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もう一つの前線

 戦況を有利に変えるどころか維持できるものは、有能な兵士でも武器でもなく、情報と金だけである。

 情報でうまく立ち回り、金さえあれば兵士だろうが武器だろうが、そして、大事な情報こそ金が無ければ手に入らない。

 情報と経済を制した者が勝つというのであれば、俺は勝ったも同然だと副官に嘯くと、彼は片眉をちょこっとあげて、俺に彼が思うという事を素直に告げた。


「やりすぎです。」


「そうかな。」


「そうですよ。かわさんはまだ起き上がれないようですよ。」


「あれは起き上がりたくないが正しい。学校に行きたくなくなった小学生と同じですよ。」


「ひどいですね。足の傷がかなり深かったと聞いていますよ。」


「そこも大丈夫ですよ。そのうちに身代わりの術という外道な術をクロが使うでしょう。誰を身代わりにするか知りませんけれども。」


「おや、それでは候補者を用意しておきましょうか。」


「怖い怖い。怖いあなたの方がやりすぎですよ。」


「あら。僕は妻と娘と触れ合えない一か月でしたからねぇ。」


 楊が家を襲われたのはひと月も前の話だが、その事件が今も続いていたのである。

 実行犯の所属するセミナー関係者は髙達公安がことごとく確保したのであるが、その逮捕劇も情報も出来すぎていると髙達は感じていたらしく、俺は設楽季家と山の面倒でただでさえ忙しいというのに、公安達に囲まれて、警察官でもない俺が案件の情報とやらを読まされて考えさせられて、そして今も付き合わされているとそういうわけだ。


 よく考えれば設楽季による楊への襲撃に対する彼らの動きであるのだから、真っ只中の俺が情報を貰えて喜ぶべきなのであろうが、面倒臭いの方が俺には強い。

 大体一般人の俺に、白波周吉が人型生物は引き取ってくれたがヒルのような軟体生物は対象外と引き取ってくれなかったと、どうしようと、相談されても困る事この上ないではないか。


 実を言うとヒルでしかないのであれば、通常のヒルと同じ方法で殺すことはできるのある。

 しかし、見た目がヒルでない化け物であるからか、初めて目にした者は大体にしてパニックに陥る。

 髙達でさえ、殺し方がわからないからと俺に伺いを立てたのだ。


 髙は俺のお陰で対処法がわかったと俺を尊敬しているようだが、実を言うと、それはただの偶然の産物である。


 我が家に押しかけた髙達公安にダンボール箱を差し出され、開口一番に経をあげて中身の生物を滅ぼしてくれと言われたのだ。

 ダンボールの中を覗いて見れば、中にはポリ容器が納まっており、そのポリ容器にぎっしりと赤ん坊のような形の肉塊状のものが詰まっていたという時点で、俺は普通に途方に暮れたのである。


 しかし、俺への期待は大きかった。


 なぜか俺には何かできると思い込んでいるらしき髙以下の公安の面々の期待に溢れた視線にいたたまれなくなった俺は、とりあえずそれらしく見せねばと考え立ち、塩ならば魔を払うはずだと適当にかけただけの話だ。


 そしてこのことで勝手に感銘を受けた風の髙が俺こそこの計画の要のように持て囃すが、対処法がわかったからと俺が髙にした提案に誰よりも喜んで、敵とやらがそれを武器として使いたくなるような情報まで品書きに付けたのは髙である。



 ヒルの様に人の血を吸いつくす化け物であり、引きはがした後に手当てをしなければヒルに噛まれた時と同様に血が数時間止まらず、さらに、普通のヒルと違って吸い付いた相手の傷口に流し込む消化液が強力ですので、襲われた人間は流れる血の量が大量どころか肉体が破壊されて再起不能となりますでしょう、と。



 なぜこんなことをしたのかと言えば、何をしても楊が襲われるのであれば、俺達が対処の出来るわかりやすいもので襲って欲しいというだけの話である。


「相手がかわさんだけではなくて、白波の若社長まで襲うとは思いませんでしたけどね。」


「そうかな。白波の馬鹿社長への襲撃は、あそこを麻薬製造会社に仕立てた上で、婚約者を寝取られた刑事が特攻して華々しく爆発でお終いって筋書きだったのではないかな。警察病院であのヒルから作られたとみられる合成麻薬を楊に打って、適当な時に適当な場所に転がせたら、奴は妄想狂の連続放火の大量殺人犯だ。」


「そしてかわさんは、ヒルになど噛まれてもおらず、実は合成麻薬のただの中毒患者だった悪徳警官でしたってね。設楽季ふきの相続人からも外すことが出来る。」


「それで、髙さん。セミナー主催者の足取りはつかめましたか?」


「残念ながら。ただし、五月女からの情報では、新種の合成麻薬の捜査上に挙がっていた人物でもあるそうです。この男、村上むらかみ遼太りょうたですが、本当に見覚えがないのですか?」


 髙が俺に差し出した写真に写る男は、ソバージュとまではいかないがウェーブのある髪をおかっぱの様に顎の線まで伸ばしており、長身だが細すぎて貧相に見える体型の、見たところ三十代前半らしき若い男であった。

 顔付が夢見がちに見えるのは、目元がうつろなせいであろうが、それがクスリの常用者であるからかただの寝不足であるのかわからないが、取りあえず俺が知っている男ではないと髙に写真を突き返した。


「何度も言うが俺に見覚えがあるはずが無いし、俺が知りたいのはあなたが教えてくれないこいつの行動様式だけですよ。」


「教えたくとも教えられないのが実情でして。」


「珍しいですね、あなたがそこまで手配犯を見失うのは。」


 髙はふっと口元だけで笑い、俺にもう一つの写真を見せた。

 それは遺体写真であるが、俺の愛車どころか俺の持ち物であったコインパーキングまでも火の海にした大爆発後の現場写真であった。

 遺体は大爆発を招いた楊の家屋の破片の中に横たわっていたが、焼死体ではなく車に轢かれたばかりのヒキガエルのような生々しさであり、死体の顔は先に彼が俺に見せた村上の顔をしていた。


「遺体が消えました。死んだのが村上なのか、彼の手下なのかわからないままでしてね。遺体も盗まれたのか、自分で歩いて消えたのかも。」


「そうですか?顔なんて整形でいくらでも変えれても、自分自身など変えることなど出来ないでしょう。そこだけは無理なのですから、行動様式で何とかわかりませんか。」


「そうですか?今までだって成り代わりの人間がいくらでもいたでは無いですか。」


「そうですね。だけど、全く別の人間になろうとする事こそが変えられないそいつ自身だと思いませんか。適当な習性をでっちあげるとね、そいつがそれを信じて、そいつはその適当な習性を持った架空の人物になってしまうのですよ。」


「具体的ですね。それはどんな?」


「うん。あの長谷。時々楊に化けて悪さしているでしょう。適当に楊の嘘習性を口にすると、次はその通りに振舞うから楽しいですよ。」


「あー。もしかして、いや、まさかな。」


「どうしました?」


「いえ。松野さんの家でのかわさんが、少しかわさんらしくないかなって。」


「あぁー。あいつも男だったんだな。」


「え、ちょっと百目鬼さん!」


「まぁ、いいか。もう少しでクロが戻って来ますから、あいつを楊の元へやりましょう。次の敵の狙いはこの家ですからね。慌てる事など無いですよ。」


「はは。警察が家宅捜査中のこの家に、来ますかね。」


「家宅捜査中だからこそ、来るでしょう。証拠隠滅が出来る上に被害者になれます。」


「大事な証拠を僕が失うと思っているのですか?」


 髙のセリフに、俺は自宅の様に寛いでいた他人の家の豪勢な居間を見回した。

 そこかしこで青い服を着た鑑識が証拠だ何だと家内の物を乱雑に漁っており、それを指示しているミッドナイトブルーのスーツ姿のキャリアの男。


 ここは病院に運ばれたばかりの谷矢部警視の自宅。


 彼は十数分前に突然に腹部から血を滴らせて倒れたという事であり、髙はその報を聞くや鑑識を伴って家屋内に突撃した。

 俺は夫の不可思議な症状に脅えた谷矢部の妻に呼ばれ、警察が騒めく現場に参上してしまっただけの話である。


 谷矢部の妻も谷矢部に長年にわたってモラハラや経済的DV、さらには肉体的なDVまでも受けていた。

 この家の菩提寺が俺の宗派と同じであることを利用して入り込んだ俺がそんな事実を知るのは簡単な事であり、さらに言えば、虐げられていた彼女の相談役に納まるなど簡単な事だ。


「奥様は奥の部屋で何をされているのですか?」


「あぁ。夫が動けないうちに逃げ出す準備ですよ。これからこの家は燃えますから、家財道具を持って逃げ出すなら今でしょう。持ち出した宝石や絵画が偽物だと保険屋に知られた後が怖いですけどね。谷矢部は保険金の詐称もついでにするつもりか、あるいは、妻の物を勝手に換金した事を隠すつもりだったのでしょうかねぇ。」


「はははは。百目鬼さん。あなたはやりすぎですよ。」


「おや。あなたの情報があってこそでしょう。」

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