嘘つき野郎二
「あの、長谷さん。ペットは自分で選んで育てるから可愛いのでしょう。押し付けられて、育てているうちに情は湧くでしょうが、それでは自分で選ぶという、ペットを飼う本当の醍醐味を知らないままだとは思いませんか?」
長谷は鳥を可愛がる手を止めると、青天目をじっと見つめてきた。
それは青天目が居心地の悪くなるどころか、機嫌を損ねた彼から酷い報復を受けるかもしれないという脅えまでも誘発する目線である。
小心者だと青天目は自分自身を理解している上、長谷から与えられた事務所兼住宅のこの一室や、彼を待って駐車場で白く輝くベンツのGクラスに考えが及び、彼は小物らしく長谷に頭を下げることに決めた。
何しろ、クローゼットの中の服も小物も、自分で選んだものではなく勝手に用意されていたものでもあるのだが、青天目自身が欲しいが買えないと考えていたブランドもいくつかあるという、まるで青天目が自分で選んだかと錯覚するほどに青天目の趣味の物ばかりなのである。
何だかんだと愚痴を言ってみても、青天目は今の暮らしを愛してもいるし、己が物欲に弱い人間だという事実を熟知もしているのだ。
「あの。」
「困ったな。」
「え、どうされました。……あ。」
ここで青天目は自分の本当の失敗に気が付いたのである。
目の前の灰色のユーモラスな鳥を長谷が楊に押し付けることを諦めれば、その鳥は青天目が受け取ることになるかもしれないと。
「いや。大丈夫です。あの生き物好きの楊です。次期交通機動隊隊長と目されていた男を大コケさせて隊長の夢を捨て去らせたカラスを、怒れる機動隊員達から庇ったどころか隠して飼っていた男です。副本部長の盗まれたリクガメが行き倒れていたからと拾ったばかりか、十数万円かけて治療して葬式まで出したという阿呆です。絶対に、絶対にその子の事は気に入るはずです!それに、飼うまでの経緯がどうであれ、可愛いと思ったペットは、最期まで可愛いものです!」
言い切った青天目に長谷はにっこりと素晴らしい笑顔を見せ、青天目は自分はこの世界を魅了するような長谷の笑顔が見たいだけなのだろうかと、彼は長谷に父を求めているのではないだろうかとさえ思い始めていた。
楊に対する反発心は、親の愛を得ようとする子供の嫉妬心か、と。
「あぁ、良かったよ。青天目君が僕と同じような考えも持っていたと知って。あぁ、良かった。本当はさぁ、すっごく困っていたんだよ。この子をどうしようかなって。」
「え?」
青天目が藪蛇だったのかと内心で自分を罵っている目の前で、長谷は大きなカバンから白いふかふかのものを取り出した。
それは鞄から仰向けに取り出されながら、うにゃあと鳴いた気がした。
「それは、ぬいぐるみですよね。決して、生きている猫では無いですよね。お腹を押すと音が鳴る仕組みがあるぬいぐるみですよね。」
「うん?生きている猫。可愛いでしょう。本物のペルシャ猫だよ。毎日のブラッシングが大変だけど、おとなしくて飼いやすい子だよ。君にあげる。」
そう言いながらも長谷は青天目に白いフカフカを渡さずに自分で抱きしめて、うっとりとしながら白いマシュマロのような生き物を撫でている。
「え?」
「困っちゃってさ。いつのまにか僕の鞄に入っていたの。どうしようかなって。」
「いや、返してきなさいよ。それ、他所の家の子でしょう。返してきなさい。」
「えー面倒臭い。」
「飼い主が泣くでしょう!」
「えー。飼い主が死んじゃったから、僕はイタリアに弔問に行ってきたの。そうしたら、この子が鞄に入っていたでしょう。僕に押し付けるくらいならさ、死ぬ前に飼い主ぐらい探しておいて欲しいよね。」
いつもは真っ白なスーツに金色のビーズのベストという三つ揃いの男が、真っ黒な最高級品の皮パンツにブラウン系のツィードのジャケットに鳥打帽子という姿に不可解なものを感じていたが、弔問と聞いて納得どころか一層に不可解度が増すだけであった。
「その姿で弔問、ですか?」
「お忍びだからね。」
お忍びだろうが弔問でどうして休日のイギリスの伯爵みたいな恰好をしているのだろうかと、お前が行ったのはイタリアではなかったかと、青天目の中でかなり突っ込みが沸き上がっていたが、実際に突っ込むと面倒な気がしたので軽く流すことにした。
そして、これこそ処世術なのだと、青天目は納得していない自分に言い聞かせた。
「まぁ、服装は良いですけど。それよりも、その猫。最初から俺に押し付けるつもりだったのですね。もしかして、その鳥も買ったんじゃなくて、拾った?」
「わぉ、話がわかるね。そう、拾ったの。物凄くどころか、何百羽も鳥を飼っている鳥馬鹿がいてね、この子が床に落ちていたから、いいかなって。」
「それこそ盗んだんじゃないですか!返してきなさい!」
「えぇー。大きな緑色のインコの時も大丈夫だったから、気づいていないよ、きっと。ほんとーに色々沢山いるからね。もう、本当に、鳥馬鹿。ふふ。」
「楊に盗んだ鳥を渡すつもりだったのですか?酷いじゃないですか!元の飼い主に返して来なさいってば!」
「えー、面倒くさい。それじゃあさ、鳥は君が引き取る?それで君が返して来なさいよ。僕はそんな面倒嫌だもの。」
青天目はぎゅうっと目を瞑った。
「――わかりました。その鳥の飼い主はどなたですか?」
「うん?白波の周吉さん。」
「なんでそんな大物から泥棒してんですか!あなたは生前は警視監だったのでしょう。正義はどこにいったのです!」
「正義は有料でしょう。それにね、あの人は報酬を値切るから、僕はちょっと嫌い。大体さぁ、勝手に変なもの作っておいて、警察庁に売りつけて欲しいって、何それ、でしょう。最初から買い手を見つけてから作りなさいよってね。」
青天目は実際に自分が白波酒造の会長を訪ねて鳥を返しに行くことを考え、それから盗まれた経緯を説明することを考えて、考えることを放棄することにした。
頭頂部の羽を逆立たせてきゅいっと可愛いらしく鳴く鳥は、飼い主が変わっても本人には不幸な様子が全く見えず、今は警察官でない自分なのだからと長谷の悪事に目を瞑ることにしたのである。
「それで、この子を引き取ってくれるのかな。」
「いえ、猫の方を下さい。それから、猫の名前くらいは教えてくれますよね。」
「好きな名前をつけちゃいなよ。この子はもう君の子だ。」
そうしてペルシャ猫は青天目のものとなり、その夜のニュースでイタリアの有名な音楽家の死と、遺産を相続したはずの猫の不在を写真付きで流していた。
相続人の猫の行方不明によって警察が動き、猫の飼育を任されていた女性が音楽家を殺していたことが露見したという情報と共に、である。
「あの大嘘つきが!こっちもやっぱり盗んだんじゃねぇか!」
青天目はテレビに向かって罵り声をあげたが、膝の白いぬいぐるみを優しく撫で続けていたのは言うまでもない。




