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覚醒

 枕の近くでしつこく振動するスマートフォンを取れば、まだ朝の六時であり、日付を見れば楊が相模原東署に復帰する予定の前日である。



 五月二日に妻を亡くした楊は、一度世田谷へ戻って山口に事の次第を告げてから荷物をまとめて所属の署へ戻り、署に忌引きを申し出たそのまま設楽季家へ舞い戻ったのである。


 しかし設楽季家に戻った彼が驚くしかなかったのは、通夜葬式どころか出棺までも楊がいない間に準備も手配も済んでおり、楊はその日から三日間、喪主として座っていればよいという状態であったからである。


 全てお膳立てした百目鬼は、楊に挨拶もなく彼の師である高僧と山へと消えてしまっていたが、設楽季家顧問という弁護士に財産目録を手渡されて書類に延々と署名をさせられるという苦行に楊を落とし込むというオマケを用意していた。



 よって今現在の楊は設楽季家の主人として客室に転がっていたのだが、結婚式から通夜本葬に出棺と連日こなした彼が設楽季一族から不要だと無言の圧力をかけられているのは肌で感じるどころではない。

 全部終わった今日にでも逃げだそうと考えていた矢先の電話であったので、逃亡決行日の朝の目覚ましとしては最適だと楊は皮肉に考えた。


 さらに、喪中の楊が呼び出された先は、大量の死者が眠る巨大墓苑である。


 スマートフォンを片付けて部屋を見回した楊は、外の明りを完全に遮れる重厚なカーテンによって真夜中のような部屋の中だ。

 彼は暗闇にも近い部屋の中、カーテンを開けることもせずに着ている寝間着、白いTシャツにトランクスが寝間着であったが、それらを脱ぎ捨てながら洋服箪笥へと向かった。


 辿り着いた箪笥は内部はロッカータイプの普通のものであるが、彫刻が施された外見はアンティークと呼ぶにふさわしいものである。

 両開きの扉を開けると、ほわっと箪笥の内部は明るくなった。


 年代物の箪笥の中にセンサーライトがあるわけではない。

 しかし楊はそれを不可思議だと戸惑うことなく、中から自分の必要なものを取り出しては身に着けていった。


 この灯りは普通よりも色白である彼が輝いているからではなく、タンスにベッドの端、それから楊の頭の上に白く輝く生き物が乗っているからだ。


 彼らはオコジョ。


 武本家の使い魔であり、楊が玄人から譲り受けた三匹だ。


 彼らは常に楊のベルトにぶら下って楊に憑いているのだが、楊を大事な主人と見做しているのか、楊が頼むまでも無く彼の警護までもしてくれている。

 楊に常に殺気を飛ばしている設楽季家内で楊が毎晩熟睡できたのは、百目鬼が設楽季家親族を脅したことよりも、痛んだ食べ物にしろ偶然的に落ちてくるはずの置物にしろ、この三匹が楊に危害を加える前に破壊してしまうからであった。


 楊に見返されて箪笥の上のオコジョは嬉しそうに先だけが黒い尻尾をピンと立てたが、楊が彼らに掛けたのは感謝の言葉では無かった。


「本気で助けてほしかったあの日には、君達は姿も現さなかったね。」


 楊の頭の上のオコジョはぴょんと飛び上がって箪笥の上の仲間の所に行き、そこで二匹は楊にすまなそうに頭を垂れた。

 その動作に楊は言い過ぎたと感じるよりも、八つ当たりしているだけの自分を責め立てられているようで、タンスから目線を逸らした。


「きゃあ。」


 目線を逸らしたベッドの端にはもう一匹オコジョがいるはずだったが、そこにいたのはオコジョどころか、オコジョサイズのとぐろを巻く白い蛇だった。

 情けなく悲鳴を上げて尻餅をついた楊に、蛇はにゅうっと首を楊の方へと伸ばし、脅えて顔を背ける楊ににやりと笑うとすっと消えた。


 何気なく箪笥の上を楊は見上げると、箪笥の上にはオコジョが三匹乗っており、彼等は白い饅頭の様にぎゅうと丸く固まって震えている。


「えっと。君達は怖いと、逃げちゃうの、かな。」



――オトーサン、コワイ、コワイ。



 丸まって脅える小動物の姿に楊の失った小鳥の声が蘇り、楊はオコジョ達に右手を差し伸べていた。


「ごめん。あの日は怖かったね。全部、俺のせいだね。」


 箪笥の上の三匹はミサイルの様に楊に向かって飛んできて、彼等を楊はあの日から初めて受けとめた。

 彼等の柔らかい毛皮は楊を包こみ、彼はその柔らかさや自分に縋る小動物の必死さに、無力としか感じていなかった自分の自信がどこかで生き返っていくような気がした。


「ごめんね、ごめん。全部、俺一人が悪いんだよ。さぁ、仲良くなった最初の仕事だ。これから白波さんちの共同墓苑に行くよ。」


 楊の腕の中のオコジョはしゅっと一斉に姿を消し、部屋は完全な暗黒となった。


「嘘ん。怖い場所なの?ここよりも?」

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