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父と子と

 白波ビルのヒル事件は社会に出ることもなく、ただの白波酒造と長柄警備の若馬鹿社長達の大騒ぎということで収束した。

 白波警備の人達が怪我を負いながらも今回の化け物ヒルを簡単に無かったことにする事が出来たのは、彼等が白波一族の者ばかりであった故だったからであろうが、同じように怪我をも負って人外と戦うという一夜を過ごした長柄警備の若尾を始めとする面々がそれを受け入れたのは、彼らが元一般人であったからであろう。


 元、ということは、彼等は既に一般人では無いのである。


 我々はあのような化け物から世界を守るために発足されたのだ、という社長である裕也の演説が拍手喝さいで受け入れられたという点で、彼らが常軌を逸しているのは間違いないだろう。

 それを証拠に、長柄警備有志が近々計画しているらしきゲームのオフ会が、いつものブルーローズ隊打ち上げではなく、帝国軍の美少女将校であるアリアナを囲む会なのだそうだ。


 僕は裕也にゲーム広報の一環で催した新キャラであるアリアナ将校のコスプレ大会の写真を見せつけられ、優勝を勝ち取ったそいつが嫌な子であった事を知った。

 鼻の下を伸ばした裕也によると、優勝者の美少女はゲーム内のアリアナちゃんそのもので、クールだがとっても優しくて可愛らしいんだそうだ。


 ロリコン裕也め、畜生。


 さて、白波も長柄も置いておいても、僕がこの事件に憤慨せざるを得ないのは、やはりというか長谷との邂逅でしかないだろう。



 あの日の僕は、長谷に騙されて落ち込むだけの楊の手を引き、ウンザリとしながら僕の獣道を作り上げて長谷の獣道へと繋げたのである。

 すると、僕の動きを察した長谷は、楊に押し付けられていた楊役に早くもウンザリしていたようで、いつも以上にハイな様子で僕達を彼のフェイク部屋に招き入れたのである。


 フェイクと言うのは、現実に無い場所にある部屋だから、というだけではなく、長谷がその空間をゴテゴテしく飾る大物が殆どフェイクでしかないからである。

 金色に輝くドアはアールデコ調の文様が掘られているが、輝きがあからさますぎて舞台装置のドアにしか見えない。

 そしてそのドアを開けて部屋に一歩入れば、床にはポリエステルが輝くペルシャ風の赤い絨毯が敷き詰められている。


 僕はその絨毯の安っぽさに武本の倉庫に眠る本物のペルシャ絨毯を毎回思い浮かべてしまい、思い浮かべるたびに長谷に気づかれまいと頭を振って絨毯から顔をあげることになる。

 すると目の前には僕の気を抑えてもくれる、本物のオーク材による書斎机が鎮座している姿を拝むことになる。

 その机の後ろには書棚が広がり、書棚には背表紙が読めないくらいの古本が適当に収められているが、適当、なのは、本の合間にところどころ空間があって、そこに長谷のおもちゃらしきものが並べられているからだ。

 書斎机の上にはこれまた小道具の様に書類の束が重ねられ、地球儀やスノードームなどまでも無意味に置かれている。


 つまり、何処から見ても立派な生活感のない芝居小屋なのだ。


 そんな舞台の主演俳優でもある長谷は、白いシャツに黒のスラックスという普通そうな組み合わせに金銀に輝くビーズ刺繍のベストをそこに足して普通を台無しにしている姿で登場しており、椅子に座らずに書斎机の上に腰かけて入り口に立つ僕達ににやにやと笑いかけてきた。


「おかえり。知っている?ヘーゼルナッツを豆と混ぜて淹れるとコーヒーが美味しいんだよ。」


「そんな事はいいから、俺の中のヒルを何とかしてくれ。」


「そんなの。お前の心の中なんだから、心の中で焼却処分してしまえばいいでしょう。燃やし尽くして、忘れる。」


「あれは人間だったものだろう。」


「だからこそだよ。お前は彼等の悲しさを受け入れちゃったんだから、自分の中で昇華しないとお前が壊れるでしょう。お前の落ち込みと一緒に昇華しなさい。」


 楊は長谷の言葉を実行しようとしたのか、すっと目を瞑ったが、目を瞑ったままゆっくりと頭を振った。


「――。出来ないよ。せめて一周忌ぐらいまではね、ふきを俺の中に入れて置いてやりたい。一年は一緒にいようって約束したもの。って、痛い!」


 僕は楊の膝裏を蹴っていた。

 長谷は僕達を鼻で笑うと、ぴょんっという風に机から離れ、僕達の前を横切ってそのまま左側へ、最新式のコーヒサーバーの並ぶサイドボードへと向かっていった。

 僕はここで「おかまいなく」と長谷に言おうとして、安い通販の組み立て式の家具を目にする事になった。

 壁際に置かれているサイドボードが色をそれなりに塗り替えられていても、安物は安物であり、僕は大量生産の安物の家具は大嫌いだ。


 そこで僕は自分の嫌悪感から逃れるために、僕がこういった嫌悪感によって正常な判断が出来なくなったがために長谷に贈ってしまった、僕の大事な武本の職人の手によって作り上げられた美術品ともいえるジャコビアンの応接セットを見返してしまった。


「ちくしょう。」


 思わず罵りの呟きが出てしまったのは、自分の過去の行動に対してだ。


 過去において、長谷が楊の前世が人殺しであったという記憶や罪悪感を払拭しようと奮闘しているのだと思い込んでいた僕は、その考えを元に長谷に多大な感謝をしてしまい高級家具を贈るなどという愚行をしてしまったのだ。

 実際は長谷にそう思わされただけであり、奴は楊の記憶や罪悪感をも利用して彼の思い通りに事を運んでいただけだった。


 僕はイラつきながらもそれでも武本の最高の家具を眺めて自分を宥め、そして、ジャコビアンの男性的で固い外見のソファの横に白くて丸みのあるスツールがちょこんと置かれている事で、僕はまた長谷に丸め込まれてしまうのだろうとぼんやりと考えていた。


 三面鏡の化粧台にふさわしい小さな丸い椅子は、長谷に子供達を与えて、そして楊の前世に殺されてしまった妻の物であるのだ。


 僕が見つめるその前を僕の横にいた楊がふらふらと歩きだしているが、昔の何も知らなかった楊の定位置である白いスツールではなく、対向線上にあるソファへと向かっていた。


 前世の罪業を思い出してしまった楊は、その小さな椅子に絶対に近づかなくなってしまったと、変わっていないようで変わってしまっている楊の行動に僕はせつなさを感じるしかない。

 楊の前世、長谷の子供と妻を殺した誠司という人格は、長谷にだけは嫌われたくないと楊を支配してびくびくとしているのだ。

 長谷こそ、楊の行動から、我が子達が長谷の愛情を奪い合うように、白い椅子を自分のものだと奪い合っていた過去を思い出すからと喜んでいたというのに。


「かわちゃんはかわちゃんで、前世なんて、魂に残ったただのおりでしかないのに。」


 しかし、楊は僕の感傷など必要のない男であった。

 僕は忘れていたが、彼は長谷の子供という玩具でしかなかったのである。


「あぁ。オカメインコちゃんだ。ぽぽちゃんだ。ほっぺたぽんぽんのぽぽちゃんだ!」


 楊が向かった先には帽子掛けのようなポールが立っており、そこには少々大型の鳥籠がぶら下っていたのである。

 中にいるのは両頬にオレンジ色の丸を付けた、灰色の間抜けな鳥。


「あぁ。欲しい?欲しかったら持って行って。困っていたんだよ。知り合いに押し付けられてね。」


 しかし、楊はオカメインコに手を出さなかった。

 学習能力が楊にあったからではなく、楊は彼の大事な緑色の鳥を忘れられないからである。

 彼は長谷の言葉に喜ぶどころか、子供の様にぺたりと体育座りをしたまま、無言で籠を見上げ始めたのである。

 ここまで長谷の計算だったというのならば、長谷は本物の悪魔である。

 僕は楊に駆け寄っていて、そして、楊の背中に抱きついていた。


「乙女の事は忘れて。かわちゃんのせいじゃないし、あの子はもう、かわちゃんの手の届かない所にいる。」


「ちび?……ありがとう。でもね、忘れちゃダメなんだよ。俺が忘れたらあの子は存在さえしないものになってしまう。ふき、のようにね。」


 僕は楊もようやく気が付いたのかと、楊の背中に顔をぐいぐいと押し付けた。

 楊が結婚したふきは、ふきであってふきでは無い者である。

 ふきは姪の夕夏に、遠い昔に殺されていたのだ。

 楊が見えた夕夏が虐待された映像は、あのヒル達が喰らい蓄えていた犠牲者の記憶の一つでしかない。


「夕夏の不幸は設楽季家の地下の秘密をふきから聞いてしまった事です。あの少年は腎臓病を治すことが出来ますから。数か月だけですけどね。腎臓が弱い家系である設楽季家の、秘密、だったのだと思います。でも、それで死体の処理の方法までも彼女の常軌を逸した母親に伝わってしまった。夕夏がふきを殺し、母親が死体の処理を受け持って、夕夏の人生も設楽季家の財産も手に入れたんです。」


「……、髙達は設楽季家の地下であの少年を見つけたのか。」


「それは違うと思います。でも、」


「あの少年を連れ出して人格改造セミナーを開催していたのは夕夏の母だよ。ふきの妹で、姉の財産も白波家の財産も欲しくて堪らないという、哀れな女性。白波大司さんの最初の妻の希実香きみかさん。」


 僕の言葉を続けたのは長谷であり、僕は楊の背中から顔をあげて彼を見上げた。


「ぜんぶ、知っていたのですね。」


 彼は楊とそっくりの顔で、楊には使いこなせない世界を魅了できるであろう甘い微笑みを顔に浮かべた。

 僕には白々しい表情にしか見えないが。


「いいえ、嘘、ですね。これは、僕のお祖父ちゃんの計画だ。大司の最初の妻の名が同じ希実香だったとしても別人です。そもそも夕夏は大司伯父さんの子供じゃない。」


 僕はここで再び楊の背中に顔を埋めた。

 ふきを殺した罪悪感で老婆のような姿になった哀れな少女。


「かわちゃん、ありがとう。僕達の、僕達が不幸にしたままの僕の家族に幸せと平安をありがとう。」


 楊は彼の背中にいる僕を赤ん坊を背負うかのようにして抱き締め、僕は楊に負ぶさるようにして彼を抱きしめた。


「かわちゃん。……ごめんなさい。僕達がごめんなさい。」


「いいよ。……うん、不幸な人が俺のお陰で幸せになったと言うのなら、いい。それにさ、俺も知っていたよ。ふきがお前たちの一族だって。」


「長谷さんから?」


「うんにゃ。ヤナ子から。同じ病院に身内が入院しているから見舞いをして欲しいって。メールに誰かも書いて無いから白波の波動を追いかけて、そうしたらあの状態で、だったでしょう。もう吃驚よ。ちゃんとしてあげないと、あの、ヤナ子に虐められちゃうじゃん。病み上がりなのに、俺は必死だったね。」


 楊の退院時の行動を良純和尚が呆れかえって語っていたことを僕は思い出し、今回の事は祖父ではなく八歳の姪の仕業だったのかと信じられない気持ちで楊の背中から顔をあげて長谷を見返した。

 長谷は軽く肩を竦めると、すいっと、鳥かごを指さした。


「そしてこれが成功報酬。周吉さんが苦心して作った色変わりの子で、成長すれば緑がかったグレーになるそうだよ。珍しいからかなりの値がつくらしいね。お祖父ちゃんこそ反省するべきだって、彼の鳥籠から盗んだんだってさ。」


 僕も楊も鳥籠を同時に見返し、僕達に注目された灰色の小鳥は、嬉しそうに頭の羽を逆立たせると、きゅいっと可愛らしく鳴いた。



 僕は思い出した記憶に、ああと大きなため息を吐いた。

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