急病人
孤児院のみんなとジーン少年とネーネに別れを告げて、僕達は馬車に乗り込んだ。
ファーマの操縦で、馬車はゆっくりと進み出す。
母様は窓を開けて、街の様子を観察していた。
僕も別の窓から外を覗く。
歩く領民と目が会うと、みんな笑顔で会釈してくれた。
学院入る前の小さい子なんかは、手も振ってくれる。
いい街だなぁ…
父様が守って、母様が慈しんで。
これからは兄様も加わって。
…僕は愛し子だから、ここに関わっていけないのかな。
依怙贔屓はいけないよねぇ…
フローネは誰かと結婚して、別の道を歩くんだろうし。
僕は…将来、何をしたらいいんだろう。
「ジェリスちゃん?どうしたの?」
「…いい街だな、と思って」
「そうね、ここはとても穏やかでいい街だわ」
「…《この街に、精霊様の加護がありますように》」
「ジェリスちゃん…?」
母様は気付かなかったようだけど、僕はこの街に魔法をかけた。
いつまでもこうやって穏やかな時を過ごして欲しいと、そう願って。
あぁでも、かけるなら領土全体の方が良かったかな?
領土内に街はここだけだけど、森の中とかにも人が住んでるかもしれないよなぁ…よし、今度確認して、魔力に余裕がある時にやろう。
「さて、そろそろお昼ですね。奥様、いつものところで宜しいですか?」
「えぇ、向かってちょうだい」
「えっと、どちらへ?」
「私の行きつけのお店なのよ。旦那様と初めてお忍びでデートしたところなの」
ほう、父様と。
それは興味深い、今後の参考にさせてもらわなくては!
「あぁ、着いたわ、ここ…あら?」
母様の声が止まる。
不審がって、僕とシャーリーも窓の外を見た。
外観からして雰囲気のいい、カフェのようなところだったが…
「「閉まってる?」」
シャーリーとハモった。
「おかしいわね、今日は定休日じゃないはずなのに。シャーリー、見てきてちょうだい」
「はい、奥様」
母様の指示にシャーリーが馬車を降りる。
特に貼り紙とかで臨時休業のお知らせが出てるわけでもなさそうだし…
「まぁ、マリエール様!」
馬車の外からこちらを見て、驚いたように声を上げる女性がいた。
どうやら隣の花屋の人みたいだ。
母様が扉を開けて女性の前に立つ。
「お久しぶり、ファニー。今日はロッツォのところはお休みかしら?」
「お久しぶりでございます。いいえ、昨日は今日もいつも通り営業すると言ってたのですが、全然戸が開かなくて…何回か叩いたのですが、返答がないのですよ」
「あら、それは不思議ね…どうかしたのかしら?」
2人は顔を見合わせて、小首を傾げる。
すると、裏に回っていたシャーリーが戻ってきた。
「奥様、特に店から人が出た形跡もありませんわ」
「まぁ、ならどういう事かしら?」
謎が深まるばかり。
ファーマも不思議そうに御者台からお店を見ていた。
仕方ない、僕の出番かな。
「奥様、ご許可いただけるのであれば、私が魔法で中を確認してみますが」
「ジェリスちゃん!そうねぇ…ロッツォには悪いけど、ちょっとだけ見てもらえる?」
「畏まりました」
僕も馬車から降り、店の前に立った。
にしても、この前は自分のイメージで無詠唱もどきにして済ませたから、言霊で言うと別の意味合いになっちゃうなぁ。
いいや、まずは単純にいるのか確認しよう。
真っ当なお店の中を無許可で覗くのも悪いしね。
「《エリア》《サーチ:ロッツォ》」
…おや、いるな。
動いてない…ここ、もしかして床の上?
え、倒れてるの?!
「失礼します!《アンロック》!」
扉を無理やりこじ開けようと魔法を唱えると、少しだけ抵抗された。
でも僕の魔力量に敵うはずがなく、呆気なく扉に施されていた『ロック』が掻き消される。
そのままの勢いで僕は駆け出し、お行儀悪いけど扉を蹴破った。
母様達はみんな驚いたように声を上げたけど、開いた店の中を覗いて顔面が真っ青になっていく。
床には1人の男性が倒れていたからだった。
僕は男性を凝視する。
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【鑑定結果】
ロッツォ
職業・飲食店店長
称号・平民
年齢・57歳
属性・火/水/無
HP・150/1490
MP・1670/1670
状態・心臓発作(瀕死)
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やっべ!それアカンやつ!
「《ヒール》!!」
うっわ、めっちゃ魔力使う!
足りるかな?
とにかく最低でも状態だけでも、なんとか…!!
さすがに瀕死の人間を回復させるのは、ちょっとキツイ。
『ナイトメア』で魔力使い過ぎたかな…
ギリギリだけど、なんとか『ヒール』が終わった。
改めてロッツォさんを凝視して確認する。
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【鑑定結果】
ロッツォ
職業・飲食店店長
称号・平民
年齢・57歳
属性・火/水/無
HP・150/1490
MP・1670/1670
状態・衰弱
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心臓発作は治ったけど、HPが足りなくて衰弱になってるぅ!!!
え、やばい、どうしよう!!
「ジェリスちゃん、代わるわ!『ヒール』!!」
母様が僕を抱きしめて、ロッツォさんに魔法をかけてくれた。
おぉ、母様も聖魔法使えたのか!
あぁ、よかったぁ…
…あ、安心したら目眩が…
僕は久々に意識を飛ばした。