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家族

 村上遼太は物心がつく頃には施設に預けられていたのだが、成長した彼が漏れ聞いた所では、里子に出されたが里親の早すぎる死により養育する者がいなくなったからということらしい。

 しかし彼はそこでの職員達に大事に育て上げられた事でその人生も受け入れていたし、自分自身の持つ障害にも何とか折り合いもつけていたのである。


 谷矢部たにやべ良太りょうたに会うまでは。


 大学生の谷矢部は村上が働くショップのアルバイトに応募してきて雇われたのだが、同じ読みの名前であるという事だけでなく、二人の風貌が似ていると二人はからかわれるようにもなった。

 家族がいない村上はそのからかいが嬉しくもあったのだが、家族のある谷矢部は全く違っていた。

 こんな風貌の男を兄だと揶揄われる事は侮辱でしかないと言い捨て、彼は仕事を辞めたのである。


 村上の風貌は特段におかしいなどというものではない。

 強いてあげれば、少々鼻の付け根と額が平らであると言う所と、白目が青みがかっているということであろうか。

 実際にその容貌でからかいなど受けたことは無く、村上の抱えている傷害は、左耳の軟骨が潰れて難聴であるという点だけなのだ。

 もっと村上の体についていえば、彼は骨軟骨先天性形成異常であり、難聴もその体質によって引き起こされた障害である。


 谷矢部の心無い罵倒にスタッフ仲間は村上を慰め「気にするな」と声をかけて来たのだが、村上だけは谷矢部が叫んだ「兄」という単語の響きがなぜか忘れられず、ある日、谷矢部の自宅住所にまで足を運んでしまったのが失敗であった。

 金があるどころか近隣の家々の中でも特に警備も厳しそうな大きな家に村上は圧倒され、茫然と谷矢部家から立ち去ろうとしたその時に、彼はある男性にぶつかられてしまったのである。


 男は外国旅行帰りだったのか、「りょうた」と呼びかけるや大きな旅行カバンを村上の膝裏をぶつけてきたのである。

 当り前だが村上は道路に大きく転がり、しかしそんな彼に鞄をぶつけた男は手を貸すどころか村上を見るや、紛らわしい事をしたお前が悪いと叫んだのである。


 村上の膝の骨は完全に砕けてしまい、倒れこんだまま起き上がれ無くなった彼は痛みに叫び声をあげる事しか出来なかった。


 よって、自分を転がせた男が近づいて来た時、彼が男の裾を掴んだのはただ単に助けを乞うだけのつもりしかなく、その男を害するなどという意識の一欠けらも無かったのだが、彼はその男に顔面を蹴り上げられたのである。


 そこで村上は完全に暗転だ。


 しかし、真っ暗な闇の中でも、彼の機能していた右耳は音を捉えていた。


「遺体の処理はお前の実家が出来るだろう。」


「ごめんね。りょうた。かわいそうに。あぁ、かわいそうに。」


「そっくりだったんだよ、後ろ姿がりょうたに。こんなにもろい人間がいるとは思わないだろう。こいつはお前の子なのか。」


「あぁ、そうよ。あぁ、ごめんなさいね、りょうた。でも、どうして今更。」


 落下させられた彼の肉体はずぶりと生暖かい何かに包まれた。

 それ以後は夢のような幻影の中にいるような記憶しかなく、その夢の中のような感覚が消えたと目覚めたのが、遺体安置所のステンレスの台の上であった。

 完全に目が覚めた自分の体には内臓もなく、だが痛みもなく、ただ、体がとても重くなっていた。

 たぷんと、彼の回想に呼応するように、彼の胎内で彼を励ますように彼を動かし続けるものが蠢いた。


「さぁ、いこうか。とうさんとかあさんを取り込もう。僕達は家族になる。」


 裏門のとなる木戸に村上が手を当てると、それはじわっと湯気が立ち上り、しゅうっと木が縮んだからかガチャリと音を立てて鍵部が破壊された。

 きぃっと開いた木戸を村上は潜り抜け、彼は「ただいま」と言って靴を脱いだ。

 裸足の足はところどころの皮膚が捲れて体液がにじみ出しており、その足で一歩踏み出せば、彼の足と接した土がじゅうっと音と立てるだけでなく、白い煙をたなびかせた。


 のそのそと歩く彼を追うように白い煙がシュウシュウと吹き出していき、彼が手をかけた木戸などは破裂音と共に燃えて砕け散った。


 さらに、その破裂音に呼応するように、彼の足跡を示す白い煙の根本も次々と炎を弾けさせては消えていく。


 しかし、弾けた火種は庭木へと飛び移り、付着したそこから小さな炎を次々と生み出して、生み出した先から弾けて広がっていくのだ。


 村上は庭を炎の海に変えながら、ウッドデッキに上り、室内に入るべく窓ガラスに両手を当てた。

 彼の炎を導く体液はガラスのサッシの隙間さえも通り抜け室内に入り込み、そこをも火を呼び込んで窓枠を熱で緩め、数秒もしないで彼の手を当てているガラスは室内へと倒れこんだ。


 大きくガラスが砕ける音は、まるで村上の膝を壊して、彼の人生をお終いにした骨の砕ける音にも似ていると彼はふと思い、そして、自分の炎が自分を捨てた両親の家も財産も肉体さえも焼くのだと思い当たり、彼の口元は数年ぶりに笑みを作っていた。 

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