ユズキ劇場
「えっと…帰るんじゃなかったの?」
「…帰る」
暫く考えてから、メイーナさんは店の前から立ち去った。
…彼女も買いたかったのかな?
でもそれにしては並んでたわけでもなさそうだったけど…
少し不思議に思いつつ、僕はそのまま並び続ける。
…心なしか、女性客が多いなぁ…
元女とは言え、ちょっと居心地悪い。
「ねぇねぇ、貴方は何目的で来たの?」
声をかけられて振り返ると、20歳前後の女性だった。
ギャルソンエプロンを付けてるところを見ると、仕事中なのかな?
「えっと、ここのドライフルーツが美味しいって聞いて…」
「あぁ、純粋に商品目当てなのね!」
「…商品以外に、何かあるんですか?」
「ふっふっふ、それは見てのお楽しみだよぉ!でも男の子がいるなんて珍しいから、つい声かけちゃった!はい、これあげる!」
ケラケラ笑いながら、お姉さんは僕に飴を1つくれた。
お礼を言って、それを受け取る。
…お姉さんには悪いけど、ちょっと鑑定スキルさんに確認させてもらいます。
【桃の飴→普通の飴】
うん、よし。
父様の言い付けで、突然渡された食べ物に関しては一応鑑定するようにしている。
自分で注文した料理も危ない可能性があるけど、突然渡された食べ物は必ず疑うべきだと言われたんだよね。
まぁ即効性のある致死毒じゃなきゃ、治せるような気もするけど、慢心はいけないもんな。
…うん、桃味、美味しい。
「ほらほら、そろそろ入れるよぉ!」
お姉さんの言葉に前を向くと、お店の中の人達が一斉に出てきた。
ほう、入れ替え制なのか。
でもなんだか出てきたお客さん達は残念そうな顔してるな。
商品は買えてるみたいだけど…
列に沿って、僕は店内に入る。
入った瞬間から、甘い果物の匂いに囲まれた。
うわぁ、めっちゃいい匂い…!
何買おうかな、兄様にはミックスで、フローネには…
商品に意識がいってると、突然黄色い歓声が上がった。
驚いて振り返るとレジには背の低い子が1人いて、めっちゃレジ周りが混み合ってる。
金に近い茶髪に焦げ茶の瞳で、中々整った顔立ちの男の子っぽかった。
髪は長めで、結わいた部分を肩から前に流している。
…同い年くらいかな?
なるほど、ここの看板息子って事か。
女性客が多い理由がわかった。
「ナル君、お帰りなさい!」
「今日は店番遅かったのね!」
「きゃあ、今日も可愛いわぁ!」
おー、モテモテ。
お姉様方の黄色い声援羨ましいなぁ。
貴族のお嬢様方ってああやって声上げないから、未だにあんな声援もらった事ないんだよね。
それに僕の場合は身分ありきだし。
意外と純粋に容姿のみでキャーキャー言われた事ないから、1回くらい体験したい。
「やぁ、お姉さん達、待たせてごめんね。ちょっと用事があってね…不安にさせちゃったかな?」
「ううん、あたし達は間に合ったから大丈夫よー!」
「あぁそっか、さっきまでのお姉さん達が…なら今度、うんとサービスしなきゃ…ね?」
そう言って、ナル君と呼ばれる男の子はお姉様方にウィンクする。
おーおー、悲鳴がやべぇ。
あ、さっきのお姉さんも目がハートだ。
にしても、あのナル少年の髪って地毛かな?
あんな色味、高位貴族しか出ないと思うんだけど…
さて、さっさと買って退散しようかな。
「すみません、これ下さい」
結局ミックスを6つ買う事にした。
僕と、兄様と、フローネと、父様と、母様と、リリー。
リリーは妊婦さんだから、栄養取らないとね!
食べ過ぎはダメだけど、そこはドリーが管理してくれてるから安心!
「あ…」
「ん?」
ナル少年が、僕の顔を見て少し固まる。
なんだろ。
「あ、いや、ごめんね。男の子って珍しいから…6つで銀貨1枚と銅貨20枚だよ」
さっきまでの笑顔を浮かべて、僕から商品を受け取る。
袋に詰めてくれてる間に、僕はお金を用意した。
「ねぇねぇ、ナル君とあの子、歳が近そうね」
「やだぁ、なんかお似合い〜」
「もう、アンタすぐにそういう目で見るんだから!」
「だってぇ〜」
「でもあの男の子、顔が見えないのが残念だわぁ。これで整ってる顔立ちなら、目の保養なのに」
「身長はナル君の方が断然低いけど、役割としてはどっちがどっちか判断しかねるわ…」
「だからそういう目で見るんじゃないって言ってるでしょうが!」
…なんか聞こえる。
どうやら一部の人はベーコンレタスなご趣味をお持ちのようだ。
というかヤバそうな発言してるの、さっきの飴くれたお姉さんじゃね?
じゃあまぁ、ご要望にお応えしましょうか、面白そうだし、さっきの飴のお礼に。
たまにはしょうもない事したい。
最悪、次来る時は別の変装しとけばいいし、この場に学院の人はいないようだからね。
だって今は授業中だし。
お客さんの全員が働いてる年齢の平民の女性ばっかだ。
あのナル少年も身長的に同い年じゃなさそうだし、まずあんな髪色の子をさっきの説明会でも見かけなかった。
僕の素顔が見られると困るって人はここにはいない。
この場に貴族がいなきゃ、顔から愛し子だってバレる事もないし。
そう思い立って、僕は眼鏡を外して少し右側の前髪をかきあげる。
そして袋を渡してこようとするナル少年の手を優しく取り、少し微笑んだ。
僕のイメージ的には色気のあるホストのお兄さんです。
父様と母様の血がそれを可能にさせると信じてる!!
後は僕の演技次第!!
すると周囲が驚いたように騒つき始めた。
「はい、これでちょうどだね。また来てもいいかな?」
「…ふぇっ?!え、あ、はいっ!あ、あと、これ、オマケです!」
顔を少し赤らめて、ナル少年が僕に小さな袋を押し付けるように渡してくれる。
「これは?」
「お、オレンジのドライフルーツです!不恰好なやつを買ってくれた人に配ってて…!」
「へぇ…俺だけにじゃないんだ…そこはちょっと残念だな。折角君がこうやってプレゼントしてくれたのに…」
「ふぁっ?!」
より一層赤くなるナル少年。
周りのお姉様方はなんか悶絶してる。
おや、実は一部どころじゃなかった感じか?
それじゃ、最後の仕上げにかかるかな。
僕は受け取った袋を顔に近付け、そのままそれにキスをする。
途端にお姉様方の悲鳴が上がった。
「美味しくいただくよ。ん…?なんだか君もトマトみたいに真っ赤で可愛くて美味しそうだね…俺に、食べられたいのかな…?」
右手でナル少年に顎クイをして、妖艶に微笑んでみる。
それと同時に、途轍もない悲鳴が店内に響いた。
ナル少年は本当にトマトみたいに真っ赤になって、口をパクパクさせている。
「ひぃやぁー!!何あれ何あれ何あれ?!」
「嘘でしょ?!なんなのあの子!!」
「あの歳であの色気!!エロい!!」
「あかーん!!!」
「これはナル君が下だ!!」
「言うなと言いたいけど、激しく同意!!」
「何当たり前の事言ってるのよぉ!!」
おーおー、荒ぶってらっしゃるねぇ。
楽しんでいただけたようで何よりですよ。
僕はかきあげた前髪をぐしゃぐしゃに戻し、眼鏡をかけ直す。
「お姉様方、楽しんでいただけましたー?」
僕はのほほんと騒ぎまくってるお姉様方に問いかける。
一瞬固まったお姉様方だけど、すぐにいい笑顔で復活した。
「「「「「すっごく!!!」」」」」
「ならよかった、飴のお礼だよ、お姉さん」
「良いもの見せてもらったよ!!ありがとう!!もっと飴玉あげる!!」
「ありがとー」
お姉さんから飴を5〜6個追加でもらえた。
やったね、儲けた。
おっと、ナル少年には謝っとかないとな。
未だに固まっちゃってるし。
「突然ごめんね、変な寸劇に付き合わせて」
「…へ、あ、は…」
「そんな趣味はないから、安心してよ」
「え…あの、恋愛対象は…女の子…?」
「まぁ、一応ね。初恋もまだだけど」
「そ、そう…なんだ…ふーん…」
うん、少しは赤みが減ったかな?
僕はナル少年とお姉様方に手を振って店の外に出る。
外で並んでた他のお姉様方は何が起こったのかわからないらしく、悲鳴を聞いて少し騒ついてた。
まぁ普段から多少の悲鳴は聞こえるもんなんだろうな。
あー、面白かった。
くだらない事するのが好きな、ユズキ君(12)です。