戦場突入
人で作る守備隊など、僕がその気になればただのデコイと言ってもよい。
ただし、殴り込みとして進撃するのであれば誰もが理解できる形をとるべきであり、僕は自分の人外の能力は一先ず抑えて、その代わりに武本側の軍勢を引き連れて白波方の従兄の城を強襲しているのである。
「クロちゃん。白波の東京支社で暴れてもいいって言うけれど、本当に徹底的に暴れていいの?あっちもノリノリなのはわかるけどね、いいの?今日は平日で、十七時過ぎだと言っても、まだ何も知らない社員さんもいるじゃない。」
武本物産の親族会社である長柄運送が興した警備会社の社長が、僕に何度目かの同じ質問をぶつけて来た。
博多人形のような顔立ちの長柄裕也が僕に何度も同じことを尋ねてくることにも、尋ねながらもにやにやと嬉しそうな顔を隠せない事にもイラついて来ていた。僕は良純和尚よりも堪え性が無い時がある。
「いいの。裕也君だってノリノリでしょう。あいつに拘置所送りにされた仕返しを、今しなくてどうするの!さぁ、一般社員さんには面倒をかけずに、あの白波の若蛇軍勢だけを痛めつけて頂戴。そこの角に二匹いるよ!」
僕は水色に輝くワンピースの裾を大きく閃かせるようにして、十メートル先の廊下の角に控えて僕達にエアガンを向ける白波警備の男を指さした。
銀髪のカツラを被った僕は裕也の出資しているゲーム会社が出しているゲームの人気キャラクターそっくりであり、この姿ならば裕也どころか裕也の友人でもある部下達さえも意のままに操ることができるのだ。
まぁ、本気で警察が来たら「これは訓練ではない、ただのお遊びです。」というゲームのセリフを唱えて逃げるつもりであるが。
「リーチが長いアサルトライフルだよ!」
「わお!若尾、姫のそばから離れずにけん制して。僕と今林がそこにつっこむ。」
「はい。ブルーローズ様は私の後ろに!」
商社の五階廊下はタタタタタタとエアガンの軽い銃撃の音が鳴り響き、その銃弾が飛び交う中、裕也と今林二人が廊下の角へと傭兵さながら飛び込んでいった。
長柄警備の裕也親衛隊ともいえるブルーローズ隊は、アメリカまで研修と言う名で飛んで、元海兵隊員の軍曹に訓練してもらったという馬鹿者達なのだ。
ぶわん。
大きな音は白蛇が仕掛けていただろうなんちゃってトラップであろう。
だが、仕掛に使われていた音響爆弾は白波警備の本格的なものだったと、床に転んだ今林が証明していた。
「あいつら、なんて悪どいんだ。」
「いや、姫だって。十階の社長室に行くためにって、次々と私達兵士を散らせているじゃないですか。」
「うるっさーい。僕が行くというのならば、道を開くのが兵士でしょう。さぁ、行きますよ。今泉の武勲と殉死を讃えながら先を進みます!」
「姫!たった今のは今林で、彼は死んでいません!」
「おだまりなさい!彼はこのゲームから撤退ですから、殉死と一緒です。」
僕は若尾を叱りつけながら、今林が倒れたその先で白波警備二人を倒している裕也に目を向けた。
彼は僕に向かって右手の親指を立て、その親指を非常階段のドアへと示した。
「平気。このままエレベーターに乗って社長室の階まで行きます。エレベーターを停止させれば本物の消防が動きます。それではあとで祖父に叱られますから彼はやりません。」
「ですが、姫!エレベーターが開いたら一斉射撃の的ですよ。」
「そのためにあなたを残していたのではないですか!」
「えぇ!」
僕は僕に茫然としている若尾という強面の大男と、呆けた顔で僕を見ている裕也の脇を通り抜けると、転がったまま律義に死んだふりをしている今林と白波警備の社員二人に姫らしく命令を下した。
「敗残者は一階ロビーにしつらえたテントに向かいなさい。我が武本物産と提携している花房フードが揃えたパーティ会場があります。本日はお疲れさまでした!」
彼らは訓練を受けていた警備員とは思えない獣のような声をあげると、仲良く三人で非常階段へと踊り込んでそのまま階段を駆け下りて行った。
彼等が飛び込んだ非常階段では彼ら以外の嬌声が騒ぎ立ち、大勢の足音が階下へと駆け降りていく音が響いた。
「裕也君。君は階段を使って僕達が上がるエレベータホールを掃討して。完全でなくていい。あとは若尾さんがやってくれるでしょう。ドアが開いた途端に撃ちまくれば、こっちの方が有利でしょう。」
「イエッサー。」
裕也は僕に敬礼をすると、先程の三人が消えた非常階段のドアに消えた。
「さぁ、行きますよ。正義は我にあり。」
「姫、どんな正義なんですか?」
「普通に僕の友人を泣かせた従兄への殴り込みです。」
「あの、普通にこんにちわってドアを叩いて叱りつける、は無いのですか?」
「若尾さん。あなたは白波をわかっていない。普通にこんにちはって尋ねれば、奴は叱責が嫌だと逃げてしまいますが、こんなお遊びの状況を作られれば絶対に逃げることはありません。これで僕は彼の頬を張り飛ばせるのです。」
「張り飛ばすのですか?あの、どうやって。」
若尾は僕の非力を知ってるからか、白波酒造の跡継ぎで現在は東京支社の支社長として君臨している男を殴る役目を自分が背負いそうだと考えたのか、脅えた目線を僕に投げかけている。
「大丈夫です。あなたとはエレベーターホールでお別れです。エレベーターホールで職務を全うしたら、心置きなく下のパーティに参加してください。」
僕達はエレベーターに乗り込み、数分しないでそのエレベーターは社長室のある階に辿り着き、僕は死角となる隅に身を潜めた。
「姫、ドアが開いたら五秒は耐えて下さい。」
「若尾さん。ありがとう。」
しかし、エレベーターホールに一斉射撃の為に身をかがめていた若尾は、エレベーターホールが開くや否や、撃つこともなく持っていたエアガンから手を滑らせた。
「どうしたの?」
若尾は僕に答えるどころか、エアガンの代りに胸のあたりに装着していたナイフのホルダーから本物のアーミナイフを取り出したのである。
そうして単身にて、エレベーターホールへと飛び込んだのだ。
ドアを閉める「閉」のボタンと階下へとおりるボタンを押してから、という早業まで僕の目に見せつけて、だ。
「いけない!」
僕は閉まったエレベータの操作盤に慌てて貼り付き、全てのボタンを押せるだけ押した。
二階だけ下に降りただけでだったが、エレベーターから出ることが出来た僕はそのままその階のエレベーターホールへと飛び出した。
そして同じ場所にあるはずの非常階段へ飛び込むと、自分なりだが全速力で階段をかけ上がっていた。
「裕也君!若尾さん!」
非常階段の重いドアを開けて若尾が飛び込んだ社長室階のエレベーターホールへと駆け付けてみれば、そこは赤ん坊の姿をした大きな軟体動物の大宴会場である。
白波の警備の制服を着た男達が赤ん坊の様な赤黒い軟体生物に脅えながら、エレベーターホールにあっただろうソファなどをバリケードにしていた。
彼等に飛び掛かろうとぴょんぴょんと跳ね上がるそれらを、彼等は手に持つエアガンで次から次へと撃ち払っているのである。
「あ、裕也君。若尾さん!」
若尾は背中に裕也を庇いながら、やはり飛び掛かる何かを切りはらうが、切り払われたそれは動きを止めるどころか、形を人型から変形して別の何かに変化するだけだ。
僕は楊を襲った何かが何だったのか、ようやくだが理解したのである。
「塩!とにかく塩!聞こえるか!ひさよし!塩水を持ってこい!こいつらはただのヒルの一種だよ!こいつらはデカいだけだよ!」
誰が見つけてばらまいたのかはどうでも良い。
若尾や裕也に恐怖を振りまいているだけでなく、社長室の久美でさえ部下の盾となって応戦しているだろうこれは、祖父の作った檻にいたあのヤツメウナギと同じぐらいの古い生き物でしかないのである。
「ちょっと!早く動いてよ!塩水を持ってくるだけでしょう!このノロマ!」




