集合一
オコジョに去られた楊が辿り着いた私営の共同墓苑は、一年近く前には放棄された農地でしかなかったという、楊には忌まわしい過去の現場である。
人食い池と呼ばれた貯水池は既に埋め立てられ、そこはコンクリートで固められて大きな駐車場となっていた。
農地は整地され小さな区画が整列するという墓苑が形成されており、楊の立つ小高い丘は、死体が埋められた過去など何もない様子で水を湛えた小さな丸い円の池に小さな祠が祭られて、小さな神社のような公園となっている。
赤茶けて湿っていた大地は小さな花々を咲かす小さな葉をつけた下草に覆われ、植樹された木々は照りつけるだけの日差しを柔らかく輝かせ、深緑の苔の中で水色に煌く殆ど真円の水源は、まるで空を写す丸鏡のようだ。
殺された人々の骨によって組まれた歪んだ井戸などがあったとは、誰も想像しえないだろう清純な空間となっているのである。
それだけではない。
墓苑に参りに来た親族が疲れをいやせるようにか、屋根付きのベンチや簡単な遊具、そして、江戸時代の団子屋のような外見の座敷付きの甘味屋まで出来ていた。
「すごいな。霊園を訪ねる老人か家族向けだっただろうに、見事に女子高生しかいない。」
楊が見回す限り制服姿の女子高生ばかりが溢れ、そこかしこを憩いの場にしており、団子屋はかなり繁盛している様子でもある。
「さすが、白波さん。」
この墓苑と公園を含む土地は、世界展開している白波酒造の会長の個人財産だ。
それ故か、小さな祠には白波家が奉じる白蛇様の神紋が描かれている。
その紋を眺めているうちに、楊は新潟に赴く度に白波神社に詣でていることを思い出した。
彼は詣でるその度に、普通の神様以上にご利益があるそこの氏子になろうと申し出てもいるのだが、毎回氏子になるための儀式が執り行えない事態となっていると思い出していた。
否、楊の部下達で希望した者は全員氏子となっている事実を思い出し、遠回しに楊だけが白波家に排除されていたのだと思い至ったのである。
「やばい。俺って、ちびの爺ちゃんに嫌われてた?」
気付いたばかりの事実に愕然としつつも、彼の身内で白波家に嫌われそうな事を散々にしていそうな人物に思い至った。
死んだはずのひいじいさん。
楊が人外の力を持つに至った原点でもある。
楊は自分がその男によく似ていたことも思い出して、大きく舌打ちをしようとしたが、後ろからかかった声に静かに口を閉じた。
「すいません。かわさん。お呼び立てしておいてお待たせしてしまって。」
「いいよ。妻の実家は針のムシロで辛いだけだもの。いくらでも呼んでって感じ。」
「また。かわさんたら。」
楊と山口は参拝客と神主が挨拶をしているという風に頭を下げあうと、朗らかから程遠い声で囁き合った。
「何があった。」
「ここから見下ろせるE区画で事件だそうです。見えますか、E区画の納骨堂。」
墓所は普通にアルファベットでAからGまで大きく区画が割り振られており、アルファベットも年配者が迷わないようにか、Aであれば「安居」、Bであれば「辟支仏」、Cならば「真空」という風に仏教用語の看板が立っている。
これはアルファベットで墓の場所を探したくない人への配慮なのかもしれないが、百目鬼はただの酔狂だと笑い飛ばしていた。
「安居ってさ、坊主が一か所に集まって修行する事なんだけど、A区画は宗派関係ない一番広い墓所だろ。それから、小さなB区画は今流行りの樹木葬だ。墓石もいらないし、永代供養してほしいって人向けの墓所だ。辟支仏は孤独な静寂を好む縁覚ってことだ。Cは真空。真空とはつまり涅槃。屋根付きのガーデニング風墓所は涅槃というにはいいネーミングだよ。ただし、意味があっているようで間違ってもいる仏教用語でもあることから、周吉さんは知っている上でふざけてやっているんだろうね。この世に決まりなどあるものかって。この看板は全部あの人の字だよ。まぁ、嘘看板作るのが趣味なのかもしれないけどね。」
さて、山口が指さしたE区画、一切皆苦区には、現代の技術を加えられた納骨堂が立っている。
納骨堂と言っても地下二階に地上五階建ての瀟洒なビルであるのだが、内部は法事が出来る広間は言うに及ばず、参拝者が個人スペースに入って認証キーカードを仏壇のような棚に備え付けられたカードキーに差し込めば、呼び出された白木の箱入りの遺骨と位牌が仏壇の中に現れるという、参拝用祭壇がこの納骨堂の売りである。
納骨堂への安置は墓所の五分の一の値段で権利を購入でき、また、高齢化して車椅子となった参拝者も簡単に参れるのも売りの一つだ。
「あそこは骨しかないでしょう。あったとしても、とことん稼ぐという周吉さんの妄執が渦巻くぐらい?あの、五分の一の値段でも、月々使用料か永代供養代を支払えば、普通の墓所と同じ値段っていう絡繰りの箱。いや、墓所も管理費があるから少々はお得なのかな。」
「維持費は必要経費ですよ。」
楊が見返すと、神主姿の山口は片眉をくいっとあげた。
その素振りが、自分を孫同然に受け入れた周吉の悪口は許さないという意味であると楊は知ってはいたが、「黙って行け。」という昔の相棒の仕草にそっくりだと相棒を思い出してしまっていた。
楊はげんなりとしながら、山口が答えたE区画へ向かうべく踵を変えた。
楊が離れた後の山口は近隣の女子高生達に嬌声をあげながら取り囲まれ、その様子に、山口が白波家に子供同然に取り込まれた理由が手に取るように理解できた。
「周吉さんは本気で銭ゲバだね。全く。周吉さんに唆されるまま神主の資格を取った山口は純すぎるよ。初めて見た蛇様は、マジ蛇様でしか無かったじゃんか。百目鬼が邪神とか言っていたその通りだったじゃん。」
「かわちゃん。悪口はしっだよ。」
楊が振り向けば、頭のてっぺんに三歳児の様にちょんまげを結った玄人が楊を見上げていた。
彼は百目鬼手製の紺色の作務衣を着て、赤い六角箱のおみくじとお札やお守りを入れた大箱を大昔の駅の売り子の様に首からぶら下げている。
神社の下男でしかない彼の姿は、神々しい神主姿の山口との対比で楊の哀れを誘った。
「ちび、しっ、なの?」
「うん。うちの神様怖いから。下手な悪口は口に出したら駄目だよ。」
「ありがとう。気を付けるよ。」
前を向き直り、一歩を踏み出しながら、楊は自分が罵った相手から貰った二羽の文鳥の雛の事まで思い出していた。
一羽は真っ黒な桜文鳥の雛で、もう一羽は赤目でミルク色のクリーム文鳥の雛だった。
そして、育ったクリーム文鳥が恋の歌をさえずる相手、とまで思い出して、楊はがくりと、人目も気にせずに座り込んでしまったのである。
おとーさん。おとーさん。こわいこわい。おとーさん。
「あぁ。ごめん。乙女。おとーさんが弱かったから。おとーさんが馬鹿だったから。」
文鳥達は楊の部下の一人が預かってくれた。
だが、オリーブ色のワカケホンセイインコは、楊が招いた大火に脅えたまま、炎の渦巻く空であるというのに、本能的に飛び立ってしまったのである。
「畜生。俺が脅えたばっかりに。」




