表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/46

自分を知らない男

 僕が楊の告白など聞きたいはずが無い。


 聞いたところで、全て楊の不徳の致すところ、で終わる話である。


 落ちている哀れな生き物は全て拾う男である楊は、哀れな他者を見捨てる、ということが基本的に出来ない。


 いや、できたか。


 僕が二十歳の誕生日のその日に、駅のホームで倒れて死にかけた時は、楊は僕を抱きとめておきながら僕を駅員に任せて見捨てたのだ。

 勿論、その時の意識のない僕が自分を抱きとめた男が楊であると認識もしていなければ、彼という男の存在も知らなかった。


 楊も同じだ。


 彼も僕という存在を知らず、見ず知らずの人間が倒れたから抱きとめただけの話である。


 何しろ、僕達の本当の意味での邂逅は、僕がその日を境に鬱になって良純和尚に預けられる事となった数か月後であったからだ。


 良純和尚は禅僧だが二足のわらじで不動産屋でもあるのだが、彼の物件に死体が捨てられ、そこで良純和尚が親友の楊へ助けを求めた日に僕達は本当の意味で知り合った。

 そして当たり前だが僕が気付かなくとも、楊は見捨てた人間だと僕に気が付き、そんな僕の身の上に対しての同情及び見捨てた後悔と罪悪感で、僕を彼の弟分にして僕を守ってくれる事となったのである。


 以前に、楊の僕への優しさが罪悪感や哀れな僕の身の上を同情しているというものからだと彼をなじり、純粋に僕を好きだから優しいのだと証明してくれと泣いた事もある。


 誰も見捨てられ無い男が唯一見捨てた僕なのだから、僕こそ彼にとっての特別であるだろうに、その時の僕は彼の拾ったカラスやワカケホンセイインコや様々な生き物達、さらには、小学生時代から楊に纏わりついていた少女と同列のような、その他大勢の気がして辛かったのだ。


 大体、楊は自分をわかっていない。


 百七十五センチと自称しているが確実に百七十五センチない身長のくせに、長くすんなりとした手足という黄金律と讃えたくなるほどのスタイルの良い体に、印象的な二重の瞳が輝くという、そこらの俳優よりも整った甘い顔が乗っているのだ。


 そんな男に微笑まれれば、誰もが彼に恋をして、彼の特別になりたいと願うだろう、それなのに、彼は自分の使い方を全く知らない。


 使うべき時に、使うべき相手に自分の魅力の有用性を使わず、使ってはいけない相手にばかりへらへらと魅力を振りまいて、結果として彼の信奉者はストーカーばかりだ。


 僕の恋人の山口を見習えと言いたい。


 彼は自分の外見を知っているからこそ、普段はその他大勢に混ざるように振舞い、いざという時はその外見を使って輝くのだ。


 ただし、僕は山口の雅な姿よりも、なんて馬鹿なんだろうという子供っぽい行動にこそ惹かれたので、彼の外見など美しいと思うぐらいのものでしかない。

 大体、心惹かれる美しさ、どころか、彫刻か魔物のような完璧さは、僕を養子にした良純和尚という存在があるので、僕は山口に美など求めていないのだ。


 僕が彼に求めることはただ一つ、馬鹿な行動で命を失って欲しくない、というただ一点のみだ。

 彼を助けて守らなければ、なんてこの僕が思う程の馬鹿な行動を山口は時々起こし、そして、何もできない僕が守られるだけでなく守れると感じさせてくれる存在である彼を非常に愛おしく大事に思うのである。


 多分、僕は彼によって対等な関係というものを経験し、自分自身への自信を取り戻させてもらえたのかもしれない。

 しかし、彼は元公安の刑事で、警戒心を起こさせずに他者の生活に入り込むなどお手の物だった筈だ。

 だとしたら、僕を堕とす為に実はそのような振る舞いを彼は敢えてしていたという事であり、すると彼は恐るべき男で、そんな恐るべき男に愛されているのならば、やはり僕は完璧な人間だ、という結果に帰結する。


 山口はどうあっても僕の完璧な恋人であろう。


 あぁ、話が逸れた。


 つまり、僕が言いたいのは、楊は山口と違って自分自身を知らないという、純粋に馬鹿な人でしかない、という事だ。二十八歳の山口よりも四つも年上であるというのに!


 楊が自宅を失ったのも、その彼自身の業なのである。


 設楽季しだらきふきという老女が偶然に楊に出会い、その老女の身の上に同情した楊は彼女に無意味に優しくし、彼女は死の床で楊だけを求めながら命を終えたらしい。

 つまり、楊への恋心という現世への想いが多すぎて死にきれずアンデッド化してしまったとそういうわけだ。


 この世界は生まれる赤ん坊よりも死者の方が多い時は、多い数だけ、より余命が残っている者が、より執着の強い者が、優先的に死人しびとと呼ばれるゾンビとなるという狂った世界なのである。


 余命の残っていなかった設楽季だが、我執だけは人一倍強かったと思われる。

 彼女は殆ど妄執になった楊への恋心によって現世に縛り付けられたかのように死ねず、最後の願いとして楊に再び会う事だけを唱えていたのである。


 そして、死の床で楊への恋心を唱え続けるぐらいならば問題が無かったのだが、設楽季は死人となった事で床から動けるようになったからと、興信所を使って楊という想い人を探し出しただけでなく、弁護士を呼んで遺言の書き換えまでしてしまうというアグレッシブさを発揮してしまったのだ。


 困ったのは、彼女の遺産を受け取れると信じていた姪と、設楽季家の遺産の一部の寄進を約束されていた菩提寺に連なる宗派の本山だ。

 彼女は子供のいない自分の永年供養のために、本山のお堂の一つを再建する事を菩提寺の住職を通して山に約束していたのである。


 誰しも想像できる結果として、相続人から廃除された姪は、お約束通りに楊をこの世から消すために人を雇い、楊は自宅ごと燃やされかけた。

 全く、情けは人の為ならずというが、楊に限っては、彼の与えた情けは絶対に楊の為にならないのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ