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生理的嫌悪二

「かわちゃん、待って!」


 楊は玄人と髙に目を向けず、埃の様に燃えカスが舞い散る中を一歩一歩と、彼を冥界に誘う女性の元へと歩いて行った。

 彼女は普通の主婦の姿ではなく、炎が起こす風にあおられて髪をゆらゆらとなびかせ、淫婦のような笑みを顔に貼り付けた、本来の田辺美也子だ。

 世界を奪われ絶望しながらも、世界の淀みに魅了された魔女。


「あなたはペルセフォネそのままなのですね。冥界の王に捕らわれ、冥界のものを口にして、半分はこちら側、半分はあちら側と、ゆらゆらと行き来する人生の女。」


「あら、ペルセフォネなんて、ふふ。そんな大層なものじゃあないわ。私は知りたいだけなの。本当の不老不死が存在するのか。人はどこまで愚かなのか。あるいは、私の子供も愛した人も死ななければいけない理由があったのか。」


「あなたの家族も死人に?」


「いいえ。ただの飲酒運転の車に撥ねられただけ。その女は救命どころか逃げて、未だに捕まっていない。」


「どうして。」


「外国の人間だから。国に逃げ帰ってしまって、それでお終い。さぁ、私をこの世に戻したいのであれば、この世の素晴らしさを見せて頂戴。」


「俺はあなたの望むものを見せる事などできませんよ。昔も今もただの男ですから。」


「うふふ。嘘ばかり。」


 田辺はなまめかしく体を揺するようにしてハスキーな擦れた笑い声を立てながら、楊が通れるように身をゆっくりとかわし、楊は田辺が開けた空間へと一歩足を踏み込んだ。


 そこは目の前の奥の壁には祭壇があるという、真っ白で清潔な四角い空間。


 田辺は楊の後ろで両開きのドアを閉めた音を立ててから、楊の真正面に出てくると、大きく柏手を叩いた。

 するとがくんと四角い箱型の小部屋は振動して下降を始め、楊はこの建物の別空間に落とし込まれたという事に気が付いたのである。

 気が付いて彼は、ここに彼が連れ込まれた本当の理由に、ようやく気が付いた気がした。


「俺がターゲットか。死人を殺せる玄人を暗殺しかけた時の様に、今度はおかしな力を持った俺を殺すのか。あるいはこの世からの永久追放か。」


「……馬鹿ね。違うわ。それなら私もここに同乗するわけは無いでしょう。何度も言っているじゃない。あなたに、見せたいものがあるって。そして、あなたが、どう対処するのか見せて欲しいだけだって。」


 音は立たず、揺れもしなかったが、楊には電圧を当てられたかのような振動が体に響き、箱が目的地に到着したことは理解した。

 そして、理解したと同時に箱の壁はぱたんと展開図の様に外側に開いてそのまま消え去り、楊と田辺は倉庫のような空間に立っていた。


「ここは?」


「あなたにはどんな場所に見えるのかしら。」


「――ただの倉庫だ。それも、俺の目の前には血まみれの大男を抱きしめて泣く俺そっくりの男が座り込んでいるよ。」


「まさか。」


 コンクリートの床に殆ど血の跡などない事から、楊の目の前で嘆き悲しんでいる楊に似た男が抱きしめる青年が、ここではない別の場所で殺されたのだと理解できた。

 血塗れの青年は鳩尾から下腹部迄横斜めに切り裂かれており、傷跡から腸がだらりと下がり、死因はその傷による出血多量なのだと楊はいつしか同じ場所を左手で押さえていた。

 青年の顔は頬骨も高く彫りも深く、今では濃い顔だと言われるだけの造形だろう。

 楊はぼんやりと自分の前世の死を見つめながら、前世の死体に取りすがる楊にそっくりな男、彼の曽祖父であり前世の父親、長谷はせ貴洋たかひろの姿を眺めていた。


 自分に取りすがり、恥も外聞も無く泣きながら謝る不幸な男の姿に、喜びさえも湧き出ている己を責めようにも責めることが出来ない。


 この情景は長谷に楊の前世がいかに長谷に愛されていたかという答えであるからだ。


「……とうさん。」


「――お前は俺のせいでいつもこんな身の上だ。」


 しかし長谷の絞り出すような苦悶の声を聞いたところで、楊は疑問の方が先立ち、先ほどまでの感慨までも消え去ってしまったのである。


「いつも?」


 楊は自分が二度転生しているのは知っている。

 一度目は目の前の長谷が抱きしめている死体の相良さがら誠司せいじから、無理矢理だが、相良が殺した自分の息子の良祐りょうすけに長谷が相良の魂を入れて佐藤さとう雅敏まさとしとして生き直させられた。


 結果は二一歳での殉死だが。


 二度目が今の自分。


 長谷が自分の子孫同士を掛け合わせて自分そっくりな人間を作り出した際に、雅敏がその人間として生まれ変わったのである。

 楊がその行為を咎めた時、長谷は誠司が自分の姿になりたいと言ったから作り出したのだと嘯き、自分が誠司でもあると知らない当時の楊は、自分は望まれていなかったと傷ついたのだとも思い出していた。

 そこまで誠司を生み出すことに執着していた長谷なのだ。

 誠司こそ彼の術具で、実は人でさえ無かったのではないのかと、疑問が湧いてしまったのである。


「俺は、誠司の前にもあったのか?俺は、本当は、何者?」


 そこで目の前の情景は歪み収縮し、テレビの映像が切れる様にブチンと消えた。


 楊はいまも狭く清潔な箱の中に田辺とおり、目の前の祭壇があった所には檻の柵が下りており、中には十歳くらいの少年が柵に手をかけて楊をじっと見つめていた。

 合唱団の衣装のようにしか見えない真っ白なシャツに紺のショートパンツ姿の少年は、色が抜けて肌どころか髪の毛までも真っ白な上に瞳の色は青く水色で、けれども彫りの浅い黄色人種特有の顔立ちから彼がアルビノという遺伝病であり、青い瞳は色素が無いために光を通しすぎて殆ど像を結ばないはずだと楊は推測した。


 彼は目が見えないからこそ、人の魂の記憶を読み取ろうとするのか、とも。


「違う。同じ過去を見せつけておいて、過去の中で違和感を埋め込むんだ。そうだ、順番が違う。あいつは俺が生きているうちにあのセリフを言ったんだ。幼い俺を見捨てたからだと謝った時に。」


「楊警部?」


「田辺さん。あなたは何を見せつけられましたか?同じものでも、音声や再生の順番を変えただけでも別の映像になりますよ。それも、第三者視点というサービス機能付きだ。」


「ふふ。そうね、そうだったわね。あなたは素敵だわ。」


「やめてくださいよ。」


 楊は田辺に視線を向けることなく、否、白い少年から目を逸らせなかっただけだが、少年は楊を取り込めないことが分かったのか、あるいはこれからもっと取り込もうと考えたのか、突然に大きく口を開けたのである。


「きゃあ。」


 叫んだのは勿論楊であり、彼は真横にいた田辺巡査部長に抱きついていた。

 それは口を開けたという生易しいものではなく、開いた口が裏返って内部を見せる程の大穴となったのだ。

 その大穴にはびっしりと細かく鋭い歯が並んでいる。


「警部?」


「田辺ちゃん。あれ、あれやだ!ヤツメウナギみたいになっちゃっているよ!」


「ちょっと、楊警部。」


 少年の頭部は今や完全に円形の口だけとなっており、その口はぐるりと細かい牙の生えた吸盤でしかない。



 幼い少年の頃のある日、実家の庭に置かれたタライにウナギが入っており、ウナギに喜んだ楊はそのタライに手を突っ込んだ。

 するとウナギは逃げるどころか楊の腕に巻き付き、吸盤のような顔を見せつけた後に楊の腕に吸いついたのだ。

 腕に絡まった生き物は、楊の血をちゅうちゅうと吸い始め、楊はその後のことは覚えていない。

 恐怖で気絶したからだ。

 どんなに分け隔てなく生き物を愛してきた楊であっても、彼はその日から生理的にヤツメウナギだけは駄目となっている。



「いや、無理。駄目、俺は今すぐ帰る!穴だらけにされちゃうよ!お願い、帰して!」


 楊はかなり吹っ切れていた。

 あんなものの相手をするぐらいならば、全ての友人知人を切り捨ててでも今すぐにでも警察を止めても良いと思う程に。

 楊は財産を放棄しようとする彼を押しとどめ、財産管理人になってくれた親友を、今すぐにでも抱きしめてキスをしたいくらいであった。


「あいつの言うとおりだ。お金がある方が選択肢が増えるって。イヤ。警察辞める!」

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