6.初めての生徒
日が落ち始めたころマコトたちはようやく『ウサギ亭』についた。
「おばさん、ただいま帰りました」
「お帰り、訓練お疲れ様。あら?そちらの方は?」
「今晩ここに泊めてほしいのだが部屋は空いているか?」
「お客様でしたか、どうぞどうぞ。部屋は空いております」
そういって女店主は部屋へ案内し食事が出来たら呼ぶといって厨房のほうへ戻っていった。
マコトは部屋に着くとベットに倒れこみ、分かったことがあったのでそれを頭の中で整理する。
使ってみてわかったがスキル『指南』とは相手に教えるときわかりやすい教え方を提示できる能力だった。『識別』は相手を分析できるがそれはあくまでステータスなだけであって体裁きや剣筋を見切るものではない。しかし、『指南』はそれらを見切り的確なアドバイスを提示することができる。これによって素人であるマコトが剣術を教えることができたというわけだ。
ほんと教師としては優秀な能力だと思う。
安い宿と聞いていたので期待していなかったのだが部屋はきれいで清潔に保たれおり飯もうまかった。
食事がひと段落すると目の前で食べていた少年が口を開いた。
「自己紹介がまだでしたね。僕は騎士見習のレオンです」
「俺の名は荒木真。いや、こっちだとマコト・アラキか?一応、教師をやっている」
「先ほどはアドバイスありがとうございました。マコトさんのおかげでまた一つ強くなれた気がします」
「そこまでお礼言われることじゃねよ。それにアドバイスしたからってすぐにできるわけじゃない。お前が日々努力したからこそできたことだ」
マコトのスキルである『指南』はあくまで教えるだけであって、教えたことを実践できるかどうかはその人次第だ。
「てか、お前ほんとに見習いなの?」
「はい、騎士を目指してもう五年目ですがいまだ見習いのままでしてお恥ずかしい限りです」
俺は改めてレオンを見た。
全身しっかりと鍛えられており、ムキムキではないがそれなりに筋肉もついている。先ほどの剣筋を見る限り腕前も悪くないように感じるし、何より街で見かけた兵士よりもこの少年のほうが力量は上だ。
レオンの顔を見ても嘘を言ってる感じもしないので本当なのだろう。
(騎士と兵士でそんなに実力が変わるものなのか?)
『全知』で分かったことだがこの国では騎士と兵士では役割が違う。兵士はこの国に仕える存在だが、騎士は国王に仕える存在なのだ。どっちも変わらない気がするが兵士は国民を守るのに対し騎士は王族を守るのが役目らしい。
「あの先生、僕は出来るだけ早く一人前の騎士になりたいんです。なので、できれば僕にご指導をお願いします!」
考えに耽っているとそんなことを言ってきた。
レオンは気まずそうにしながらも強い意志を持った目でマコトに頼み込んでくる。
マコトはというと異世界に来てまで先生呼びされるとは思わず、多少面食らっていた。
(まぁ、一度力を貸したしこれも何かの縁だろう)
現状、何かすることがあるわけでもないし、それに自分のスキルを詳しく知るいい機会だと思い、レオンの言葉に一つ頷く。
「かまわないぞ、ただ俺は教えることは出来ても剣術とかはからっきしだけどいいのか?」
「ご謙遜。たった数度見ただけであんな的確なアドバイスができるんですよ?剣の腕も一流に決まってますよ!」
レオンは目を輝かせながらマコトを見ている。
ほんとはスキルを使って教えたなんてとても言い出しづらい感じだ。
この世界にはスキルという存在はないので伝えても理解してもらえるかどうか怪しい。
次の朝、俺は約束通りこの世界での初めての生徒となるレオンに指導していた。
「膝に体重が乗り切ってないぞ!それと連続技を放つなら一撃目と二撃目の間隔をあけるな!そこを突かれてやられるぞ!」
「はい!」
指導方法はいたってシンプル。レオンが剣で空間打突の訓練をしているの横から眺め悪い箇所を指摘するというものだ。
「目の前に敵がいると思って訓練しろ!敵から目を離すことが死につながると思え!」
「はい!わかりました!」
訓練をしていて分かったことだがレオンは闘いの素質があると思う。『指南』で伝えたことをすぐに実践しそして自分の力にしていく。まるでスポンジ並みの吸収力だ。
「はい、そこまで。少し休憩しよう」
レオンはその場でへたり込み肩で息をしていた。
(ん~体育とか教えたことないから匙加減が分からん。一応、『識別』でレオンの体力を確認しながらやってるんだけどなぁ)
正確には『識別』でレオンの肉体の疲労を見てるのだが。
「レオンは肩に力が入りすぎだな。もう少しリラックスしてやらないと反応できるものもできないぞ。それともう少し前かがみのほうがいい。じゃないと後ろ重心になって動きづらいだろ」
「はい!以後気を付けます」
そんな感じの生活を送って異世界来てから一週間がたったころマコトは再び酒場にいた。
レオンは軍事学校に行っていた。なんでも見習いは義務付けられているらしくそこを卒業できないと騎士としては認められないらしい。あいつが見習いな理由が頭の悪さではないかと思ったのはここだけの話だ。
「おい、服に汚れがついたじゃねぇか!どうしてくれんだよ!」
俺はポイズンリザードのハンバーグを食べていると急にそんな声が聞こえ酒場の雰囲気が変わった。
まるで時間が止まったかのように静かな雰囲気が包まれ、思わず首を傾げてしまう。
(酒場で喧嘩なんて日常茶飯事なのになんでこんなにも静かになるんだ?)
声の中心を見てみるとそこには二人の人物がいた。
一人は最初に出会った女の店員だった。ただし、いつものはつらつとした元気の良さはなくおびえている雰囲気だった。
もう一人はこの場には似つかわしくない豪奢な服を着ている男ですぐに貴族だとわかる。歳は二十代前半ってところで頭の悪そうな顔をしている。どうやら、服が汚れたらしいのだがはたから見たら全くわからん。男の指す箇所をよく見てみると服の端っこがかすかに汚れている。
「申し訳ございません!すぐにタオルをお持ちします!」
「あぁ!?タオルごときでどうにかなると思ってんのか!弁償しろよ、弁償!」
あの程度洗えばどうにでもなるのに大げさすぎないか?
何が狙いなのかわからず首をかしげていると話は進んでいく。
「払えないってんなら、それなりの誠意ってもの見せてもらわないとなぁ?」
「何を・・・すればよいのでしょうか?」
店員はおびえた表情で相手に聞く。
男は下種な笑みを浮かべながら店員に近づき尻を触り始める。
「女が誠意を見せると言ったら一つしかないだろ?少し、俺の屋敷に来てもらおうか?」
店員は顔を青ざめおびえた表情している。周りの連中も相手が貴族だからか口を出せないのだろう。
この世界は王族の次に貴族が偉く、ある程度法律に縛られることなく行動することが出来る。たとえ問題起しても金だの権力で解決するのだ。
王族は街中に出ることはあまりないので人々にとっては貴族は一番偉く、逆らえない存在なのだ。そんな貴族に歯向かうということはその後の人生を棒に振るようなものだ。
もしそんなことができるとしたら後先考えない無鉄砲な奴か、あるいは
「ちょっと待ってくれ」
ただの馬鹿だけだろう。