敗残兵
僕の用意したパーティ会場は傷病者専用赤十字テントと化している。
笑えることだが、こんな状態で怪我人もいるのに、白波ビルの前には消防車と救急車がエントランスを封鎖するように駐車しているのだ。
つまり、僕達を外に出さない勢いで隔離しているのである。
白波ビルを襲った化け物はヒルのような寄生虫の類、とまでわかったころは良かったが、突き詰めたら人の体内に潜り込んで人の内部に巣くい、血を吸いながら成長し、適当になると寄生した人の皮を破って外に溢れ出してのこの惨劇を引き起こしたのだと知られれば、体内に寄生虫を飼っていると思われた僕達が外に出られないのは当たり前であろう。
僕はいち早く良純和尚に事の顛末を伝えたが、彼は僕がどうして白波ビルにいるのかまで聞き出すと、しばらくそこで頭を冷やせとまで突き放したのである。
「まったく。僕が良純さんに呆れられたのは、クミちゃんのせいなんだからね。わかっているの?」
本名は久美と書いてヒサヨシと読むのに、白波家では「クミちゃん」としか呼ばれない若社長は、僕をチラリと見ただけで、部下やその他の巻き込まれた人々の介助に戻ってしまった。
日頃破天荒な振る舞いをしておきながら、いざという時はこの上ない常識人に戻るのは卑怯では無いだろうか。
僕は梨々子に手を出して弄んだ男に一矢報いるつもりで攻め込んだというのに、僕に追従した裕也や常識人の若尾までどころか、僕に従った長柄警備のブルーローズ隊に僕が呆れられて見捨てられそうな雰囲気なのである。
「俺は今度ブルーローズに敵対する帝国側でゲームをすることにするよ。」
「いいね。俺も新キャラの帝国将校のアリアナちゃんが可愛くてねぇ。」
「あの子はいいよね。」
などなどと、そこいら中から裏切りの呟きさえも聞こえる程だ。
僕は大きく鼻を鳴らすと、適当なソファにどっかりと座り込んだ。
そこから何気なく久美の様子を眺めるに、彼は手馴れた風に次から次へと怪我をした者にトラネキサム酸を手渡し、止血の処置をしていっていた。
処置を知っている事と、その手馴れた行動に彼があれらを知っていたのは確かであり、それならばなぜにあんなにも「塩水」を思いつかなかったのは不思議だと違和感さえ感じてしまっていた。
「クミちゃんは手馴れているね。」
「うん。田んぼに落ちたオコジョからヒルを剥がす羽目になったからね。あの日以来、俺はヒルには詳しいよ。こんなヒルは初めてらっけ、驚いているけどね。」
「僕が田んぼに落ちたんじゃなくて、クミちゃんが落としたんじゃない。」
「はは。犬のうんち踏むぞって叫んだら、ぽろってあぜ道から田んぼに落ちたのはお前でしょ。」
僕は久美に突き落とされた気がしていたのだが、僕の脳みそは記憶を勝手に改竄していたのか?いや、確かに落とされた気がする。
もしかして、あれは久美でさえなかった?
僕は腕を組んでうーんと考え込み、考え込むいつものことで顔を上に向けた。
天井には黒いヒルが何匹も貼り付いており、僕は外に消防車が待ち構えている本当の理由を理解したのである。
僕は立ち上がると久美の元へと向かい、横になっている重傷者の包帯を替えるためにかしゃがみ込んでいる彼の背中にぺとりと貼り付いた。
久美は僕の行為に少々疲れているような声をあげて笑い、僕はふざけているように周りに見えればいいと思いながら、久美の耳元に自分が思うこれから起きうる事を囁いたのである。
僕達は焼き殺されるかもしれないよ、と。
「誰に。」
「計画した人に。そして、かわちゃんの仕業にされる。」
「どうして。」
「だって、クミちゃんはかわちゃんの大事な梨々子を傷つけたじゃない。」
「ははは。俺のせいか。あと数時間以内に彼に輸血できなければ、彼は失血死してしまうというのに。くだらない馬鹿がこの状況を作っているのか。」
僕は久美に手当てをされていた青年を久美の背中から見下ろし、そこで、本当に周囲に知られてはいけないこれからの自分の行為についての方向性を決めるためにと、彼に囁き声で質問をぶつけていたのである。
「クミちゃん。クミちゃんは最近誰に恨まれている?また人妻に手を出したり、した?」
「あ。」
生まれてすぐに母親に捨てられたと考えているからか、彼は人妻というジャンルに弱い。
そこに彼好みのモデル系の美女などと言ったら、彼には獲物にしか見えないだろう。
先日は水野の兄の妻を誑し込み、しかし、彼女の方が久美よりも悪どかったからか、久美との逢瀬で離婚する羽目になったからと、自分が離婚される事になった慰謝料と、逢瀬の結果でできた子供への養育費を寄こせと要求し、久美がそれらを一括で奪い取られたという顛末がある。
しかし純子に白波の血の波動など一切見えない事から、その相手は後程痛い目に遭っただろう事は想像に難くなく、痛い目を完全に実行しきる為に騙されたまま養育費を払い続ける元夫である水野直樹を巻き込んで助けるまでもしたのであろう。
金に汚い人間への罰は、金が一切手に入らなくなる事であるからだ。
「純子のママは事故で死んだから違う。じゃあ、誰なの?」
久美は大きく溜息をつくと、彼の背中にいる僕の耳にだけ聞こえる様に囁いた。
「お前は知らない人。警察庁の偉いさんの息子のお嫁さん。」
「その偉い人の顔写真は持っている?」
彼は面倒そうにスマートフォンの画像を僕に見せ、その上で僕に僕の知りたい男の名前を囁いたのである。
「谷矢部幹。息子に貸したお気に入りのアウディが破壊され、その上、息子の嫁に反旗を翻されたと恨んでいる。」
「ありがとう。もう彼は大丈夫だね。休養と点滴に、うん、やっぱり輸血も出来たら必要かもだけど、もう止まらない血に心配する事は無いはず。あとは死ぬほどの重症者はいないから、パーティの続きを、する?天井のヒルが落ちてくる前にどうにかしないと。」
久美は僕の言葉に死にかけていた部下の脈や傷跡を調べ、脈はまだ弱々しくとも傷跡が一切残っていないことに小さく感嘆の声をあげた。
しばしのち、背中は声を出さないが発作のように起きている笑いによって震えたが、久美は笑い治めると天井を見上げて、僕に頼みがある、とぽつりと言った。
「何?」
「うん?単なる遺言。俺の個人財産は俺の子供達に遺贈しますって奴。」
「梨々子のお腹の中の子供は一人だよ。鼓動は一人しか聞こえない。」
「俺の妹。八歳の矢那は、俺がいたいけな子供だった時代の間違いを犯した結果の子供なの。まあね、妊娠したのをいいことに、親父まで篭絡するとは思わなかったけどさ。」




