気持ちと矜持《side ナタリー》
前回に引き続き、ナタリー視点です。
「…それで、今日は突然どうしたんですか?」
一頻り叩いて落ち着いたので、ユージェ君に気になっていた事を尋ねます。
ユージェ君は少し小首を傾げた後、晴れやかに笑って私の頭を撫でました。
「ナタリーに会いたくなっちゃって」
「ん゛んっ…!!」
そんなへにょっと笑わないで下さいまし?!
胸の辺りがギュッとしましたから!!
「後ねぇ、王都に戻る前にヴァイリー王国寄ろうと思って先触れ出したら、なんかナタリーに会いたいって返事来てさぁ」
「…はい?私に、ですか?」
「婚約の話聞いて、会ってみたくなったんだってさ。後、前に自国のバカ貴族に迷惑かけられただろうから謝りたいんだって。あ、あそこの一家はお取り潰しになったからもう会う事はないよ」
…そういえば、そんな事ありましたね。
ユージェ君が珍しい愛称で呼んで助けてくれた件。
…と言いますか、お相手のお名前ももう覚えていないんですけど…
「あれならもう全く気にしても覚えてもいないので、謝罪は結構なのですけど…しかも王族の方と…」
「まぁそれは口実で、ただ僕をからかいたいだけだと思うよ。王族とか考えないで、仲の良い僕の親族に会うとでも思ってくれればいいんだ。てかちょっと顔見せるだけのつもりだったし、対面したらすぐ出かけようよ」
「へ?どこへですか?」
「そりゃ、ヴァイリー王国の王都だよ。ここから《ワープ》で直接王城行って顔合わせしたら、さっさと退散して向こうの王都でデートしよ?」
「はい?」
突拍子もない発言に、今度は私が小首を傾げる。
向こうの王都でデートって…え、そんな気軽に出来るものでしたっけ?
よくよく考えれば、まず他国に行こうっていう事自体が普通ならば大ごとです。
貴族であればそれなりの申請やら手続きやらをしなくては他国に入る事など出来ませんのに。
それなのに、ユージェ君は、王城に直接乗り込む…と…?
「…王城に直接乗り込むのは、流石に拙いのでは…?」
「サルバト様がいいってさ。跳ぶ5分前くらいに《レター》してから中庭の端にあるガゼボにおいでって」
「…警戒心が足りませんわよ…」
つい、頭を押さえてしまいます。
いくら再従兄弟で命の恩人とはいえ、一応他国の侯爵子息ですのよ?
それに、他国からは脅威と言われがちな愛し子様…
勿論、私やルーファス君達ならわかります。
ちゃんとユージェ君をユージェ君として信用していますから。
でも、それでも他国の王族なんですから、一応体裁というものがありますでしょう?!
せめてどこか別室を設けるとか!!
なんで中庭というとても目立つ場所なんですか!!
もう、どれだけ信用されてるんですか…
そんなところに連れて行かれる私の身にもなって下さいまし…
「…人目のつく場所は、出来れば避けていただければと…」
「え?サルバト様達しかいないよ?」
「え?」
「王族専用の中庭の方だから、入れるのはヴァイリー王族と指名を受けた兵士や騎士だけだし。今回は顔馴染みのブルーノが付き添うらしいから、騒ぎにならないよ。そこからまた王都に跳べば僕らがリリエンハイド王国の貴族だなんてわかんないよ」
…まさかの本気の特別対応。
しかも王族しか入ってはいけないと言っているにも関わらず、私まで連れていこうとしている。
え、本当に大丈夫?
「…ユージェ君、あちらの王族の方々と、本当に仲が良いんですね…」
「んー?親戚ってそんなもんじゃない?エドワーズ様やメグ様との距離感と変わらないというか…」
…しまった、ユージェ君の親戚ってほぼ王族でしたね。
一般的な貴族や平民の親戚関係とはまた都合が違いました。
多少、結婚するまでにはお話し合いをした方が良さそうですね…
そうして支度をして訪れたヴァイリー王国の王族の方々は、とてもとても友好的で。
サルバト陛下にガルデン王弟殿下、ペネロペ王弟妃殿下とテリューシャ様へご挨拶する運びとなりました。
他の方々はご公務だったりとお忙しかったようです。
「しかし、ユージェリス殿の婚約者殿は随分と可愛らしいな!まぁ俺のペネロペの方が美人だがな!」
「で、殿下!!んもぅっ!!」
…なんだか惚気られてしまいました。
ペネロペ様はお顔が真っ赤です。
それにしても、本当にご挨拶を軽くしただけですぐ御前を失礼するなんて思ってもみませんでした。
お部屋を一室お借りして、持ってきていた変装用のワンピースに着替えさせていただき、ユージェ君と王都に向かいました。
今日は私もユージェ君も髪色を黒く変えて、普通の、どこにでもいるような恋人として過ごしました。
…とても、楽しかったです。
最近は手紙でのやり取りばかりでお会い出来ていなかったですし、知ってる人などいませんから人目を気にせず楽しむ事が出来ました。
…ユージェ君には言っていませんが、実は婚約が大々的に知れ渡り、各方面から私に対してお声がかかるようになっていたんです。
例えば舞踏会だったり、小さなパーティーだったり。
呼ばれる頻度は格段に上がりました。
お父様やお義兄様達が色々と調整はして下さいましたが…
…所謂、妬みや嫉みなんかの言葉や文面を投げかけられたりもしたわけで。
まぁユージェ君特製の魔導具を付けてますから、実害はないんですけどね。
なんなら悪意ある言葉も直接は聞こえませんでした、あれは凄いです。
それでまぁ、覚悟はしていましたが多少は疲れて参ってしまっていて…
ちなみに泣き寝入りはしませんよ?
レオ君に協力してもらって、そういう害を向けてきた人はそれなりの対応をさせていただきました。
徹底的に裏を調べ上げて、笑顔で牽制する。
そうすればユージェ君目当ての大概の人は寄ってこなくなりました。
何故ユージェ君には内緒にしているか、ですか?
そんなの、ユージェ君の…愛し子様という名前を出したら一瞬で片付いてしまうからです。
それでは結局、私がユージェ君の力を濫用している事になってしまう。
守られてる自覚はあります。
愛されてる自覚もあります。
それでも、私の矜持が許さない。
ユージェ君自身を盾にする事だけは、絶対にしたくないのです。
彼の後ろにいたいわけじゃない。
彼の、ユージェ君の隣にいたいんです。
「ナタリー?どうかした?」
「…いいえ、ちょっと歩き疲れてしまったみたいで」
「あぁ、ごめんね、無理させちゃったかな?あそこの屋台で甘いものでも買って、公園で少し休憩しよう」
「はい、そうしましょう」
スマートにエスコートをしてくれるユージェ君。
繋がれた右手からは、優しい温度が伝わってきます。
…優しい彼の手は煩わせない。
勿論、本当に困った時には頼りにしていますけど。
でも、あれくらいなら、私でも対処出来る。
私は私の力で、私のやり方で、彼に相応しいと誰もが思える伴侶となりたい。
…なんだかんだ、ユージェ君を好きすぎるんですかね、私ってば。
そしてしっかりユージェと結婚する気でいるナタリー。
後日その事に気付いて、1人で恥ずかしがる姿があったとか…