君は王様になって
わお!驚いた。
久美の父親、周吉の長男大司の現在の妻が久美の元恋人だったとは。
おまけに、彼の年の離れた生意気な妹が彼の娘だというのである。
「恋人を取られちゃったのか。」
「ちげえよ。一夜の過ちらね。だけんどさ、留学中に結婚しました赤ちゃんが生まれます葉書を親父から貰うのは精神に来るぞ。親父の隣が俺と同い年の俺の初めての相手だったりするとな。」
「うわあ。」
久美には可哀想だが、大司はモテるからそれは仕方が無いかもしれない。
大司は車を改造する事だけに心血を注いでおり、女性どころか家族にそれ程興味を持たないのだが、なぜか女性には持て囃され、離婚と再婚を繰り返している男でもあるのだ。
彼には久美のほかに伊予という18歳の弟もいるが、あちらは離婚時に母方に引き取られてそのままだと、僕は八歳の矢那に教えられたとも思い出した。
「あたくしが親族をそのままにしておくはずはないでしょう。小学生になってから会いに行ってまいりましたの。クミちゃんほどインパクトが無くて少々がっかりなんて、実の兄に言うものでは無いでしょうけど。まぁ、普通の気立ての良い若者でしたから、本当は喜ぶべきなのでしょうね。」
彼女は偉そうに鼻を鳴らし、肩くらいのサラサラで真っ直ぐな黒髪をサラリと片手で跳ねのけた。
それから僕を大きな二重の瞳で蛇のようにねめつけたのだ。
武本家の当主のくせに記憶喪失を言い訳に自分から武本の親族に近づかなかった事を僕は彼女に揶揄されたのであり、「薄情な人間」と改めて彼女に突き付けられたのである。
だけど、僕の記憶喪失中に生まれたがために僕から存在を隠されていたという過去は、誇り高い彼女にとって許さざるものとも僕は気が付き、僕は彼女に頭を下げるまでしたのだ。
「ごめんね。矢那ちゃん。僕のせいできっと君には面倒をかけていたよね。」
「あら、あたくしの言いたいことをわかってくださった?あたくしに感謝をするのならば、今後はあたくしに面倒をかけないでねってことですの。」
「ご、ごごごご、ごめんなさい。」
「まぁ、おきれいだけど庶民的なあなたでは、トラブルを呼ぶだけで跳ねのけるなんて芸当が出来るわけありませんものね。仕方がありませんわ。」
あの何でも知っているような中年のやり手婆のような八歳児は、白波の女性が持つ完璧な美しさを備えているからか、傲慢でとってもイヤナ子でもある。
「――わかった。で、矢那は憎たらしいから置いておいて、梨々子には何て伝えるの。単なる遊びだったのだとしたら、僕は君に一生の罰を与える準備があるよ。」
僕は久美の背中からぐいっと引っ張って引きはがされ、気が付けばその動作をしながら立ち上がっていた久美の腕の中にいた。
僕を見下ろす長身の男は、白波独特の一重だがアーモンド型の大きな瞳を輝かせている。
白波独特の公家顔と分類されるだろう整った顔立ちを今は歪めて面倒そうな表情を作っているあたり、白波家にはない自己犠牲をこれから発揮しようとしているようだと僕は理解した。
「本気で死にたいなら放って置くけどね、梨々子の事だけははっきりしてくれないかな。」
むっとして頬を膨らませた久美は、僕をぐいっと彼の顔の位置まで持ち上げて、彼が今まで僕に内緒にしていた秘密だと彼が思っている事を僕に囁いた。
「俺はねぇ、偽物の跡継ぎなんらて。」
僕は自分の前髪が跳ね上がるくらい、長々と大きく溜息を吐き出した。
「想像妊娠でしかなく、子供がいないことが耐えられないからと寧々さんの双子の一人を奪った大司の最初の妻。それが何か?白波の神様が女神という事はね、長女の寧々さんこそ跡継ぎでしょう。それを知っているから寧々さんは長男の麻友を諏訪神社にお宮参りさせて白波から外したんじゃない。あの人、本気で白波が嫌いだから。次の子供達である由貴と君のどちらかが白波の跡継ぎになるのは、君達が生まれた時点での白波での決定事項なんだから、黙って生き延びて、ケツアルカルトルになる夢も捨てて、白波の次の王様になってよ。」
僕の脇の下を掴んでいた手はぱっと離され、僕はすとんと床に落とされた。
久美は楊がよくやるような眉間が陥没するくらいに眉根を潜め、僕を見下ろして凝視している。
「弟の、大司の本当の息子の伊予こそ、白波の正当な跡継ぎではなく?」
「白波は毒蛇でしょう。親兄弟の順など関係あるの?それに、金勘定の出来ない間抜けでは、絶対に白波の王様になりえない。良純さんが言っていた。白波の蛇は水神じゃないって。とぐろを巻いて金を守る金運の方だろうって。」
久美は今度こそ周囲の誰もが唖然とするほどの大声で笑い声を立て、散々に笑い飛ばした後、僕に向かって右手の人差し指を一本だけ立てた。
「一つだけ?って、何?」
「俺がケツアルカルトルになる夢って、何?」
「良純さんがね、白い蛇が翼を持ったらケツアルカルトルになるだろうって。クミちゃん達が飛行機が大好きなのは、ケツアルカルトルに変化するつもりなんだろうって。」
「ハハっ、あの坊主は。」
「ねぇ、そんなことはいいから、梨々子は?」
久美は自分の口元に右手を持ってくると、すっと人差し指を立てた。
「教えない。今口にしたらフラグが立っちゃうらっけに。俺は白波の王になるんだろ。生き延びなきゃねぇ、毒蛇にでも身を落としてでもね。いや、ケツアルカルトルになる夢を達成しなけりゃ俺じゃないかもね。」
僕の目の前で王様になる決意を新たにした今回の本当の的は、襲われた仕返しを最大にするべく、一階に併設されている店舗から純度の高い酒類の一切合切を部下に持ってこさせた。
「おーい。裕也。これから反撃ののろしをあげるっけ、お前も手伝え。」
長柄の警備隊の中にいた裕也は立ち上がると、僕達の方へと歩いてきた。
「火なんて使って、閉じ込められた僕達の逃げ場はどうなるの。」
「もう、そういうのも一緒に考えましょうってことらねっかね。裕也って、変な所で細かいよね。」
「うるさいよ。友人を警察に売る適当な人に言われたくないね。」
「オコジョに唆されたからって、一般社員もいるビルに武装して殴りこむ警備会社社長に言われたくないれ。そんなんらっけ、俺とユキちゃんはお前の将来を案じてだな。」
「警察に嘘情報を流して将来を潰したと?」
「いやーん。単なる試練られ。」
僕は裕也と久美の掛け合いを眺めながら、ここはもう大丈夫だろうと、戦線を離脱することにした。
僕が任された戦場はまだ他にもあるのだ。




