聞けよ
語らせてもらおう。
そう言った男は、ちゃぶ台を前にして一家の主の様に仰々しく座り込んだ。
男の顔は三十二歳というには童顔で二十代にしか見えないが、大層な告白をしようと思いつめた表情の今の顔は、年相応の影を帯びていた。
しかし、男が座り込んだまま告白どころか一言も発しないのは、彼が告白したいと思う相手が、彼がいる部屋の続き部屋で寝転がったままスマートフォンから顔もあげないからである。
男、神奈川県警の警部である楊勝利は、多忙な自分が作った料理を三食当り前の様に食べておきながらも、家事を手伝うどころか彼の告白にも何の興味を持たないその人間に怒鳴りつけたい自分を押さえた。
怒鳴りつけたくとも、その適当な人間が楊が「ちび」と呼ぶ彼の弟分だからでもあり、楊の親友からの大事な預かりものでもあり、さらに付け加えれば親友はそんな「ちび」を怒鳴りつけたりしないからである。
楊の親友は、怒鳴りつけるどころかそこが可愛いと、まるで馬鹿犬を褒める飼い主さながらに、躾をするどころかもっと甘やかせて冗長させてもいるのだ。
そこで怒鳴りつければ親友よりも器の小さい人間になってしまうと、楊はその一点のみで自分を抑えたのだが、そこに拘ることで自分が親友よりも小物のような負けたような気にもなったのも事実である。
しかし、自分は「ちび」への対処法を親友よりも知っている筈だと思い直し、事前に準備していた伝家の宝刀を今こそ使うべき、と、ポケットからプラスチック容器の飲料をこれ見よがしに取り出した。
その容器は小型のアンプル型のものであり、貼られた青いシールにはアルファベットと数字がこれでもかとでかでかと書かれているという、「ちび」には魅力的な物の筈なのである。
「かわちゃん。それ、新発売の?」
隣部屋のろくでなしは大きな目を輝かせて飛び起きると、楊の取り出したアンプルを奪う勢いで彼の隣に座り込み、反射的に取られまいと楊は左手にアンプルを掲げた。
「あぁ、意地悪をしないでください。」
黒目勝ちの大きな瞳はうるうるとわざとらしいほどに哀れに輝き、さらに、作り物かと見紛う程の長いまつ毛が蝶々の羽ばたきの様に瞬きをさせて楊を一心に見つめ始めた。
楊はその華々しいほどの美しさに心をぐらつかせながらも、美しい弟分に哀れをも感じて、心の中だけで大きく溜息をついた。
実際に溜息を吐けば弟分が傷つく。
弟分といっても、出会った時から楊にとっては「妹分」でしかない彼は、神様の悪戯か、XXYという遺伝子を持つという半陰陽である。
「ねぇねぇ。かわちゃん。かわちゃんたら。」
彼は楊の右腕に両腕をかけ自分に引き寄せ、楊は自分の二の腕の外側に弟分の小さな胸が当たる感触をかすかに感じた。
弟分は何度か死にかける目に遭っており、死にかける度に余分なXが暴走するのか女性体へと近づき、今年の三月に死にかけた際には、遂に、戸籍の性別を男とたらしめた下半身にあった不完全な男性器までも姿を消したのである。
今の彼は何処から見ても完璧な美少女の外見にふさわしい、完全に近い女性体となっているのだ。
女性の穴が無いから女ではないと彼は言い張るが、男性器が消えた事で彼の有力で金持ち親族の手によって、彼の戸籍など公的なものは全て「女」と書き替えられてもいるのである。
弟分の哀れな身の上を思いやるや、ついぞ楊ははぁとため息をついてしまった。
だがすぐに楊は弟分の気持ちの事を考え、眠いからあくびだとごまかそうと急いで顔を上にあげた。
彼の視界には、彼の持つプラスチック容器へと右手を伸ばしていた弟分の行動がしっかりと映り込んでいた。