさか」
「どうしたんですか?なぜ、魔法陣が光りだしている」
「最初見たとき、予想以上に魔力が込められていたんだよ。てっきり、確実に王都を吹き飛ばす為に多く込めたのかと思ったが、もし魔法陣を二重で書いていたとしたら?」
「魔法陣の上にさらに魔法陣を書いていたと?」
「あぁ、確か"二重術式"とか言う手法だ。二つの同一の魔法陣を書いて、それを重ねることで威力を数倍へと引き上げる魔法」
マコトが書き換えたのは表に書かれていた一つ目の魔法陣であり、それは無力化できたものの、重なっていた二つ目の魔法陣は無傷。
どうにかしようにも羽ペンの魔力は尽きてるし、そもそも時間的余裕はない。
万事休すだ。
魔法陣は強く輝くと、そこから巨大な火球が放たれる。
「なぜこんな面倒なことを・・・」
「確実に王都を滅ぼすためか、保険の意味合いか。どっちみち俺らは敵にしてやられたわけだ」
威力は落ちているもののおそらく貴族界ぐらいなら焼け野原にするだけの威力は有しているだろう。
マコトたちは二人してうつむく。そして、俺はポツリとこぼした。
「・・・念のため、こっちも保険をかけておいて良かったよ」
「・・・えっ?」
アシッドバーンは疑問符を上げる。
「俺で何とか止めたかったが、出来るかどうかは分からなかったからな。保険として魔法を迎撃する準備を整えてある」
「だが、あれだけの魔法を迎撃できる魔法師など存在は・・・」
「一人いるじゃねぇか。魔女の血縁者って言われて、人々から忌み嫌われている奴がよ」
マコトは火球が向かった方向へと顔を向け、最後を頼むことにする。
―――――来た
魔力感知を全開にしていたので、この国で誰よりも先に最悪の事態に直面したことを知る。
だが、敵が放送をかけてきた時とは違い、迎撃態勢も心の準備も出来ている。
マコトが失敗した、とは微塵も考えない。
おそらく、彼が予想していたことよりも斜め上のことが起きたのだろう。
マコトだって人間だ、知れる事柄には限りあるし、出来ることも限界がある。だからこそ、他の人に頼り魔法陣を止めようとしていたのだし、出来ない時のために私に頼んでおいたのだ。
王城から出るとき
『あっ、そうだ。一つ頼みごとがあるんだがいいか?』
『何かしら、どんな無理難題でも問題ないわ!』
『失敗する気は微塵もないが、残念なことに俺は凡人だ。英雄だの勇者だのとは違い、絶対成功できる自信はないし、言い切ることもできない。だから、万が一失敗した時のために備えておいてくれ』
『具体的には?』
『お前の最大の魔法で相手の魔法をぶっ飛ばす準備をしてくれ』
マコトは軽い調子で言っていたが、その実言おうか言わまいかをかなり悩んでいたと思う。とても言いづらそうな顔をしていたから。
だが、こんな緊急事態なのに私は嬉しく思っている。
普段頼りっぱなしなのに、今回は頼ってくれているかと思うと嬉しく思っている。
だからなのか、今街中にいるせいで人々から異様に注目を集めている状況でも全く気にならないでいた。
たとえ保険でも、自分にしかできないことであり、重要な役割だったから。
ただ、ひたすら、最悪の事態に備えて魔力を溜めていた。
この国を飲み込むほどの魔法を防ぐために。
今まで嫌っていた魔女の血に初めて感謝し、受け入れ、全力を出すために。
民衆からの非難がましい声も、蔑みも侮蔑も、何もかもクオリアの耳には届かず待っていた。
そして、上空に恐ろしいほどのでかい火球が迫る。
人々はある者は神に祈りを捧げ、ある者は泣き叫び、またある者は逃げ出そうと走る。
その中、クオリアは笑っていた。
あるのはただ一つ。
自分の全力を出せることへの喜び。
普段は抑えていた魔力を解放し、目の前の標的へと放つ。
「"無慈悲なる破滅"」
拳大の大きさの白い魔力弾がクオリアの手から放たれる。
向こうは太陽かと見間違うほどの灼熱の火球、対して拳大の大きさの白い魔力弾。
衝突すればすぐに火球に飲み込まれるであろう。
だが、魔力弾が火球に接触した瞬間、火球よりも二回りほどに拡大し火球を飲み込むと火の粉一つ残さず消滅する。
"無慈悲なる破滅"。これこそがクオリアの最大の魔法であり、国すらも一人で壊滅させれると謳われる理由。
魔力弾に飲み込まれたものはこの世とは別の次元へと飛ばされる。どんなものでも万物等しく飲み込まれれば塵一つ残ることはない。




