過去の悪夢
毎日毎日、カンに触る声で“私”を怒鳴る。
仕事が遅い、とか。
書類の書式が悪くて見にくい、とか。
うるせぇな、仕事が遅いって、てめぇが“私”に渡してくるのが定時ギリギリなのが悪いんだろうが。
その書類は“私”が作ったんじゃなくて、今日休みの後輩が作ったんだっての。
なんでもかんでも“私”のせいにしてんじゃねぇよ、クソが。
イライラが募って、口から溢れ出そうな感情を必死に抑える。
『おい!聞いてるのか“相楽”!!』
『…はい』
『なんだ、その反抗的な態度は!!お前が出来ないから俺がこうして指導してんだろうが!!』
指導ってなんだよ。
てめぇから教わったのは、部下への理不尽な叱り方だけだよ。
仕事の進め方も社会人マナーも、てめぇじゃなくて“あの人”に教えてもらったんだっての。
てめぇがあんな事言わなきゃ、“あの人”は今でも“私”の側で一緒に…
『全く、お前の教育担当だった“アイツ”が生きてたら、全部“アイツ”に丸投げして、俺はさっさと帰れたのによぉ』
『…は?』
耳を疑う言葉が聞こえた気がした。
『なんだ?その声は。まだ反抗する気か?』
『…“あの人”が亡くなったのは、貴方のせいでしょう…?』
『そんなの知らねぇよ。“アイツ”は勝手に死んだんだ。周りの迷惑も顧みず、繁忙期の忙しい時に死にやがってよぉ。“アイツ”がさっさと文句言わずに俺の分の仕事も片付けてりゃ、俺は楽して帰れたのになぁ』
…目の前が怒りで真っ赤に染まる。
何を言ってるのだろう、この男は。
なんて自分勝手な発言しか出来ないんだろう。
人をなんだと思ってるの?
あぁ、どうしよう、イライラが溢れる。
“私”はそのまま、目の前の男に向かって手を伸ばして…
「…《お前が死ねばよかったのに》」
「ユージェリス様!!!」
…目を開く。
目の前は、綺麗な青空。
でもなんか焦げ臭いっていうか、異臭が漂ってる。
なんだろ、誰か料理失敗した?
「ユージェリス様!!!」
リリーの切羽詰まった叫び声が聞こえた。
あれ?さっきのも気のせいじゃなかったのか?
「ユージェリス様!!!ご無事ですか?!ユージェリス様ぁ!!!」
「メイドちゃん、危ないから!!それ以上近付いちゃいけない!!」
「でも、でもユージェリス様が!!!」
「抑えるので精一杯なんだ、君は動かないでくれ!!」
…え、本当に何があったの?
僕は目を擦りながら上半身を起こして、周りを見た。
「…へ?」
目を疑った。
僕の周り、半径3mくらい、全ての芝生の色が変わっていた。
青々と茂っていた芝生は、黒く変色して異臭を放っている。
なんか瘴気っぽいのも漂ってるし!
その先は障壁みたいなものが張り巡らされていて、変色の進行を防いでいるようだった。
そしてその障壁を張ってるのが、さっきの父様の部下2人。
アレックスって人は片手で魔法を展開して、反対の手でリリーの動きを掴んで止めていた。
「…何これ」
「ユージェリス様!!お気付きですか?!」
「坊ちゃん!!今すぐこれ止めてくれ!!」
「私達ももう限界なんだ!!頼む!!」
…え、これやったの僕?!
マジで?!
え、止めるってどうやって?!
これなんの魔法なの?!
「え、えっと…《消えろ》!!《止まれ》!!《ストップ》!!!」
よくわかんないから、とにかく止めたい気持ちを込めて叫んだ。
すると黒い瘴気みたいなものが消え、芝生が黒く変色する現象が止まった。
…これで、いいのかな…?
あとは、芝生も直さないと…
「…《リターン》《グロウ》」
色の変わった芝生は消え去り、ただの土に戻る。
そしてそこから、元の長さまで芝生が伸びていった。
それを確認した2人が、安堵のため息をついてから揃って障壁を消す。
その途端、リリーが走って僕に抱きついてきた。
もうすでに号泣してる。
「ユージェリス様ぁー!!!!」
「り、リリー…なんか、心配かけたみたいでごめん」
「本当ですよぉ…心配しましたよぉ…!!」
「本当に、さっきのはなんだったんだ…?見た事ない現象だったな…」
「あぁ、あんな魔法があるなんて聞いた事もない。あれが愛し子様特有だとしても、今まで王妃様は発現した事ないし…」
部下2人は先程の現象を考察しているようだった。
さすが魔術師。
すると2人と目が合い、向こうは気まずそうな顔をした。
こうなったら、もう会話するしかないよねぇ…
「…お手数をおかけしたようで、申し訳ありませんでした。ご存知かと思いますが、アイゼンファルド侯爵家子息、ユージェリス=アイゼンファルドと申します。お2人は、お怪我などされなかったでしょうか?」
「…リリエンハイド王国魔法師団、第1師団長のアレックスと申します」
「同じく魔法師団、第3師団長のロイドと申します。我々は問題ありません、ご心配痛み入ります。ユージェリス様は、お体に問題等ございませんでしょうか?」
2人は片膝をつき、僕に挨拶をしてくれた。
体に問題…とりあえずなんでもなさそうだな。
一旦リリーを横に座らせて、確認をしてみる。
…ちょっと魔力は消費してるみたいで怠いくらいか?
怪我らしい怪我はしてないな。
「魔力酔いというほどではありませんが、少々怠さがある程度です」
「そうですか…先程の事象について、何かお心当たりは?」
「…いえ…夢見が悪かった、という事くらいしか…」
「確かに魘されているような感じでしたね。夢の内容はお聞きしても?」
「…それは、ちょっと」
前世の事なんて、言えないよなぁ…
なんであんな夢、見たんだろ。
夢というか、追体験ってやつか?
あんな事あったっけ?
…いや、きっと、忘れていたんだ。
思い出してみると、ここ最近、前世の事を思い出しづらくなってきた気がする。
普段の生活をする中で前世を思い出す事がほとんどなかったから、いつからなのかは思い出せないけど。
自分の前世の名前も覚えてるし、両親の事だって覚えてる。
でも、どうやって育って、どうやって過ごしてきたかっていうのが思い出せない。
学校で習った授業内容は思い出せても、あの時の先生は一体誰だった?
誰がクラスメイトで、どんなやり取りをしていた?
過去に彼氏とかって、いたんだっけ?
キチンと記憶に残ってるのは、車に轢かれた日の事くらいで…
なら、さっきの内容ってなんだったんだろう?
あのムカつく上司の名前は思い出せない。
というか、あの人は上司だったのか?
顔も靄がかかって見えなかった。
そして、“あの人”って…誰だったの…?
「…失礼致しました。我々がお聞きしてはいけない内容のようですね。顔色も芳しくありませんし、一旦お屋敷にお戻りになられた方がよろしいかと」
「そうですね、そうします。ありがとうございました。よろしければこちらをお持ち下さい。私が自作したポーションになります。先程かなり魔力を使われたでしょう?」
僕はそう言って背後で指を鳴らし、恰もポケットから出したかのように2本の小さなポーションをアイテムボックスから取り出した。
「え、いいんですか?さっきもクッキー、メイドちゃんが坊ちゃんからってもらっちゃって…」
「構いませんよ、どちらも趣味で作っているので。ポーションは私も今日飲んだのですが、結構上手く出来たんです」
なんせ世には存在しない、いちご味とぶどう味だからな。
昼間は新作バナナ味でした。
「…では、ご厚意に甘えさせていただきます。一応職務上、魔力は温存させるのが決まりですので。今回はイレギュラーでしたが…」
「…本当にすみません」
「いえいえ、お気になさらず。ですがこの件については師長…お父様へとご報告させていただきますが、よろしいですか?」
「もちろんです。きっとそこから陛下や王妃様や宰相様に伝わりますよね?」
「えぇ、多分ですが」
「…これ、預かってもらえますか?《レター》」
目の前に封筒が現れて、僕はそれを手にする。
この魔法は送り先を指定しなければ、目の前に現れるだけなのだ。
「お父様にお渡しすればよろしいですか?」
「はい。ただし、読むのは王妃様だけでお願いしますと伝えて下さい。まぁ、他の人が読んでも、絶対読めないでしょうけど…」
なんせ日本語で書いたからな。
愛し子じゃなきゃ読めない仕様にしてあります。
「…承知致しました。愛し子様同士のお話という事ですね」
「えぇ、そんな感じです。もしかしたら、さっきの原因が解明出来るかもしれないですから」
「それは重畳。解明される事を願っております」
2人は改めて頭を下げて、王城へと急ぎ戻った。
残ったのは僕と、顔がぐしょぐしょのリリー。
…どうしよう。
「…リリー、部屋に戻ろうか」
「…はい、暫くお休み下さい」
「いや、今寝たくない気分なんだよね…」
「…そうですか…」
「…僕部屋に戻ってるから、リリーは顔洗ってきなよ」
「いいえ、もう今日はユージェリス様をお1人にしないと決めたんです!」
ぐしょぐしょの顔で、キリッと言うリリー。
…全然カッコよくないよ。
うーん、どうしようかなぁ…
「…じゃあ、母様の部屋に行こう。多分今日はもうゆっくりされてると思うから、お邪魔させてもらおう」
「…では、お送りしてから、ちょっと顔洗ってきます…」
「そうしな…」
リリーが僕の手を握って、屋敷に向かって歩き出した。
離れたくないんだろうなぁ…
今日はなんだかリリーを怖がらせてばっかりだ。
ごめんね、リリー。
家庭の都合で今日はこれ1回の更新かもです…
39度ってなんでだよ…!!
明日も1回は更新出来るといいなぁ…