お忍び王都
「ふふふ、マーガレットの教育はユージェにお任せした方が楽そうねぇ」
周りの雰囲気を壊すかのように、ベティ様は笑いながら僕達に近付いた。
教育って…そんなベティ様…
「王族なんですから、元々の教育係がいるでしょう?というより、ベティ様は母親なんですからきちんとなさって下さい」
「教育係と言っても身分がその子より低い分、無意識に下に見る発言しちゃうのよ。私はあの男の手綱を握ってて、毎日ずっとマーガレットの側にいれるものでもないし…時々はさっきみたいに指摘するんだけどね。でもやっぱり自分の娘は可愛いから、そこまで強く言えないのよ。たまにあの男みたいな発言とかあるとすぐに指摘するけど」
ベティ様…陛下を『あの男』扱いって…
「うぬ、母上から怒られる事は、基本父上のような事をしてしまった時じゃ。だから父上には嫌悪感が強い。人のせいにしてはいけないとわかってはいても、これは父上の血がそうさせてると確信してる」
「陛下の立場が…」
あれ?なんか目頭が熱くなってきたなぁ…
もうちょっと陛下に優しくしてあげよう、調子に乗らない程度に。
「…それで、ベティ様、何かご用ですか?」
「あぁ、実はこの会の後で建国記念日を祝う祝辞が闇の5刻にあるのよ。その際に貴方の事を国民全体に伝えるから、よろしくねって言いたかったの」
「あぁ、なるほど…どんな事を伝えるんですか?」
「名前、地位、年齢…かしらね。まだ貴方7歳だし、元々の職業とかもないからね。別に容姿を伝える事はないから。でも家の周りとか囲まれたりするかもしれないから、頑張ってね」
「囲まれる?」
「私の時は屋敷の周りを囲まれたわ。一目見たら幸せになれるとか、そういう都市伝説よ。私の場合は王妃になる事が決定した後だったから、余計に凄かったわ」
あぁ、なるほど。
有名人の周りに集まって、一目見て自慢したりする人とかもいるもんね。
これからは庭に出る時も変装がいるかもな…
「じゃあ、もう閉会するから。また会いましょうね、ユージェ。今度お茶しにいらっしゃい」
「母上、妾も同席したいぞ!」
「愛し子同士の話もあるのだけど…まぁ少しなら構わないわよ。ねぇ?ユージェ」
「そうですね。もしお茶会する際には、ベティ様とお話が終わり次第、メグ様をお呼びに行きますよ」
「約束じゃぞ!」
メグ様と約束をして、僕達の社交界デビューは終幕となった。
ちなみに陛下は最後まで出てくる事はなかった。
ベティ様…陛下をどうしたんですか…
所変わって、屋敷に帰ってきました!
ちなみに父様はこの後お仕事のため、王城に残ってます。
「リリー!ただいま!」
「お帰りなさいませ、ユージェリス様!如何でしたか?」
「友達出来た!」
「おめでとうございます!」
つい玄関ホールでリリーとハイタッチしちゃった。
だって嬉しかったんだもん。
「リリー、僕これから友達と建国記念日のお祭り行ってくるから!お土産買ってくるね!」
「まぁ!だ、大丈夫ですか?私も付いていきましょうか?」
「大丈夫だよ、リリーは心配性だなぁ」
「まぁでも、気をつけて行くんですよ?もしかしたらロイヴィスちゃんと会うかもしれないわねぇ。フローネちゃんは授業中だから、見つかる前に行ってらっしゃい」
「え?兄様、出かけてるの?」
「例の女の子とデートしてるのよ。離れた位置に護衛を付けてるけどね」
ほう、例の義姉様候補か!
これは見定めないといけないな!
…いやいや、何様だよ、僕。
兄様が選んだ人に間違えがあるわけないじゃないか!
…でも出来れば会ってみたいな、うん。
「よし、とりあえず出かけなきゃ!着替えたら窓から出るから、見送りは不要だよ」
「せめて玄関から出て下さいませ…」
「変装するから、どこから出たって一緒だよ。んじゃ、またねー」
呆れるリリーとシャーリー、楽しそうに笑う母様。
そんな3人に手を振りつつ、僕は自室に戻った。
手早く服を脱ぎ捨てて、アイテムボックスから誕生日にもらった服を着る。
白いシャツに、ゆったりめで長い丈の灰色カーディガン。
黒のハーフパンツに白いハイソックスと黒い靴。
顔を隠すために、黒縁の眼鏡も装着。
髪は革紐で出来たブレスレットの魔導具で、暗めの茶色に変える。
イヤーカフは付けたままにしたいから、髪は耳にかけずに隠す。
長めのチェーンにさっきまで付けてたアスコットタイのシルバーリングを通して、服の中に隠して付ける。
これで認識阻害もばっちり。
「おぉ…髪色変わるだけで雰囲気変わるな」
鏡で姿を確認する。
うん、大人しめの少年って感じだ。
銀髪に黒メッシュってめちゃくちゃ目立つもんなぁ。
僕はリングに指パッチンで魔力を通してから、部屋の窓を開け放つ。
「よし、《ジャンプ》」
そしてそのまま部屋から跳び出て、初めて1人で屋敷を離れた。
低い一般家庭の家の屋根を跳び越えて、王都の中心へと向かう。
…うん、見つかってなさそうだ、このまま進もう。
中心へ近付くにつれ、周りが賑やかになっていく。
いいねぇ、お祭りって感じだ!
随分近付いたし、ここからはちゃんと歩いて向かう事にした。
人気の少ない路地に降り立ち、指を鳴らしてリングの効果を止める。
路地から通りへ出ると、沢山の人で賑わっていた。
「おぉ…人がいっぱいだ…」
「いらっしゃーい!こっちでジュースはどうだーい?!」
「うちの肉は美味いよー!」
「フルーツはいかがー?!」
「ふわっ!」
突然近くのお店の人から声をかけられた。
びっくりしたぁ…
「坊主、まだ小せぇのに1人か?」
「友達と待ち合わせてるんだ。それに僕はもう7歳だよ!」
「そうか、そいつぁ悪かった!じゃあ初めての祭りだな!楽しんでけよ!ほら、これはおっちゃんからのサービスだ!」
おっちゃんが笑いながら肉串を1本くれた。
いいおっちゃんだ!
「ありがとう!《おっちゃんに精霊様の加護がありますように》!」
「おう、ありがとよ!」
おっちゃんと手を振って別れる。
…気付いてないっぽいな、よしよし。
優しくしてくれたから、おっちゃんにはきっと何か良い事あるよ。
もらった肉串を頬張る。
塩をかけて焼いただけみたいだけど、なんだかすっごく美味しく感じた。
さて、早くみんなと合流しなくちゃ!