閑話休題
結局僕は髙と楊を待っていた。
楊に突き倒されて髙に抱き留められた時に、髙が見せつけられた映像が見え、そして僕を真っ暗にしていた靄の霧が晴れた。
僕は楊が対面する相手の視覚で世界を見ていたのであり、そして、世界を知らない相手にとっての映像は映像でしかなく、再生順番も間違った音声注入も、何が間違っているどころか間違っている事自体わからないというだけなのだろう。
ただし、楊についてはかなり正確に楊が脅えていると知れたので、しつこいくらいにヤツメウナギを体現していたというだけの話である。
僕は死者の国の生き物にさえからかわれ遊ばれた楊が可哀想で、御廟の建物内に設置されていたカフェレストランに彼を引き込むと、冷たいお絞りで顔を拭いてあげたり丸いテーブル一杯に甘味を並べたりと、自分にしては甲斐甲斐しく世話をしていた。
楊が田辺に貼り付いて甘えていた姿に対して、別に思う所があったわけでは無い。
人は大事な人間には優しくする、それだけなのだ。
その証明として、僕の用意した甘味が次から次へと髙と田辺に蹂躙されている事を、この僕が許しているではないか。
髙は白い大きな皿に花びらの様に盛り付けられた三色のジェラートを食べつくすと、舟形のグラスに盛られたプリンアラモードに手を伸ばした。
「あ、それは僕のものです。」
「え、玄人君はチョコレートパフェだったでしょう。」
「でも、そのプリンアラモードには、新潟の桃が乗っているじゃないですか!白波の桃缶。大人になったら二千円出して買わないと食べられない思い出の味です。」
白波家の持つ神社には桃園もあり、神社の手伝いをした幼い子供達は駄賃としてその桃園で採れた桃で作られた桃缶を貰えるのだ。
自分のおやつにするのも良いが、その桃缶を手近な白波の支店に持っていけば、桃缶は一缶五百円で引き取られ、なんと、商売棚に二千円の値がつけられて並ぶ。
つまり、幼い子供に仕入れと商品の納入を学ばせているのである。
白波家の子供達は幼い頃からそうやって金勘定をさせられているから、どいつもこいつもろくでなしなんだろう。
「お願い、髙さん!僕だけは十二歳と言わずに、十歳で桃缶中止の大人扱いをされてしまったから、それ以来なかなかその桃を食べれないの。」
「え、どうして。君は周吉さんの孫の中では特に可愛がられているじゃない。」
「ええと、武本物産に一缶千五百円で横流ししていた事がばれちゃって。」
僕の後頭部は落ち込んでいるはずの楊に叩かれた。
髙は吹き出して僕のチョコレートパフェと彼のプリンアラモードを交換してくれ、僕は席に座り直して甘味に集中することにした。
何しろ白波の経営でもあるからか、メニューで紅茶の種類は選べなくとも、使用されているのは僕のお気に入りの会社から仕入れたらしい香りのよいディンブラだったのだ。
「あぁ、ここは入った事が無かったから知らなかった。いつもは祠の団子屋さんだけだもの。あぁ、紅茶もおいしい。流石おじいちゃん。武本物産の紅茶だ。」
「ちょっと、ちび。俺は?俺の世話はどうした!」
僕は楊をちらっと見て、元気になっているようだと、安心して彼を放って置くことにした。
僕達は甘く美味しいものを食べて、傷つけられた魂の修復が必要なのだ。
「ちょっと、ちびったら。」
「いいじゃないの。煩くするならヤツメウナギの房に放り込んじゃいましょうか。」
「やめて!田辺ちゃんは酷い人!」
田辺は本気でおかしそうに笑い、それどころか、楊の左の二の腕を気安そうに軽く叩いたりもしているのだ。
楊の右側の僕は、楊の右耳を引っ張った。
「痛い!ちびは何をするの!」
「別に。この女たらしと思っただけです。」
笑い出したのは髙である。
地下のウナギ少年は、楊への殺害未遂事件の実行犯が入会していた団体を、髙を中心とした公安達が見つけ出して潰した時の副産物なのだという。
表向きは宗教団体とまではいかず、人格矯正プログラムを売りにしている自己啓発セミナーであったのだが、調べていくうちに消息不明の入会者が多い事がわかった。
そこでとりあえず団体を潰すために催眠商法による詐欺団体として摘発したのだそうだ。
団体主催者は逃げてしまって追っている最中なのだそうだが、聴取した新参の信者達が口を揃えて箱に入った白い少年を見たと言い張った。
そこで主催者が幼い少年を拘束しているのかと彼らが慌てて少年を救いにセミナー会場に戻ってみれば、なんと会場の地下にあった床下収納庫の中に、あの地下のウナギ少年が納まっていたのだという。
逃げた団体主催者は、ウナギ少年を使って入会者を操っていたのだろう。
少年によって今までの過去の出来事を改竄されることで、自分という存在が不確かになるという不安に落とされることになる。
見せつけられる映像が自分の記憶を使った第三者視点の映像なのだから猶更だ。
記憶よりも間違った映像の方を真実と思い込み、足元が揺らぐのだ。
そこを取り込まれ、終には自分の頭で何も考えない、金を運んでくるだけの奴隷へと変貌させられたのに違いないのだ。
いや、金ではなく自らの肉体を捧げる供物へか?
信者達は髙達に保護されたのだから良しとして、問題は捕まえられたウナギ少年が髙達が得意とする死人でもなく、生きているモノだ、という点だろう。
どうして人間と僕も言えないのかは、僕は彼と外見上呼ぶが、彼は僕の様にXXYというわけでもなく純粋に性染色体が壊れていて性別もなく、それどころか、成長も老化もしない存在であるようなのだ。
ゆうに百年以上は確実に生きている彼を人間と言っていいのかという問題である。
さらに彼が楊に見せつけた口が幻影でもなく本物であるならば、彼の主食はやはり生物の血液だと言える。
つまり、生態から人でないもの、としか言いようのない生物なのだ。
実際に、髙達は実験もしてみて食性についての確認はしているという。
「ちょっと待って、髙。実験って、あんたは何をしたの。」
「いえ、何も。人権がって、ちょっと煩い人物がいたので。どうしますかって、その人をあれと面会させただけですよ。見事に吸いつかれちゃって、吃驚したねぇ。」
「まぁ、それで考えを改めて、いろいろと私達に便宜を図ってくれるようになったのだからいいんじゃない。でも、吃驚よね。思いっきり血を吸われた効能なのか、腎不全が治っちゃったみたいだし。あれは本当はいい生き物なのかしら。」
「不思議だよねぇ。大昔のヒル療法も、実は有効な治療だったのかねぇ。」
僕と楊は、髙と田辺に震えて抱き合うだけだ。
この二人こそ人間じゃない。
そして、こんな牢獄を作った祖父こそ、やはり人間ではないのだろうか。




