理を知らない者
数か月前までは幽霊も見えない一般人でしかなかった楊が、僕以上の術者になっている事にただただ驚いていた。
こんな力を持っていて、そして白波久美への襲撃を知っていながら何もしなかったのは、楊が白波ビルに彼が作り出した幻のビルを重ねていたからだったのだ。
ビルのエントランスに停まっていた沢山の救急車や消防車から一人も隊員がビル内に入って来なかったのも、エントランスにいた僕達が外に出れなかったのも、隔離などではなく、楊によって結界と幻影が張られていたからだったのだろう。
楊は幻のビルと言う名の養生シートを、この僕が気が付かない程見事な状態で現場に張り巡らしていたのだ。
敵がなした襲撃の傷跡も、ビル中に散って回収が面倒そうなヒルの大群にも、幻のビルを消し去るときに一緒に消えてなくなり、その上、敵を倒せなくとも閉じ込めることはできる、という計画だったのである。
葉子の家で楊が長谷を自分の影武者にしたてていた事を考えると、この計画は楊一人の物では無いのだろうが、僕は自虐的とまで言える楊の警官魂に感動するしかなかった。
「さすがだね。でも、いいの?かわちゃん。全部そっちに持って行って。」
「何が?化け物なんでしょう。化け物の世界に送って何処が悪いよ。」
何事も無い顔で僕に振り向いた楊に、僕が少々の不安を覚えたのも仕方が無い。
数か月前の彼は一般人でしかなかったのだから、呪いも術も獣道だって、実は本質を知りもしないのでは無いのかと気が付いたからだ。
大体、今の彼の力は彼が元々持っていたと言っても、彼の前世の父親である長谷に取り上げられて封印されてきたものである。
長谷は嘘つきのろくでなしでは無かったのか。
僕は楊の弟分として、大事な兄にとっては想定済みの余計なお世話だろうと自分に言い聞かせながら、自分の不安を楊にぶつけていた。
「えっと、ええとね。そっちの世界って言っても、あの、かわちゃんが作ったもう一つの世界って、かわちゃん自身の獣道でしょう。かわちゃんがずっと抱え込んじゃうことになるんだけど、いいの?獣道使う度に、あの化け物とエンカウントだよ。」
楊は僕から目を逸らしてぐるりと周囲を見回すと、再び僕に顔を戻した。
なんだか人形のような無表情である。
「かわちゃん?あの、やっぱり知らなかった?」
楊は数歩後ずさると、そのままドスンと両膝を床に打ち付けた。
「うそぉ。俺はまたあの糞親父に騙された?」
僕は楊の哀れさに、長谷と一度話し合わなければいけない面倒が出来たと大きく溜息をついた。




