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だから聞けって、知っていた?

 ぱしん。


「痛いです。叩くなんて酷いです。」


 弟分の左腕を振りほどいた楊が叩いたのは、弟分の悪戯な右手ではなくその司令塔となる頭の方だ。

 弟分は両手で叩かれた頭を押さえ、幼児の様に唇を尖らせて楊をジトっと上目遣いに見つめた。

 その尖らせた唇は白桃の様に瑞々しくふんわりとしており、叩かれたことで少々機嫌を悪くしたのか、彼の頬はほんのりと桜色だ。

 紺色のシャツにブルージーンズというユニセックスな格好でありながら、この、どこから見ても「美少女」にしか見えず、女性化する前からこの美少女顔で、女性化して良かったね、としか言えない彼は男だと言い張るのであるが、楊には最初からいつでも彼の行動が幼児の女の子でしかない。


「……お前さ、そのヤク中みたいに、俺のおやつを奪おうとするの止めてくれる?俺はただでさえ、裏切られて落ち込んでいるんだよ。まず、俺の告白を聞いてさ、俺を慰めるのが先でしょう。」


「あら、僕だって、かわちゃんにはがっかりです。そんな僕におやつくらい別けてくれたっていいじゃあないですか。」


「おい、ちょっと待てよ。こら。俺の落ち込みよりもお前の言いがかりかよ。」


「言いがかりじゃないです。僕は聞きました。ご結婚おめでとう、なんですね。それで、とっても馬鹿なことをしようとしたって事も聞きました。」


「あぁ、畜生!数時間前に俺が嵌められたばかりの話を、なんでお前が、何で知ってんだよ。畜生。俺はお前にも裏切られていたのか。わかったよ。あぁわかったよ。畜生。」


 楊は怒りのままアンプルの封を開けた。

 が、飲み干そうとする前に彼のアンプルは大きくて臭い息をする生き物に奪われてしまったのである。

 楊ががっかりの声をあげるよりも、当り前だが彼の弟分の悲壮な叫び声の方が早かった。


「あぁ。僕の乳酸菌!」


 この弟分、百目鬼とどめき玄人くろとという名の二十一歳になっている青年の筈だが可愛いだけの生き物にしか見えない彼は、半陰陽で性的に成長できないからか、性欲どころか愛情さえも食欲に変換してしまうという特質を持っているのだ。


「ちょっと、これ、ゴンタ!」


 しかし、ここで玄人の身の哀れさよりも、楊が乳酸菌を奪った生き物に注意を向けるのは当たり前だ。

 その生き物は、べろんと、臭くて長い舌でアンプルを舐めるや、茫然とする楊からそれを咥えて奪い取り、楊の手の届かない所にぴょんと横に飛び退いたのである。


 そんな動きをした人間の脳みその無い生き物が次にする行動は、楊には考えるまでも無く想像でき、アンプルを奪われてから数秒程度の後にそれは実行されたのだった。

 すなわち、プラスチック容器を器用に咥えた犬は、容器の中の液体を飲み込もうとして、口吻を上に向けたのである。


「待って、それしちゃあ駄目!あぁ!」


 楊の想像通り液体を呑み込めるどころか、アンプル内の液体は犬の口から零れて犬の顔だけでなく下の畳にぶちまけられ、さらに咽てしまった犬はそこらじゅうにべとべととしたくしゃみをばらまくという有様だ。

 楊は止められなかった想像通りの事態にがっかりと肩を落とし、ウェットティッシュのボックスを取り上げた。

 情けなくなりながら楊が畳を拭き始めれば、犬は楊の手の動きにじゃれ付き始め、犬ぐらい押さえて欲しいと玄人を見れば、彼はとっくに零れた液体の始末をしなくともいい場所へといつのまにか遠ざかっていた。


「あ、手伝えよ!お前の乳酸菌なんだろ。ピロリ撲滅できるぐらいの新発売の!」


「もうそれはゴンタのものです。」


「ふざけんな、お前!この糞邪魔なゴンタを抑えるぐらいしろよ!」


「わふ!」


 自分の名前を呼ばれたそこだけに反応して純粋に喜ぶ生き物は、配色も体高もシェパードであるが、シェパード特有の大きすぎる耳にシェパートにはあり得ない貧相な筋肉で、みすぼらしいとしか思えないただの大型の雑種犬でしかない。

 だから頭もシェパードの様に賢くないのだと楊は犬を哀れむことにして、自分の中の怒りを宥めて拭き掃除に専念することにした。

 借り物の家の畳を駄目にしたら、楊が弁償しなければならなくなる。

 個人賠償責任を体で払わされたばかりの楊としては、「弁償」という言葉はトラウマに近いほど恐ろしいものなのである。


「ただ今戻りましたって、かわさん。うわ、ゴンタ何、何?その顔。ほら、ゴンタ、顔を拭こう。ほら、こっちにおいでったら。」


 楊達のいる部屋に顔を出した青年は、自分の飼い犬と楊の姿に大体のことを察したのか、躾のなっていない犬を捕まえようと犬を追いかけ始めた。

 青年が普段の猫背を普段以上に猫背にして犬を追いかけているのは、借り物のこの家に引っ越して以来、家のドア枠などに頭を何度もぶつけているからだ。


 楊は、顔立ちが整っているばかりか百八十以上ある長身にスタイルもいい彼が、そんな姿に身を落としてしまった事を可哀想と感じるよりも、そそっかしい奥様にしか見えない今の姿に、無意識どころか強い反発心を持って自分の鬱憤をぶつけてしまった。


「お前!そのレースのエプロン姿はなんだよ!」

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