鍬と老人
今日2話更新終了!
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数日後。
特に大した問題もなく、国内巡りは終盤に差し掛かっていた。
そんなある日、辿り着いた場所は、今までとは少し違っていて。
元、サレートス子爵領。
現、リリエンハイド王家所有地。
つまり、前王妃であるソフィア様の生まれ故郷だった場所だ。
例のデマのせいでお取り潰しとなったサレートス子爵家の領地は比較的気候や環境が整っていたため、領地のほぼ8割を農地として開拓された。
ここで取れた野菜なんかは王城に献上されたり、普通に国内で消費されたりしている。
こういう土地…昔なんらかの問題でお取り潰しとなった貴族領は、大体農地や林業なんかを行う場として開拓されている。
んで、新たに爵位を得て領地を授けるってなった時にはこの王家所有地から割り振られて渡されるのだ。
そのまま農地を活用するもの良し。
農地をなくして家や店を建て、人の集う領地にするも良し。
領主となった貴族に任される。
ちなみにニコラの父上であるロイド様は元々士爵位だったので、こういう土地を割り当てられた。
半分程は農地を潰して家を建て、人を集めて、それなりの領地としたらしい。
まぁ今や男爵位となったし、もっと発展させていかないと!と多少意気込んでいたのを聞いた事もある。
1代限りの士爵位の人は、農地のままにしとく人も多いらしい。
だから野菜の国内生産量が急激に減少したりしないんだよね。
閑話休題。
「どこにいるんだろ、お祖父様達って」
「旦那様のお話では、元領主館で普段は寝泊りしてるとの事ですけど。ソフィア様は大奥様から淑女教育を受けていて、大旦那様はそれを確認したり色々している、と…」
そう、ここには前王妃であるソフィア様と、僕の祖父母であるララティエお祖母様とファスナーお祖父様がいらっしゃる。
ソフィア様はこの領地に幽閉扱いだけど、中々辛いだろうな。
だって、ここは元々自分が生まれ育った場所。
その頃とは何もかも変わっているだろうし、寝泊りしているのは生家でもある。
そうなってしまった原因に、自分がいるんだもの。
気付いてしまえば、後悔の念しか起こらないんじゃないかな。
確かに人はいる。
でも、それは農地を管理したりする人だけで、元々の領民ではない。
きっと少し離れたあそこで鍬を揮って耕してる人も、領民だった人では…んんー…?
「…んぇ?」
「どうかなさいました?」
「…あれ、お祖父様じゃね?」
「え?」
…頭に麦わら帽子、首にはタオル。
完全なる農家のお爺さんスタイル…!!
だが、なんとなく高貴なオーラも漂っているのは事実で。
よくよく見れば、麦わら帽子からのぞく瞳は僕と同じ色をしていて。
「…ファスナーお祖父様ぁ!!!」
「…うん?ユージェリスか?」
僕が叫ぶと揮っていた鍬を下ろして、首に巻き付けていたタオルで汗を拭きながらこちらに気付いてくれた。
やだ、マジでお祖父様だった。
でもなんか、ちょっとストイックでカッコいい。
そんなお祖父様は僕達に近づいて来てくれた。
「あぁ、ルートレールの話にあったな。国内巡りとやらか」
「はい、非常時に備え、国内の領地全てを巡る旅をしています」
「そうか、偉いな、ユージェリス」
軍手を外し、大きな手で頭を撫でてくれる。
初めて会った時と同じ感触に、少しだけ照れ臭くなった。
しかも、祖父として孫を褒めてくれている。
「そっちがジーンか、話は聞いている」
「ユージェ様の従者をしております、ジーンと申します。今後ともよろしくお願い致します」
「あぁ。この子は愛し子様ながら、ララティエに似た気質を持つようだ。苦労するだろうが、よろしく頼む」
「は、精霊様の名にかけて、必ず」
「うむ、聞き届けた」
…あるぇ?
なんでお祖父様は僕を早速問題児扱いするのだろうか?
解せぬ。
「…そのような顔をするでない。お前の事はルートレールやマリエールから定期的に話を聞いている。色々とやらかしている事も含めて、な」
「うぇ…」
「だがまぁ、それもこれも結果としては最良。私は当事者として関わる事もないだろうし、安心して他人事のようにその報告を楽しみにしている。だから好きにすればいい」
「う、うーん…なんか複雑…」
「ただまぁ、1つだけ私と約束をして欲しい事はあるがな」
「約束?なんでしょう?」
「周りの者を悲しませるような事だけは、するんじゃない。わかったな?」
…ファスナーお祖父様は、あまり笑ったりはしない。
きっと今までの人生で、辛い事が多かったりしたから。
または、ガルフィお祖父様とソフィア様の件で、隙を見せるわけにはいかなかったから。
そんなお祖父様が、少しだけ笑って、僕に大事な約束させようとしている。
僕を心配して、僕の周りの人達を心配して。
でも、信用してくれているから、笑顔を見せてくれる。
…嫌だ、なんて言うはずないじゃないか。
「勿論です、お祖父様。例えどんな事があろうとも、悲しませる結果には持ち込みません。ただ…まぁ、その、困らせる結果になったりするかも…しれないですけど…」
「困らせると言えど、たかが知れている。それに今までも困らせたりしても、他の者達が助けてくれたのだろう?ならば、それも絆で繋がりよ。たまにはそれを確認するためにでも困らせておけ」
「意外とお祖父様、凄い事言いますね?」
「私がガルフィ様方に困らせられた時よりかは遥かにマシであろう?ルートレールや他の者も、少しは苦労をして荒波に揉まれるがいい。それで結束し、他国に負けねばそれで良い」
…お祖父様の世代は、国内が荒れ狂った時代だもんな。
『愛し子様の我儘(後処理)くらい軽くこなしてみろ!』と言わんばかりの発言じゃまいか。
「では、お祖父様を困らせたりしても良いのですか?」
「私をか?まぁ大した力はもうないが、多少はルートレール達よりも経験が豊富だ。それでも力になれると言うのであれば、相談してくるがいい」
「ふふふ、そうします。とりあえず目下の悩みは婚約者が可愛くて愛しくて仕方がないので、どうやって喜ばせたりしようかという内容なんですけど」
「…それについては、悪いが答えられん」
「へ?」
「…1番不得手な内容だ。勘弁してくれ」
…そういや、お祖父様とお祖母様は政略結婚だっけ。
「前に、お祖母様がおっしゃってましたけど、『態度にも行動にも示せない殿方は女性を不安にさせます。きちんとする事』だそうで…お心当たりはありますか?」
「…さぁ、ユージェリス、ララティエにも会うのであろう?案内しようではないか」
華麗にスルーした!!!
冷や汗をタオルで拭きながら歩く。
…僕は定期的に気持ちを伝えるようにはしとこう…