懐かしい味
アイテムボックスに予備の服入れておいてよかった…
さっさと着替えて、今度はメイド服をイン。
うん、魔力は多少回復してるみたいだな。
これくらいなら問題なく魔法が使える。
それだけ確認して、トイレから出た。
「ユージェリスちゃん、早く早く〜」
母様に急かされて小走りで向かい、席に着いた。
ちなみに今回は特別にシャーリーも同じ席で食べるらしい。
普通は使用人と同じ席には付けないもんね。
机の上には、美味しそうな匂いが漂っていた。
…なんだ?凄い懐かしい匂いを感じるけど…
あったのはチキンソテーと、付け合わせのにんじん。
コーンポタージュとサラダとライス。
一見普通っぽいけど…
「さぁ、お召し上がり下さい」
「あ、いただきます」
ロッツォさんに促されて、つい前世の癖で両手を合わせてしまった。
それを見たロッツォさんは一瞬目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、やはりユージェリス様は愛し子様ですね。ローレンス様と同じ動きをなさった。懐かしいものです」
「まぁ、今のは愛し子様特有のものなの?」
「そうみたいですよ。なんでも、食材や料理人に対して感謝を表してから食べ始めるのだそうです。食べ終わりにも別の挨拶をしていました」
「それは素晴らしい考えね。うちでもやりましょうよ、シャーリー」
「そうですね、とても素敵な考えだと思います」
おぉう、なんか受け入れられちゃった!
でもまぁ、ちゃんとした礼儀だし、やった方がいいのは事実だよねぇ。
感謝の気持ちは忘れちゃいかんのです。
さてさて、お昼をいただきましょうか。
僕はチキンソテーを一口サイズに切り、口に運ぶ。
「…これは…!」
「まぁ、なんて柔らかくてパリパリなのかしら!それにこの風味、今まで食べた事のない香ばしさだわ!」
「それにこのにんじんもとっても甘くて!どういう事でしょうか?!」
「ちょっとロッツォ、どうして今まで出してくれなかったの?!全然違うじゃない!」
「今回は特別仕様でしたからね。普段はお出ししませんよ」
…これ、この味…
僕は母様達の言葉など耳に入らず、ただひたすら食べ続けた。
チキンソテーのこの風味。
にんじんの甘さ。
コーンポタージュのコク。
サラダのさっぱりとしたドレッシング。
これは…
「…醤油の味、それにグラッセも…」
今まで食べた食事の中で、1番前世の料理に近い…
かなりの再現度だ…
「あぁ、やはりお分かりになりましたか」
「ロッツォさん、これ…」
「…ローレンス様は亡くなる直前まで、ある調味料を探しておいででした。ですが貴族当主であるがゆえ探し歩く事も出来ず…私が代わりに色々な国を探し回りました。それこそ、地図の端から端まで。そしてローレンス様が亡くなられて5年後、漸く見つけたのですよ、この『ショーユ』という調味料を」
「まぁ、だから貴方は時々店を長期間休んで旅をしていたのね!」
「ええ。ですが話で聞いていただけですので、本物なのかもわからず、苦労しました」
ははは、と頭をかきながらロッツォさんが笑う。
ローレンスさんが亡くなられても、探すのをやめなかったんだ…
「…なんで、ずっと探していたの?」
「あの方の心残りだったからというのと、これから現れる愛し子様も求めるかと思いまして。さすがに私の身分では王妃様にお会い出来ませんし、レシピをちょっとだけ聞いたのは私だけです。他の方に教えるつもりもありませんでしたから…いつか、ルートレール様やマリエール様から王妃様に『ショーユ』についてお伝えしてもらえればと思っていたのですよ。まさか愛し子様本人にお会いするとは思ってませんでしたがね」
「…ロッツォさん、お願い。これ、どこで見つけたの?僕、どうしても欲しいんだ」
「…遥か遠く、地図で言うと右端にある、名前も記されていない小さな小さな島国で作られていました。そこはジャルネという国で、様々な不思議な調味料を作っていたのですよ」
「ジャルネ…」
「他にも色々ありましたが、私がローレンス様から聞いていたのは『ショーユ』だけでしたので、手に入れてきませんでした。それにあそこは他の国との外交を絶っている状態で、明確な理由がないと入れてもらえないのですよ。私は『ショーユというものを探しているのだが、ここにあるか?』と聞いて色々話したら入れたんですけど…」
…なんか、聞けば聞くほど昔の日本っぽい。
鎖国された江戸時代とか、そんな感じ?
愛し子が関係してるのかな?
あ、でも愛し子はこの国しか現れないのか。
いや、転生した事をこの国では『愛し子』と呼んでるんだから、他国にいてもおかしくないのか?
うーん、謎が謎を呼ぶ…
「…よし、決めた。ジャルネに行こう!行ってきます!」
「ちょっと待ちなさい、ユージェリスちゃん。さすがに今から行くのは許容出来ないわ」
勢い良く立ち上がったが、母様に腕を掴まれて動きが止まる。
しまった、つい醤油に目が眩んで先走り過ぎた。
「せめて社交界デビューが終わってからにしてちょうだい!そうすれば貴方の事も王国内に知れ渡り、貴方を止める人なんていないわ。さすがにデビュー前の子供1人でそんな遥か遠くまで旅させるなんて、誰も認められません!」
…そういや、僕まだ6歳だったわ。
くっそぅ、やっと醤油ゲット出来そうなのに…!
「…じゃあ、デビュー終わったら旅してきてもいい?」
「本当は行かせたくないけど…止められなさそうだし、ちゃんと無事に帰ってくるならいいわ。毎日『レター』するのよ?」
「絶対する!ありがとう母様!」
「あと帰ってきたら母様のお仕事手伝ってね」
「お仕事?どんな?」
「ユージェリスちゃん宛てに届く釣書にお返事書くお仕事よ」
つりがき…?
…釣書って、お見合いの時とかに見る、相手のプロフィールとか載ってるやつだっけ?
前に見た事がある気がする。
え、釣書が届くの?!
「ユージェリスちゃんには選ぶ権利があるから、所謂お伺い書ってところね。取り入りたいと思ってる人の子や、本当にユージェリスちゃんに惚れちゃった子からとか、色々届くのよ。本当は本人が返信する物だけど、貴方は愛し子様だから極端な話、興味がなければ燃やしてポイでもいいのよ」
「え、それでいいの?」
「許されちゃうわ。でもさすがにその中に本気の恋心があったら可哀想だから、全てにお返事してあげたいの。だから一緒に片付けてね」
「まぁ僕宛てだし、もちろんやるけど…寧ろ母様がやる必要あるの?」
「貴方が直接お返事書いちゃうと、それだけで愛し子様と繋がりを持てたと吹聴する人も出てくるわ。それに託けて貴方自身に話しかけてきたりとかね。だから私からの言葉と、私からのサインでお返事を作るの。旦那様はお忙しいから、必然的に私のね」
うわぁ、それで声かけてくるとかバカなの?
でもいるかもしれないんだ、バカなんだ…
母様に迷惑かけるとか、嫌だなぁ…
「…なんなら、デビューの日にみんなの前で釣書送らないでって宣言しようか?」
「あら、それもいいわね!送ってきた人がいたら、すぐに陛下達へ報告しちゃいましょ!『愛し子様の発言を否定する人がいた』って!」
母様が楽しそうに手を叩く。
半分冗談だったんだけどな…
うーん、どれだけのバカが引っかかるのかな?
それはそれで旅から帰ってきた時が楽しみだ。
シャーリーは呆れたようにため息をついてるだけだし、僕の旅に対して反対ではないのだろう。
問題は…リリーとフローネな気がするのは、気のせいかな…?