刺繍と発覚
入学式当日。
僕はすでに裏門に来ていた。
ちょっと早すぎたみたいで、まだ誰もいないや。
今日は在校生も入学式に出席する。
だから兄様は嬉しそうだった。
一方で悔しがってたのは母様とフローネ。
父様は仕事で出席するけど、お忍び入学だから母様達が来る事が出来ない。
後、怒ってたのはメグ様。
実はメグ様にはお忍び入学の事、伝えてないんだよね。
噂通り、家に篭ってると思ってる。
だってバラして教室まで会いに来られたら困るもん。
なのでクラスメイトとなる事が出来ないと知り、激怒したらしい。
もし僕がクラスメイトになったら、毎日ずーっとベタベタしてたんだろうな…
なんであそこまで僕に依存するようになったんだろ。
ベティ様も不思議そうだった。
つまり学院内で知ってるのは、ルーファス達4人と兄様と学院長だけ。
デイジー嬢、シンディ嬢、ドロシー嬢にもまだ伝えてない。
彼女達は何かあった時に手伝ってもらう予定だ。
…一応、友達という立ち位置なんだけどもね。
「ユズキ君!」
名前を呼ばれたので、振り返る。
校舎側の方から、1人の白制服の女の子が近付いてきた。
あれは…
「…アリス様!」
「よかった、会えて…ご入学、おめでとうございます」
「ありがとうございます。あの、こんな朝早くからどうしたんですか?」
「会えたらいいなと思って登校していましたの。どうしても先日のお礼がしたくて…これ、受け取って下さいまし」
少し息を切らしたアリス嬢は、制服のポケットから小さな袋を取り出した。
それを僕に手渡してくる。
「これは…?」
「ハンカチです。刺繍は自分で入れました」
「刺繍を?態々ありがとうございます」
「私、刺繍が趣味でして…気に入って下さると嬉しいんですけど」
少し照れながら言うアリス嬢に促されて、僕は袋を開ける。
中に入っていたのは白いハンカチだった。
そんなに上質な生地ではないけど、平民が持つにはちょうど良さそう。
そしてハンカチを広げて驚いた。
薔薇の蔓が剣に絡まっている、複雑な刺繍だった。
凄いな、こんなのがこの歳で縫えるのか…
「凄い、綺麗ですね」
「男性が持つのに薔薇は如何かと思っていたのですが…大丈夫でしょうか?」
「勿論です、とても気に入りました!大切にしますね!」
「はいっ!」
ふわりとアリス嬢が微笑む。
うーん、やっぱりなんか癒される。
こういう娘が側にいてくれると心休まるよなぁ。
なんかこう、ときめくとか惚れたとかじゃないけども。
「それでは、そろそろ私も戻りますね」
「はい、態々ありがとうございました。またよろしくお願いします」
「はい、それではまた」
軽く会釈をしつつ、アリス嬢は校舎に戻っていった。
それから暫くして、続々と人が集まってくる。
とりあえずアッシュ君に絡まれないようにしよう…
あ。
「メイーナさん、おはよう」
相変わらずの三つ編み瓶底眼鏡のメイーナさんが裏門に到着した。
うん、黒制服を崩す事なく着てるね。
メイーナさんは僕を目に止めると、一瞬固まった。
「お…は、よ…」
「…どうかした?熱でもあるの?」
様子がおかしかったので、心配になる。
普段はしないけど、鑑定スキルでちょっとチェックさせてもらおう。
何か大変な病気だと困るからね。
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【鑑定結果】
メイーナ(メイーナ=カルデラ)
職業・リリエンハイド王立学院生(第1学年)
称号・カルデラ公爵家庶子
年齢・12歳
属性・火/水/風/雷/無
HP・1085/1085
MP・1270/1270
状態・なし
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…おっつ、見ちゃいけないもん見ちゃったよ…
しかも普通に健康だった。
えっと、庶子って確か正妻以外の人に産ませた子とかって意味だったよね…
…あれ?カルデラ公爵って聞いた事あるような…
「あ、金髪碧眼縦ロール」
「は?!」
僕が声を上げた内容に、メイーナさんが目に見えて動揺する。
…もしかして、該当の人物がわかっちゃったのか。
しかもその人を苦手としてるっぽい?
そうだよ、あのぶりっ子の公爵令嬢がカルデラだったわ。
「あぁ、ごめんね、ちょっと思い出しただけだから…」
「…その人に、覚えがある、と?平民なのに?」
「あー、えっと…この前、見かけたんだよね、そんな感じの令嬢を」
「…何故、今」
「やぁ、首席と次席じゃないか。もう仲良くなったのかい?」
メイーナさんの言葉を遮るように、声がかかった。
勿論聞いた事のある声で、振り返ればやっぱりアッシュ君が笑いながら近付いてくる。
あー、でもまた目が笑ってないよ…
出来れば関わりたくなかったのに…
なんで助け船を出して来たのがお前なんだよ…!!