ナタリーのお母様
「えーっと、まぁ、ユージェ君は私の婚約者になって、いずれは家族になる方ですから、まぁ…言わないといけないんですけども…」
うふふ、と少し困ったように笑うナタリー。
一体なんだ?
「実はうちの母、ほぼ1日寝たきりなんですの」
「え?」
寝たきりって…体調悪かったの?!
そんな、今まで全く知らなくて、全然察してあげる事出来なかった…
いつも『お母様はお父様が他国で仕事してる時間が長い分、領地でゆっくりしてますの』とか『ユージェ君達と仲良くなったと言ったら驚いてましたよ』とか、なんか元気そうな話しか聞いてなかったから…
でも、今考えればこの10年くらい、1度も社交界でお会いした事がない。
まぁ僕は社交界なんてほぼ出席してないけど、それでもお祖父様達が帰還された時なんかのパーティーはかなりの人数が集まってたはずだ。
なのに…なのに僕は…
「…あ、ユージェ君もジーンさんも勘違いされてるようですけど、怪我してるとか重い病気だとかじゃないんですよ?」
「へ?違うの?」「え?」
「言葉の通り、1日中ずぅっと寝てるんですの。たまに起きますけど、普通に元気ですし。まぁ寝てばかりだからか、あんまり動こうとはしませんけどね」
「た、ただ寝てるだけですか?」
「えぇ、昔診て下さった聖属性持ちの方曰く、そういう貴族女性って少なからずいるらしいですわよ?なので特に治癒してもらったりもしていませんが。調べてみたら母方の血筋で何人かいるみたいなので、そういう体質なんだろうって」
「…本当に、寝てるだけ?」
「やだわ、本当ですよ。確か昨日の朝は起きましたね。今も寝てるので寝室へ連れて行くわけには行きませんけど、ユージェ君が滞在中に起きたらご挨拶して下さると嬉しいわ」
…なんか、引っかかる。
この感覚は前世の知識に抵触してるんだろうけど…
「お父様は“バラエル姫とアルバス王子”のバラエル姫みたいだね、なんて言ってましたけど。まぁお父様のキスで目覚めた事はないですね、おほほ」
…“バラエル姫とアルバス王子”…
確か、前世の眠り姫的な話だったはず…
ソフィア様に『ナイトメア』でお仕置きした時に知って、図書室で読んだんだよなぁ…
…あー…あぁー…?
「…ナタリー、あのさぁ…」
「はい?」
「えーと、断定は出来ないんだけども。前世でも“バラエル姫とアルバス王子”みたいな御伽話が存在したんだけど、それに擬えて『眠り姫病』ってのがあったんだよね。その御伽話関連の本で読んだだけだから、あんまり詳しくはないけど…確か『過眠症』って病気の1つで…」
「…それは、つまり…お母様が、本当は病気だと…?」
「いや、わかんない。ただ本当にそういう体質なのかもしれない。この世界と前世は違うところもあるし。ただ体質とか血筋で片付けるのは如何なものかと。ベティ様はこの事知ってるの?」
「いえ、ご存知ではないかと…うちの国は絶対に全員が社交界に出席する義務がないので…例えば『社交したくない』という方など、王妃様はお会いになった事がないでしょうし…多分父も王妃様方には『妻は領地にいます』しか言ってないと…」
そう、うちの国って引き篭もりに優しい国ではある。
でも、それが仇となってる可能性もあるわけで。
もしベティ様がこの事を知ってたら、元看護師として気になったんじゃないかな。
「1回鑑定してもいいかなぁ?」
「鑑定…ですか?」
「うん、状態異常が見られなければ、本当にそういう体質なんだなぁって納得出来るし安心も出来るんだけど」
「…そう、ですね…ユージェ君が診て問題なければ、安心ですものね。わかりました、付いてきて下さる?」
「うん、ありがとう。ジーンはここで待ってて?」
「承知致しました」
そして少し不安そうなナタリーに連れられて、やってきたのは大きな扉の前。
「ここがお母様の寝室ですの。本当は寝ている間は家族やメイドくらいしか入る事を許されてないんですけど…まぁ、ユージェ君ですから怒られる事はないと思いますわ」
「怒られたら謝るから大丈夫だよ」
「愛し子様が簡単に謝るのもどうかと思いますが」
「気にしない気にしなーい」
「うふふ、もう…では」
コンコン、と軽やかにノックするナタリー。
「はーあーいー?」
「「え?」」
まさかの返事があった。
僕達は顔を見合わせて、一拍遅れてから扉を開けた。
そして中を覗くと、大きな天蓋付きのベッドに腰掛けて本を読んでいた女性が、こちらを見て優しく微笑む。
…凄い、ナタリーそっくり…
ナタリーをそのまま年齢を重ねさせた感じだ。
違うのは瞳の色かな?
ナタリーは紫だけど、お母様は薄いピンク色だ、珍しい。
「あら、ナタリー、どうしたの?」
「どうしたのって…起きてたならベルを鳴らして下されば良かったのに」
「昨日読んでた本の続きが気になっちゃってね。凄くいいところで寝ちゃったんだもの」
本好きなところもナタリーと一緒か。
「もう、このアルバートとゴンザレスの絡みが最っ高で!!あと少しで想いが通い合うところなのにソシラスが邪魔してきてぇ!!でもソシラスを狙うルークスがここぞとばかりに絡んできてもうどうなるのかと…!!」
…おっとぉ?
もしや、お母様も貴腐人ですか…?
「お、お母様!その話は後でにしましょう?!それよりもお母様に紹介したい方が…!!」
「あら、マックリー君でも帰ってきたの?あの子、すぐいなくなっちゃうものねぇ」
「マックリーお義兄様なら今もお出かけ中です。そうじゃなくて、私のこ、婚約者を…」
「…え?!噂の愛し子様がいらっしゃってるの?!やだ、ちゃんとした格好してないわよ?!」
「もうここにいますよ、お母様」
アワアワとしたお母様、ナタリーの横にいた僕に気付いたみたいで、ピシリと固まった。
この場合は僕から声をかけるべきか…?
「お初にお目にかかります、スタンリッジ伯爵夫人。アイゼンファルド侯爵子息、ユージェリス=アイゼンファルドと申しま…」
「キラキラ王子様受けー?!?!」
「お母様ぁー!!!?!?!!?!」
…成る程、ナタリーを濃くした感じか、お母様…
ある意味、今までになかったパターンだ…
「やっだ、ルークスの挿絵にそっくりだわぁ!ねぇ、ちょっと、ここのセリフ読んで下さらない?!ちゃんと感情込めてお願い!!」
興奮したお母様が見開いた小説の一部を指差す。
「え?あ、はぁ…えっと…『ソシラス様、ソシラス様は僕の事がお嫌いですか…?僕、ソシラス様になら何をされても…』」
「ひゃぁー!!!!!!ぴったりぃー!!!!!」
「お母様ぁ!!!!いい加減にして下さいませぇ?!!?!?!!?!」
あ、ナタリーが切れた。
そりゃ婚約者がそんな扱いされたら嫌か…
「ユージェ君はキラキラ王子様受けじゃなくて、キラキラ腹黒王子様攻めですぅー!!!!」
「ナタリーぃぃぃ?!?!?!?!?!」
そこ訂正する事ぉ?!?!?!
重い話かと思いきや、そうならないのがこの物語です←