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嘘つき野郎一

「さぁ、ごはんだよ。ほら、あーん。」


 男はスプーンに盛った粟と独特の臭いのする栄養ペーストを混ぜたものを、小さくて灰色の生き物に差し出した。

 縦長の小さなテーブルの端にいたその生き物は、ひょいっと頭のてっぺんの羽を立ち上がらせると、のそのそと男の手元にまで歩いて来て、赤ん坊の様にスプーンの中の食べ物をついばみ始めたのである。

 真っ白い頭髪が年齢を窺わせるだけの二重が印象的な男は、皺も殆どないその顔の目尻に皺を寄せると、微笑みながら彼が差し出した餌をついばむ鳥の首筋を指先で撫でた。 

 嬉しそうに小首を傾げて彼を見つめる鳥は、両頬の丸い赤身は模様でしかないが、その模様のせいで撫でる男にユーモラスな笑顔で応えているように見える。


「あぁ、可愛い。鳥の飼育って、人間の赤ん坊みたいだねぇ。」


「人の家で鳥の雛を育てるのはやめていただけませんか?」


 黒いソファに座って鳥と遊ぶ依頼人に対して、部屋の主である大柄な男はため息を吐いた。

 男は自分が何を言っても目の前の軽薄な老人が聞くわけも無く、そして、自分が目の前の客人に強く言えるわけでも無い事を知っている。


 あおてんもく探偵事務所の出資者であり、目の前の白い男以外の依頼などない事務所としては、目の前の男が命綱そのものであり、どんなに揶揄われようとも耐えねばならないだろうと考えてもいるのだ。


「ねぇ、青天目なばため君、あの子はこの子に喜んでくれると思う?」


 あおてんもくではなく、白い老人が呼びかけたとおりに男の本名は青天目なばため当麻とうまと読み、ちなみに、白い老人の本名は長谷貴洋という。


 長谷は二十年以上前に寿命を全うして葬式も終わっている筈の人物であるが、なぜか普通に元気に生きており、時々実の子供達に会いに行っては「成仏しろ」と塩をかけられたりもしているらしい。

 それで寂しいからか、長谷は魅力的な笑顔を土産に青天目の事務所に依頼という名の遊びに来るのである。


 今日は大昔の往診の医者が持ち歩くようなコロンとした丸みのある大きな黒い革鞄と小型の段ボールを抱えてやってきたと思ったら、段ボールには鳥の雛が入っていた。

 長谷は驚く青天目を尻目に勝手にソファ前の小型のティーテーブルに鳥を放し、バッグをソファの足元に無造作に置くと、青天目に鳥の離乳食までも作らせたのである。


 粟玉という名の卵をまぶしてあるらしい粟と鳥専用の栄養成分が配合された粉餌を熱湯で混ぜて四十度ぐらいに冷ますだけなのであるが、青天目には、お湯で溶くだけの粥やレンジで作れるカップケーキなどを殺された息子に作ってやった事を思い出す行為でもあった。

 長谷に餌の入ったお猪口を渡す時には、青天目は涙が零れそうな気がして彼から目をそらしていた。


 だが、その時にソファの下に置きっぱなしの鞄の口が開きっぱなしであるのに気が付いたのである。

 珍しいと、その程度の事に青天目が気になったのは、カオスな行動ながら長谷は身だしなみには気を付けている人物であり、実際に彼が身に着けている洋服はスーツから小物までオーダーメイドかブランドの高級な品らしいことは貧乏性の青天目にも一目でわかる程であるのだ。


 だが、鞄を開けっぱなしというだらしない行為は、今現在の目の前で有頂天に世話をしながら自慢している鳥に夢中だからだろうと青天目は結論づけた。


 そしてこのように長谷に会う度に青天目がうんざりとしながらも彼を受け入れているのは、青天目には両親など既に亡く、妻子を失ってからは一人きりの自分にとって親族のようにも思えている部分もあるからだろうと自分自身で推測している。

 だからか、長谷が口にした「あの子」のセリフに、青天目は情けないほど腹が立ってしまったのだ。

 昔の同僚で、失態で流されたはずが出世し続けているという県警の期待の星、そこまで考えておいて青天目は完全に否定した。


 あれは期待の星ではなく、県警のマスコットなのだろうと。


 事実、長谷を若くしただけの童顔の魅力的な男は、県警の地域住民とのふれあいを目的とした様々な行事には必ず呼び出され、地域住民の黄色い悲鳴を浴びているのだ。


 ついでに、彼が「痛い」と叫んだ人間からつい手を放してしまうという性質、つまり誰も制圧できない弱点があると知った仲間達が彼を虐めていたことも思い出した。

 残念ながら青天目もそこに含まれる。

 青天目は実技訓練の時には、自分が「痛い」と叫ぶと反射的に手を緩めてしまう楊を逆に制圧して、喜んで痛めつけていたぶったのだ。


 楊は出世してもその報復など誰にもすることは無かったが、それは痛めつけた人間達に振り返る価値も無いと言っているに等しいと青天目には思えた。

 青天目の楊への反発心がいつまでも消えないのは、楊の報復がないせいなのだろうと考えてもいる。

 青天目は楊と自分を比べるたびに、自分が完全に負け組なのだと考えてしまうのである。

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